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第19話 杏菜が初めて怒った日

 なんで母は和真をまた家に誘ったんだろう。なんだか、やたらとご機嫌だし裏でもある?

 まさか、杏菜とつき合わせようとしているとか。


 ないない。そんなことあるわけがないよね?


 和真とダイニングに行くと、夕飯の用意がしっかりとできていた。父はいない。まだ帰ってきていないみたいだ。


「どうぞ、座って」

 和真はなぜか私の席に座らせられた。

「あれ?私の席は?」

「あんたはそこよ」

 母が椅子を運んだのはいわゆる誕生席。和真の斜め前。


「え、そこ?」

 そこが私で、和真の横がなんで杏菜?


「何か手伝おうか?」

 杏菜がキッチンに入っていく。私はその前にどっかりと椅子に座っていた。

 あ、やばい。ここでも杏菜との差がつく。


「あ、柚葉は病み上がりなんだから、座ってていいよ」

 そう杏菜はフォローまでしてくれた。

「お姉さんは妹思いだね」

 そう横で和真が言った。ああ、やっぱり呆れてる。


「呆れた?」

「え?」

「がっかりした?嫌気がさした?」

 ああ、どんどんそんな言葉が出てきちゃう。


「誰に?」

「だ、だから、私に…」

「う~~ん、どうだろ」

 何その返答。なんで、「そんなことないよ」と言ってくれないの?ちょっと期待したのに。


「まあ、柚葉だから」

「え?」

「たとえば、杏菜が家でずうずうしいわがまま娘だったら、裏切られた感あるけど、柚葉だからなあ」

「ど、どういうことよ」


「見たまんま?思ってたとおりって感じ?」

 ひどい。いや、ひどいとは言えない。そう思われるようなことしてきたんだろうし、実際わがまま娘だし。


「じゃ、じゃあ、どうして私なんかがいいの?こんなののどこがいいの?」

「さあ?」

 さあ?何それ。

「なんでだろうね」

 首をかしげて考えてるし。


「人を好きになるのなんて理屈じゃないんだよ、きっと」

「……」

「なんつって」

 和真がペロッと舌を出した。


 ピンポーン。

「あ、お父さんだ」

 私はすぐに席を立ち、玄関に迎えにいった。


「お父さん、おかえりなさい。あのね、あの」

 みんなに会う前に言っておかなくちゃ。

「和真が来てるの。それで、内緒ね」

「ん?何をだい?」


「だから、私が和真のこと」

「好きだってこと?」

「そ、そう」

 そうだった。父には付き合っていることまだ言ってなかった。


「うん、わかったよ」

 にっこりと父は微笑み、ゆっくりとダイニングに向かった。


「やあ、和真君。いらっしゃい」

「すみません。またお邪魔することになって」

「いいんだよ、どうせお母さんが強引に呼んだんだろう」

「あら、強引にじゃないわよ」


 そう言って母は、杏菜と一緒にご飯をよそったおわんや味噌汁をテーブルに運んだ。

「さあ、そろったわね、食べましょう」

 父が家着に着替えて席に着くと、母は手を合わせ、

「いただきます」

と元気に言った。


 杏菜、父も続いていただきますと言い、私は少し遅れて和真と小声でいただきますと手を合わせた。


 なんだか、不思議だ。和真がここでご飯食べるなんて。


 それも、和やかにみんなでご飯を食べている。父もいつもよりも口数が多く、母も元気にしゃべっている。杏菜は嬉しそうに笑っているし、ちょっと戸惑いながらも和真も時々笑っている。


 私一人で出遅れている。なんなんだ、この一家団欒の雰囲気は。


 夕飯が終わり、食器をささっと母が片付け、杏菜がデザートの果物を持ってきた。

「どうぞ」

「あ、いただきます」

 杏菜になぜか和真が敬語になってる。


「和真君」

「はい?」

 母がいきなり真面目な顔をした。そして、

「時々遊びにきて」

と言い出した。


「……はあ」

 何を言い出すんだ、母は。まさか、ここでまさか、杏菜のことをよろしくなんて言い出したりしないよね。杏菜と和真をくっつけようと企んでいたりしないよね。


 やばい。やっぱり、せめて私が和真を好きだってことくらい母にも言えばよかったかな?!


