第16話 お見舞いに来た!
トントン。
「柚葉、和真君がお見舞いに来たわよ」
「え?!」
和真が?!
どど、どうしよう。髪ボサボサダし、変な格好しているし。こんなで、会えないよ。
あ、そっか。布団に潜り込んでいたらいいのか。
ガチャリと母がドアを開け、その後ろから杏菜と和真が同時に顔を出した。
「大丈夫?熱下がった?」
そう聞いてきたのは杏菜。なんで、一緒にいるのかな。
「これ、食えるか?」
和真はコンビニの袋をぶらんと私に見えるように、私の目線に上げた。
「あら、お見舞い買って来てくれたの?」
「あ、はい。プリンとかゼリーなら食べれるかと思って」
「食べれるわよ。ありがとう。でも今は無理かな。冷蔵庫入れておくわね」
「あ、すみません」
母が強引にコンビニの袋を受け取り、
「じゃあ、あんまり長居すると柚葉の風邪がうつっても大変だし、きりのいいところで切り上げてね」
と、部屋を出て行った。
なんだよ、その、きりのいいところって。
「そうだね。柚葉が疲れても大変だし」
杏菜はそう言うと、私の顔を覗きに来て、
「まだ顔赤いね。熱、下がんないの?」
と私のおでこに触った。
「ううん。37.5まで下がったよ」
「でも、まだ熱あるんだな」
和真が、少し遠いところでぼそっと呟いた。
なんでこっちに来ないのかな。私の風邪がうつるの、嫌なのかな。
それにしても…。
「一緒に帰ってきたの?」
あ、口から出てた。心で思っていたことが、つい。
「うん。帰り一緒になって、和真君、お見舞いに来るって言ってたから」
「ふうん」
二人で、仲良く帰ってきたんだね。
あ、今の、口から出てないよね。焦って和真の顔を見た。顔色が変わっていないから、私、どうにか心の中におし留めていられたみたいだ。
「なんか、食えるの?」
「え?うん。食べてるよ。おかゆとか」
「そう」
?なんだか、和真、暗い?
「プリンもすぐに食べれるようになるよね。せっかく和真君が買ってきたんだし。ね?」
杏菜が和真の顔を見て、にこっと笑った。
「え?ああ」
和真も杏菜を見て頷いた。
なんだか、二人だけの秘密の会話でもしているみたいに見える。ただ、プリンの話をしているだけなのに。
「ごめん。また眠くなってきたから」
私は二人を見ているのが辛くなって、布団に顔をうずめてそう言った。
「そうだね。疲れちゃうよね。じゃあ、ゆっくり寝て。ね、和真君も下に行こう。きっと母がお茶の用意をしていると思うの」
「いいよ。そういうのは」
「だけど、せっかくわざわざお見舞いに来てくれたんだもの。確か、おいしいカステラもあったし」
「いい。悪いけど、俺、もう少しここにいる」
「え?だけど、柚葉寝るって」
「うん。寝るまで、ここにいるから」
「……」
杏菜の返事は何も聞こえない。ただ、バタンというドアを閉める音だけが聞こえた。
しん…。
ドキン。和真、いるの?もしかして、杏菜と一緒に出て行った?それとも、そこにいる?
布団に潜り込んだから、わかんないよ。
ふわり。
うわ!髪、今、撫でた!!!!
「柚葉、どっか、辛い?」
「う、ううん。だだだ、大丈夫」
ドキドキ。和真の声だ。すんごい優しい声してた!
「顔、見せて」
「ダメ」
「なんで?顔見れないから、心配なんだけど」
「ど、どうして?」
「いいから、顔を出せ」
ひえっ。布団めくってきた。
「わ、私、ずっと寝てたし、髪ボサボサダし、顔だってきっとひどいことになって」
そう言いながら、和真のほうを向いた。すると和真が、すごくほっとした顔をして私を見ていた。
「かず…ま?」
ベッドの横に座り、じ~~っと私を見てるけど…。
「ごめんな?」
「え?なんで、和真が謝るの?」
撫で撫で。なぜか、また頭を撫でられた。
「昨日、俺、きついこと言ったよな」
「あ…」
そのことで謝ったの?
