第17話 俺は優しくない。
翌日、熱は37度まで下がった。でも、頭痛はするし鼻水は出るしでもう1日休むことにした。
「先生には言っておくから、ゆっくり休んでね」
そう言って部屋から出て行こうとする杏菜に、
「今日は和真を連れてこないでね」
と言うと、杏菜は首をかしげた。
「なんで?来たら嫌?」
「うん。髪だって洗ってないし、私きっと汗臭いし」
「そういうことか~~。わかった。お見舞いは来なくてもいいよって言っておくね」
「……うん」
杏菜がバタンとドアを閉めたあと、本当は会いたくてしょうがないんだけど…、と暗くなった。
「ライン、送っておこうかな」
『昨日は、お見舞いありがとう。まだ微熱あるから休むけど、お見舞いはいいからね』
そう送ると、すぐに返事が来た。
『何で?』
え~~~~?!なんでって聞く?
『もう大丈夫だから』
『そう』
あ、返事があっさりしてる。
ちょっと寂しい。ううん。かなり寂しい。どうしよう。
『ゆっくり休めよな』
あ…。可愛いスタンプもきた。撫で撫でってしているスタンプ。
ちょっと、嬉しい。
夕方にはすっかり熱も下がり、シャワーを浴びた。お腹もすいたので、父が帰ってきてからダイニングに着いた。杏菜もちょうど学校から帰ってきた。
「あ、柚葉、大丈夫なの?」
杏菜がダイニングにちらっと顔を出し聞いてきた。
「うん。もう熱下がったよ」
「よかったね~~」
杏菜はてけてけと洗面所に行くと、慌てたようにバタバタとダイニングに駆けてきて、
「今日も一緒に帰ってきたんだ」
と私の隣に座った。
「え?」
「杏菜ももう食べるの?」
「うん。お腹すいたからすぐに食べる」
にこにこと杏菜は母に答え、
「お腹ぺっこぺこ。帰りにコンビニ寄りたくなっちゃった」
と嬉しそうに言った。
「何言ってるの。だめよ、杏菜は小食なんだから、夕飯食べれなくなっちゃうでしょう」
「そうなんだよね~~。だから、我慢して帰ってきたの」
「今日は、和真君は来なかったのかい?」
「うん。家の前まで送ってくれたんだけど」
え!?今、なんて?
「じゃあ、寄ってもらったらよかったのに」
「うん。でも、柚葉が見舞いに来なくていいって言ってたから帰るって」
「まあ、そんなこと言ったの?」
呆れたように母が聞いてきた。でも、
「毎日寄ってもらうのも悪いだろう」
と父がやんわりとそう言った。
「そうだけど…」
「昨日楽しかったものね。また、来てほしいよね、お母さん」
「そうよ。男の子がいるのって、いいものねえ」
え?楽しかったって?
「お父さんも、男の子ほしがってたし」
「そうだなあ。もう一人、子供がいてもよかったかなあ」
なんの話?昨日のお見舞いの話?!
「まさか和真君、昨日のことで懲りて来なくなっちゃったんじゃないだろうね」
「それはないと思う。昨日は楽しかったって、和真君も言っていたし」
「ねえ、杏菜。何が楽しかったの?和真となんかあったの?」
「ああ、柚葉は寝ていたから知らなかったわね。和真君、お夕飯食べていったのよ」
「え?どこで?」
「ここでよ。柚葉の席に座って」
「ええええ?!」
和真が?私がいない間に、家族の和に入ってっていうこと?
それも、杏菜の隣で、私が熱を出してうなされている間に、和気藹々と楽しくっていうこと?
「だったら、またいらっしゃいって言っておいてよ、杏菜」
「うん。言っておくね」
「ちょ、待った!なんで、私がいない間にそんなことになってんの?」
慌ててそう会話に割り込んだ。
「いいじゃない。せっかくお見舞いに来てくれたのに、お夕飯ごちそうするくらいなんでダメなのよ。だいたいあんたの許しを得ないといけないってわけでもないし。ねえ、お父さん」
「ははは。今度は柚葉もいるときに呼んだらいい」
「ああ、あんた、妬いたわけ?いやあねえ」
ムカつく!
無性に腹が立つ。なんで、みんなして仲良く楽しくやってるの?
い、いや。仲が悪くなったり、家族に嫌われるよりはずっといいけど。
でも、和真は私の彼氏なの!
ああ、そうだった。まだ、母や杏菜にそういう話をしていなかったんだった。
次の日は土曜。熱も下がり元気になった私は、部活に行く用意をしていた。
「あれ?部活?」
洗面所に行くと、杏菜が髪をとかしていた。
「うん。熱も下がったし」
「そうなんだ。じゃあ、一緒に行く?」
「いいよ。先に行って。私、これから朝ごはん食べるし。サッカー部のほうが始まり早いじゃない」
「…うん。そうだよね。あ、じゃあ、柚葉は和真君と行くのかな」
「うん。多分…」
「そっか。じゃ、私は先に行くね」
「…うん」
変な感じ。杏菜の話し方、奥歯にものがはさまった感じだった。
父は土曜日はゆっくりとしている。まだパジャマでリビングのソファに座り、新聞を見ている。
「行ってきます」
なんとなくそうリビングに向かって声をかけ、家を出た。テニス部は午前中だけなので、お弁当はいらない。
バタンとドアを閉め、早足で坂道を降りる。和真、いるよね。ちょっと会うのに緊張する。
和真の家のほうに向かって、ドキドキしながら近づいていくと、
「よっ」
と、和真がこっちを見て片手を挙げた。
もしかして、待っててくれた?