「和真君、昔からいい子だってお父さんとも話していたのよ」

「…え、でも、えっと。そんなに今まで来ていなかったし、なんで、その」

「柚葉のことを送ってくれたり、面倒見てくれていたじゃない。こんなはねっかえりを、嫌がりもせず」

「い、いえ。そんな…」


 ああ、和真がひきつってる。いったい何を言い出したのよ。

「わざわざお見舞いにも来てくれて、ほんと、柚葉とは中学からテニス部が一緒で近所ってだけの腐れ縁なのにって優しい子だなって思っていたの」

「俺、いえ、僕がですか?優しいとかとんでもないですけど」


 ものすごく和真が慌てた。

「そんな子がうちの娘とお付き合いでもしてくれたら、嬉しいなあと思っていたのよ」

「え?」

「杏菜にどうかなってそう思っていたんだけど、お父さんは柚葉にいいんじゃないかってそう言ってて」


「えっと?」

 わあ。何をお母さんは言い出したの?

 和真の目が泳いでるよ。めっちゃ、困ってるってば。


「お、お母さん、何を言い出したの。和真が困ってる」

「あ、ごめんね、和真君。ふふふ。杏菜から聞いたわ。もう柚葉とお付き合いしているのね~~」

「え?!」

 私と和真が同時に声を上げ、同時に杏菜を見た。杏菜はえへっと首をかしげた。


 なんでばらしてるの?っていうか、今朝、誤魔化したよね、私。付き合ってるって言ってないよね?


「な~んだ。もうお母さんにばれているんじゃないか。はははは」

 お父さんまで笑ってるし。


「あのっ」

 突然和真が背筋を伸ばした。

「ゆ、柚葉さんとはお付き合いをさ、さ、させていただいています」

 和真?


「えっと。すみません」

 なんで和真謝るの?

「いいのよ。別に責めているんじゃなくて、嬉しいなって思って今日は呼んだんだから」

「そうだよ、和真君」


「はあ」

 和真が何がなんだかっていう顔をして、目をぱちくりさせている。私だって、いったい何がどうなっているんだかわかんないよ。それも、お母さんが私と和真が付き合っていることを喜んでいるなんて、なんだか怖い。