「やっぱ、傷ついた?」
「う、ううん。大丈夫。あ!それが原因で熱出したんじゃないよ。お風呂上り、扇風機にずっと当たって、それでだよ」
「……」
「和真?」
まだ、髪、撫でてる。困った。ドキドキがおさまんないよ。
「杏菜と帰ってきたんだね」
あれ?ドキドキしていたら、とっさにそんなことが飛び出した。
「うん」
「一緒にコンビニ寄ったの?」
「うん」
「また、アイスでも買って食べてたの?」
「え?」
「杏菜と一緒に」
「まさか、んなことするわけないじゃん」
「え?なんで?腹減ったって、和真なら食べそう」
「お前ら二人揃って、俺を何だと思っているわけ?」
「二人?」
「杏菜にもコンビニ寄ったら、俺の食うもんを買うのかと勘違いされた。お前の食いもん買っただけなのに。だって、お前、お見舞いに食いもん持ってこないと、怒りそうじゃん?」
「怒んないよ。ひどい。私は和真が来てくれただけでも嬉しいのに」
「え?」
うっわ。すごいこと今言ったかも。ああ、ダメだ。熱のせいなのか、心の声がダダ漏れになる。
「…」
和真、黙り込んだ。今のは引いた?気持ち悪かった?って、そうじゃない。和真、真っ赤になってる。
「か、和真も熱出た?顔赤いけど、私の風邪うつった?」
「ちげえよ!あほ」
そう言って、和真はそっぽを向いた。ああ、照れてるんだ!
「あ~~~~、ったく」
あ、やっとこっちを向いた。でも、まだ顔が赤い。そして、わしわしとまた私の髪を撫で出した。
「お前さあ」
「な、なによ」
なんか、文句があるって感じの口調だ。
「熱出しているときのほうが、素直なんだな」
「う…」
言われてしまった!
「いつも、そんだけ素直ならいいのにな。憎まれ口ばっかたたいてて、本心、よくわかんないし」
「それは、和真もだよ」
「俺?」
「そうだよ。和真のほうこそいっつも冗談言って、全然本心がわかんないよ」
「……」
あ、黙り込んだ。私の髪を撫でるのもやめて、今度は自分の髪をぽりって掻くと、
「でも、俺は多分、態度に出ていると思う」
と、ぼそっと下を向いて呟いた。
「ええ?どこに?いつ?」
まったくわかんないけど!?
「わかんない?ポチもタマも気づいてたけど?」
「ええ?タマちゃんも?」
和真の気持ち知ってた?
「私には、なんにも教えてくれなかった」
「ああ、だろうね。俺、口止めしてたし」
「ええ?なんで?」
「そりゃ、他のやつから俺の気持ちばらされるの、嫌だったし」
っていうことは、何?前から私のこと思っていたってこと?
「え?でも、なんで?どっからどう見ても単なる友達で、それ以上には見えないよね?」
そう言うと、ベッド横に座っている和真は、なぜかゆっくりと顔を上げて私に近づき、
「鈍いよな。俺は、他の女の頭なんか絶対に撫でないし」
と頭をまた撫で、そのあと、私の頬をむにっとつまむと、
「こういうことも絶対にしない」
と少し照れくさそうな顔をした。
たった、それだけ?そんなの、わかんないよ。そんなのでわかるわけないじゃん。
「だいたい、カレーまんの食いかけ、普通食べたいと思うか?アイスだって、他のやつがかじったの、食べたいなんて思わないし」
「え?え?」
「それに、毎日一緒に帰りたいなんて思わないし。遠くにいたって、すぐに見つけられるのなんてお前だけだし」
え?何それ。
「自分から話しかける女子だって、多分、柚葉だけだし」
「え?タマちゃんは?」
「あ~~~、だから、用事があれば話すけど、用事もないのに話したいと思うのなんて、お前だけなんだよ」
「……。熱の幻聴?」
「ちげえよ」
あほ、と言って、軽く私のおでこをつっつき、和真は私からまた顔を遠ざけ、ベッドにもたれながら、
「寝るまでいてやるから、寝ろよ」
と後ろを向いたまま呟いた。
「う、うん」
一回大人しく布団に潜り込んだ。でも、片手だけだし、