「おはよう」
「元気そうだな」
「うん。もう大丈夫。あ、お見舞いありがとう」
「…うん」
和真が少し照れくさそうにして、視線をそらして歩き出した。
「あのあと、ご飯食べていったの?」
「そうなんだよ。断りきれなくって」
「ごめん。うちのお母さん、強引で」
「だな。お父さん、物静かなのにな」
やっぱり、断りきれずに食べていったんだ。
「今度からは、断っていいからね」
「…うん。でも、まあ、緊張はしたけど、楽しかったって言えば楽しかったかな」
「そうなの?」
私がいなくても?
あ。ダメだ~~~。考えがひねくれているのかもしれない。
「柚葉のお母さん、面白いよね」
「そう?」
「お父さんには前にも会ったことあったけど」
「うん…。あ、杏菜は?」
「え?」
「楽しそうだった?」
「う~~ん。よくわかんないけど」
「え?」
「昨日も、帰り一緒になって…。いっつも、杏菜といると感じるんだけどさ」
「何を?」
ドクン。
「気、使ってるんだろうなって」
「え?」
「ちょっと、こっちまで落ち着かないっていうか、気を使う」
「……そうなの?でも、コンビニ寄ってきたらよかった~~って、楽しそうに言ってたよ」
「まじで?」
あれれ?なんか、和真、目を丸くした。
「う~~~~ん。わけわかんなかったけど」
「何が?」
「何が言いたいのか、何がしたいのか。俺は、なんていうか、柚葉もいないし、杏菜とコンビニ寄ってなんか食ってっていうのは、さすがにできないって思ったけど、寄りたいような、何か食べていきたいような、そんな空気漂わせたと思ったら、いきなり、柚葉に悪いとか言い出して、今度3人で寄ろうとか、俺は何も言ってないのに、そういう結論を勝手に出していたし」
「ふうん…」
「マネージャーも、続けたいけど、居づらいて言ってたな。自分が続けたいかどうかなんじゃないのかって言ったら、そうだけどって言いつつ、悩んでいるみたいだったし」
「……そうなんだ。それで、和真はなんて?」
「俺?別に。したいようにしたら?って言って、その話はおしまい。だから、話が続かなくってさ」
あれ?そうだったの?
「和真君って、言いたいことズバズバ言うんだね。と言われた。自分が思っているのと違ったってさ。優しいと思っていたんだろうけど、俺、優しくなんかないよって言ったら、なんにも言わず笑ってた」
「……。和真、言いたいことズバッと言う事あるもんね」
「あ、俺、柚葉のことも傷つけていることあるか?」
「……う、ううん」
うそ。グサッとくることあったくせに。
「傷ついたら言えよな。その場で言ってくれ。傷ついているのに知りませんでしたっていうのが、一番こたえる」
「え?そうなの?」
「柚葉はいつも、冗談で言い返してくれるから、つい俺もいい気になって、きついことも言ってると思う。でも、本心では思ってないから」
「は?」
「だから、本心は、もっと、こう…」
そう言うと、しばらく赤くなって和真は黙り込んだ。ちょうど、信号待ちの交差点で。
「和真?」
じっと見ていると、和真は信号が変わり、すかさず足を進めた。
「本心って何?ねえ」
「だからっ!冗談で、いろいろと言っちまうけど、ちゃんと可愛いとか、女の子らしいとか、まあ、そんなようなこと思ってるし」
「え?!」
女の子らしい?!私が?
「だから、その…。柚葉だけはなんつうか、特別って言うか」
特別。特別な存在?
「あ、あ、あ」
「え?」
わあ。言葉が続かない。でも、言わなきゃ。
「ありがとう」
なんとか言葉にして伝えた。すると、ちょっと前を歩いていた和真は先に交差点を渡り終え、鼻の横を掻きながら、
「なんだよ、素直で気持ち悪いじゃん」
と、さっそく憎らしいことを言ってきた。
「悪かったわね。気持ち悪くって。でも、それも本心じゃ、可愛いって思っているんでしょ?ねえ、本当は嬉しいんでしょ?」
「だ~~!なんだよ!そういうこと言うな。わかってんなら」
わあ。顔が赤くなってる。
なんか、やばいかも。これ、ラブラブなバカップルだったりする?
和真のすぐ隣に並んだ。なんだかそれだけで嬉しくて顔がにやけそうになる。
土曜日だから、電車は混んでいない。べったりと和真にくっつくことはできなかったけど、和真のすぐそばに立ち、なんてことのない会話をして、やっぱり私はにやけていた。