「和真君、これからも柚葉をよろしくね」

「え?はい」

 母の言葉にまだ和真は目を丸くさせたまま頷いた。



 和真を見送りに玄関を出た。

「和真、ごめん。なんだか変なことになって」

「いや…」

 和真はそう言ったきり、黙り込んでしまった。


「和真?」

「うん。俺、柚葉の家族に認められたってことだよな?」

「え?」

「柚葉の彼氏として…」


「え、えっと、そういうことかな」

「ちょっとびびったけど、受け入れてくれたこととか、柚葉と付き合ってること喜んでくれたこととか、嬉しかった」

「ほんと?」


「ほんと。お父さんとは今までも会ったことあるし、話しやすくて優しいなって思ってたけど、お母さんはけっこう強烈だね」

「ごめん。強引なんだよね」

「いや…。優しい人とか言われて困ったけど。と、とにかく、柚葉、これからもよろしく」


「え?」

 和真が私の顔をじっと見つめている。

「うん、よろしく」

 そう答えると和真がにこっと笑った。


 キュン。


「それじゃ、また明日」

「うん。また明日ね」

 和真が元気よく歩きだした。その背中をしばらく眺め、はあっと私はため息をついた。


 何がどうしてこうなったんだかわけわかんない。バタンと大きい音を立てドアを閉め、わざとずかずかとダイニングに行き、

「お母さん、いったいどういうつもり?」

と母に言い寄った。


「どういうも何もあんた、なんだって付き合ってたこと黙ってたの」

「そんなの、なんで言わなきゃならないわけ?」

「知らないから、本気で杏菜のことすすめようとしていたわよ。それで、この前も夕飯食べていってもらったのよ?」


 やっぱり、そういうこと企んでた。

「なんだって、そんな勝手なことするの。和真困ってたじゃん」

「柚葉、今日は私がお母さんに提案したの。お母さんもお父さんも和真君のことを本当に気に入っていたから、柚葉と付き合っているってわかったら喜ぶだろうと思って」


「だからって、なんでばらしたの?勝手にばらしたりしないでよ」

「まあまあ、柚葉、杏菜もお母さんも悪気があったわけじゃないんだから」

「お父さん!いきなりこんなことされて、和真だって困るよ。和真優しいから何も言わなかったけど、絶対に迷惑」


「彼氏を家族に紹介するのがどうしてそんなに迷惑なことになるの?」

 母がいきなり怒った声で怒鳴ってきた。

「あれこれ言われるのが嫌だったの!お母さん、文句しか言わないじゃない」

「文句なんか言わないわよ、和真君がいい子だって知ってるんだし」


「でも、お母さんは和真の彼女には杏菜のほうがいいと思ったんでしょ!私じゃなくて。どうせ私なんてみそっかすなんだよ。お母さんはいつだって杏菜が可愛いんだもんね」

「柚葉!そんなこと言ってないでしょ!」

「だっていつでもそうじゃん。杏菜だけが大事なんだよね?」


「柚葉!」

 パチンといきなり杏菜に頬をたたかれた。

「お母さんに謝りなよ」

「なんで、杏菜にたたかれないとならないわけ?」


 頬はそんなに痛くなかった。でも、いつも冷静な杏菜が怒ったことにびっくりした。

「大事に思っていないわけないじゃん」

「杏菜にはわからないよ。明らかに私と杏菜じゃお母さんの態度違っているし、和真のことだって」


「和真君のことは私が和真君の話をよくしていたからだよ」

「杏菜は部長が好きだったんじゃない。和真じゃないじゃん」

「そうだけど、部長のことが好きでふられたなんて、お母さんに言って心配かけたくない!」

「杏菜?」


 その言葉に母は、顔を曇らせた。

「ふられたって?和真君のことほめていたからてっきり杏菜は和真君のこと…。だから、あなたから和真君と柚葉が付き合ってるって聞いて、あなたがふられたんじゃないかって心配して…」

「ほらね、変にお母さん気を使ったり心配するから言えなかったの。和真君のことを好きだったのは柚葉だよ」


「……」

「お母さん、柚葉も私も同じ年。まるで柚葉が子供みたいに扱ってるけど、柚葉も高校2年。好きな人がいてもおかしくない年齢なのに、そういうこと私ばかり心配して…。私ばかり心配かけまいといい子の振りして頑張ったけど、私だってわがまま言いたいし甘えたかったよ」

「杏菜?」


「柚葉はお母さんに大事に思われていないなんて言ったけど、お母さんはいつだって柚葉を昔みたいに甘えん坊の小さな女の子みたいに思って大事にしてた。私のことはしっかりしたお姉ちゃんとしか見ていないよ。だからずっと言いたいこと我慢して、いい子でいるしかなかったんだから」

「杏菜?」


 杏菜がこんなに怒っているのは、本当に初めて見る。泣いたり怒ったり、そういう感情をほとんど出したことが無い。いつもにこやかだったから。


「ごめん、杏菜。ずっと我慢させてたのね」

 母が謝った。

「そうだな。一緒に生まれてきたのに、杏菜ばかりをお姉さん扱いしてきたかもしれない。これからは、もっと自分の意思を伝えていいんだよ。我慢なんかしたりしないで」

 そう父が優しく言うと、杏菜はぽろぽろと涙を流し、

「お父さんは私のことも好き?」

と突然聞いた。


「もちろんだ」

「ほんと?いつも柚葉の味方ばかりして、私のことは嫌いなのかと思った」

「そんなことあるわけないだろう」

 父が席を立ち、杏菜にハグをしに行った。杏菜はしばらくぽろぽろと泣いていた。






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