第18話 どこが好きかなんて…。
日曜、いつものように部活に行くために起きると、めずらしくパジャマ姿のままの杏菜がダイニングに居た。
「あれ?晴れているのに部活ないの?」
椅子に座ってグラノーラを食べている杏菜に聞くと、
「やめちゃった」
と少し首を斜めにしながら杏菜が答えた。
「え?マネージャー?」
「うん。悩んだ末、昨日退部してきた」
「なんで?!」
「悩んでいたの。続けるかどうか。一昨日ね、和真君にも相談に乗ってもらったの」
ああ、そんなようなことを和真言っていたっけ。
「自分のしたいようにすればって、そう言われて、拍子抜けしたの」
「……」
「なんか、私って何のためにマネージャーしていたんだっけって考えて」
「なんのためだったの?」
「部長のため」
「え?」
「入学して部活紹介していた時の部長に一目ぼれしたの。それでマネージャーになったの。部長の頑張っている姿を見ているのがすごく楽しかった」
「そうだよね。いつも部長の話していたよね。嬉しそうに」
そう言いながら私はトーストにジャムを塗った。
「柚葉、のんびりしてていいの?さっさと食べなさい」
母がそう言いながら、私と杏菜にヨーグルトを持ってきた。
「お母さん、杏菜がマネージャーやめたこと知ってるの?」
「知ってるわよ。でも、いいんじゃない?これからは大学受験の勉強頑張れば」
そう言って、にこにこしながら母はまたキッチンに戻っていった。
「お母さんはああ言ってるけど、私、大学進学もまだわからないんだ」
「え?」
「2学期からは、手芸同好会に入る予定だし」
「え?そんなのあった?」
「うん。私が入れば、人数が揃って部になるんだって」
「へえ。手芸部になるんだ。ああ、でも、杏菜手芸好きだからいいんじゃない?」
「うん。そういう方面の仕事につけたらいいなあって、漠然と思っているんだ。マネージャーしてて、マスコット作ったりとか、そういうのが一番楽しかったから」
「保母さんとか?」
「それは無理。子供の面倒とか、そんなパワー無いもん」
そう言って、杏菜はヨーグルトを食べたした。
「そっか。ちゃんと未来のことを考えだしたんだ」
「和真君のおかげ」
「え?」
「ちゃんと自分がしたいこと、考えられた。今度お礼言わないとなあ」
ドキ。まさか、本当に杏菜、和真が好きなんじゃないよね。
「あ、あのさ。杏菜、まだサッカー部の部長のこと好きなの?」
「わかんない。でも、もうふっきるよ」
「……そっか」
「新しい恋とかすれば、きっとふっきれるよねえ」
ドキ!
「え?誰か好きな人できた?」
「ううん。そんなに簡単には現れないよ」
そう言われ、ものすごく安心した。
「そっか」
よかった。
大急ぎでヨーグルトを食べた。玄関に行き、靴を急いで履いていると、
「柚葉は、いつも頼もしい和真君がそばにいていいね」
と、玄関まで杏菜が来てそう言った。
「頼もしい?」
優しいから頼もしいに変わった?
「また、悩んだときには和真君に相談してみようかな。男の人ってバシッと意見してくれていいよね」
「……あ、杏菜、和真のこと気に入ってる?」
そう聞いてから、やばいと思った。気に入ってるとか言い出したらどうしよう。
「うん。お母さんもお父さんも気に入ってるよね。この前、うちに来たとき楽しかったし」
うっわ~~~~~。やめて、気に入らないで。
「くすくす」
え?なんで笑ったの?!
「このまんま、柚葉と結婚でもしちゃえばいいのにって思う。そうしたら、お兄さんになるのかな?あ、弟かな」
「ええ?!」
け、け、結婚?
「お母さんもお父さんも気に入っちゃってるから、柚葉と付き合ったとしても賛成してくれるよ」
「知ってるの?!」
「何を?柚葉が和真君のこと好きなこと?」
「違う。付き合ってること」
「え?誰が、誰と?」
しまった。ばれてないんだ。
「なんでもない。じゃあ、いってきます」
慌てて玄関から飛び出した。
なに?どういうこと?結婚?
私が和真のことを好きだってことは知ってたの?いつから?
和真に会って、学校に行くまでの電車の中、杏菜に私が和真を好きだってことばれてたって言ったら、
「へえ、そうだったんだ」
と暢気に答えた。
「私、杏菜も和真が好きなんじゃないかとか、いろいろと考えちゃって」
「サッカー部の部長にふられたばっかじゃん」
「でも、和真のこと、褒めてばっかりいたし」
「そうか?」
「和真まで杏菜のこと、好きになったらどうしようって。あ、だって、中学のとき、ふられていたし」
「ああ、あれ。あれはその…。過去の話だからいいだろ、もう」
和真はそう言って、ぷいっと窓から外を見た。
「あ、あのさあ、和真は何で私なの?」
「え?」
あ、こっち見た。
「杏菜じゃなくて、なんで私なの?」
「……。なんでって言われてもなあ」
ぼりっと頭を掻いて、和真は結局何も教えてくれなかった。
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そんなこと聞かれても、どう答えたらいいんだよ。
すっげえ照れくさい。
好きだって自覚したのは、テニス部が一緒になって、わりとすぐ。
他のやつに取られるくらいならと思ったとき、自覚した。
思えば、それからずうっと柚葉を好きなんだから、俺って一途だよなあ。
「柚葉は?」
電車を降りて、学校に行くまでの間、柚葉に何気に聞いてみた。
「なに?」
「俺なんかのどこがいいわけ?優しくもないしさ」
「え?どこって…」
あ、悩みだした。なんだよ、悩むぐらい、どこがいいのかわかんないのかよ。
「どこかな?」
「ないわけ?」
「和真だって教えてくれなかった」
「う、そうだけど」
結局二人して黙り込んで、学校についちまった。
部活が始まり、病み上がりとは思えないほど柚葉は元気に後輩を指導している。
真剣な顔、時々笑顔。ポニーテールを揺らしながら、ボールを打つ。汗を手でぬぐう。
そういう動作も表情も、全部がけっこう俺の胸に響く。
どこがって言われても困る。そういうところも、ああいうところも、たくさん、柚葉が好きだって思う瞬間がある。
そして部活の帰り道、柚葉とコンビニに寄った。ベンチに座り、アイスにかじりつく。
「は~~~、今日も頑張った」
そう言って、満足そうに柚葉が笑う。
「そういうとこ」
「え?」
「アイス、うまそうにかじりついたり、頑張ったって言って笑うとこ」
「…?」
きょとんとして俺を見た。
「だから、そういうところが、好きなんだと思う」
「え?!」
柚葉が顔を真っ赤にして、目を丸くした。
「お前、どこが好きなんだって聞いただろ」
「い、今頃、いきなり言わないで。びっくりしたよ」
「……。多分、元気なところとか。あ、でも、たまにしおらしいところも?」
「しおらしい?」
そう言うと柚葉が真っ赤になって、アイスを黙って食べだした。
「よ、よくわかんないけど、なんか照れくさい」
「だったら、聞くな」
「和真も聞いたじゃん!どこが好きかって」
「…どこだよ」
「照れくさいんでしょ?」
「そう言ったのはお前だろ」
「……」
バクバクとまた無言でアイスを食べている。
俺はとっくに食べ終わり、ゴミ箱にアイスの袋や棒を捨てた。
それからまた、柚葉の隣に座ると、
「いつも、隣にいてくれるところ」
とぽつりと柚葉がそう言った。
「え?」
「一緒に居ると楽しいの。ずっとそうだったんだ。でも、和真が杏菜にふられたって聞いて、和真が杏菜を好きだって知ってショック受けて」
「それで俺が好きだって自覚した?」
「多分」
そう言うと、柚葉は顔を赤くして俯いた。
なんだ。そうだったのか。でも、軽く俺に言ったよな。だっせ~~って。
「楽しいって思っていただけだったのが、時々ドキってしたり、キュンってしたり…。そのたびに、好きなんだなって思ってた。そんなのがずうっと続いたの」
「…キュン?!」
「わあ、私、すっごくはずいこと言った。だから、いやだったんだってば」
そう言うと真っ赤になった。やばい。はずいのはこっちだ。でも、真っ赤になった柚葉が可愛い。
「和真、あのね」
しばらく黙って俯いていた柚葉が、こっちを見て小声で話しかけてきた。
「なに?」
「これからも、隣にいてくれるよね?」
う…。なんだよ、その可愛い質問。それも、可愛い顔して言ってくるし。
「お、おう」
思わず、そんな曖昧な返事になった。
「よかった」
ほっと息を吐き、柚葉が前を向いた。
「え?なんで?心配してたとか?」
「ううん。そういうわけじゃないけど、ちょっと聞いてみたかっただけ」
「いるけど。柚葉の隣が俺は一番心地いいし」
そう言うと、柚葉がこっちをチラッと見て、照れくさそうな顔をした。
すごく綺麗な夕焼けの中、柚葉の家まで送っていった。そして家の前で、
「また明日な」
と話していると、突然玄関のドアが開き、
「和真君、今日も寄っていって」
と、杏菜が顔を出した。
「え?なんで?」
「お母さんが和真君のご飯も作ってるから」
「いや、でも」
断ろうとすると、お母さんまでが顔を出し、
「和真君、あがっていってね」
と、強引に手招きをした。
これは、断れないだろ。柚葉も困った顔をしているが、
「ほら、早くあがって」
というお母さんの声に負け、また俺は柚葉の家にあがることになった。
 