「手…。握っててくれたら、すぐに眠れそうな気がする」
と、きっと熱出していないときだったら、口が裂けても言えないようなことを発していた。
「え?」
「ダメかな」
「い、いいや」
和真が、少し躊躇しながら私の手を握った。
「嫌だったかな?」
ぼそぼそっとそう言うと、
「んなわけないだろ」
とぶっきらぼうに和真はそう言うと、ぎゅっと強く握り返してくれた。
ああ、安心する。ドキドキするのに安心するのはなぜかなあ。
和真の手のぬくもりとか、すぐそばにいてくれる存在感とか、そういうの全部に安心して私は眠った。
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スウスウ。
柚葉の寝息?そっと柚葉のほうを向くと、柚葉は気持ちよさそうに寝ていた。
俺の手を握り締めたまま、子供のようなあどけない顔で…。
くそ。
可愛いな。
ああ、もう。なんなんだよ、さっきから。すげえ照れる。
熱出して弱ると、こんなにも可愛くなるのか。
俺が来ただけで嬉しいとか、寝るまで手を握ってくれとか。
寝顔もめちゃくちゃ可愛いし。ああ、キスしたい。いや、ダメだろ。熱出して寝ているっていうのに。
眠るまで横にいるって言う約束だったけど、俺はそれを破って、1時間もその場にいた。
トントン。すごく小さなノックの音がして、
「柚葉、寝た?」
と小声でそう言いながら、柚葉のお母さんがドアをそっと開けた。
「あ、はい」
俺は慌てて柚葉の手から自分の手を離し、
「寝ました」
と小声で言って立ち上がった。
ちょいちょいと、お母さんが手招きをする。
「はい?」
鞄を持って、ドアの近くに行くと、
「夕飯、食べて行ってね」
とお母さんは明るく言って、階段を降りだした。
「え?いえ、俺、帰ります」
その後ろを続きながらそう言うと、
「こんな時間まで引き止めちゃったんだから、食べていって。用意しちゃったし。すき焼き、嫌い?」
「いえ、好きですけど」
「それはよかったわ」
まじか?なんだよ、その展開。だいたい引き止められたんじゃなくて、俺が柚葉のそばにいたかっただけだし。
柚葉のお母さん、すげえ強引…。
1階におり、廊下を歩いてその突き当りのドアを開け中に入ると、すでにダイニングのテーブルにお父さんが座っていた。柚葉のお父さんとは何度か会っている。いつもにこにこしていて、穏やかな人だ。
「やあ、城野君。柚葉のお見舞い、わざわざありがとうね」
「え、い、いえ」
なんか、緊張する。
「俺、いいんですか?柚葉、2階で寝てるし、その間にこんなご馳走になって」
「気にしないで。どんどん食べていってよ。柚葉の分も昨日お肉を買ってきたの。だから、お肉たくさんあるのよ。あの子、いっつもたくさん食べるし」
「ああ、大食いですよね」
と言ってから、やばいと口を閉じた。
「そうなの。やっぱり和真君も知ってるのねえ」
そう言ってお母さんはけらけら笑った。そして、大盛のご飯を持ってきて、
「お腹すいているでしょ、遠慮しないで」
と言いながら、俺の前に置いた。
腹は確かに減ってた。しっかりとおかわりまでして、食べ終わってから、
「あ、家に連絡し忘れた」
と慌ててラインで夕飯いらないと送った。
「お母さん、怒ってる?」
「いえ、大丈夫です。残った分は明日の弁当のおかずになるだけだし」
「お弁当も男の子だと大きいんでしょう?」
「ああ、はい」
「和真君は、兄弟はいるのかい?」
城野君から、和真君に変わった。
「姉がいます」
「へえ、お姉さんなんだ。男兄弟かと思った」
杏菜が話しに入ってきた。
「お姉さんとは仲がいいの?」
そう言いながらお母さんがお茶をみんなに配り出した。
「そんなでもないです。趣味とかも全然違うし」
「あら、そうなの?」
お茶を置き終わると、お母さんは自分の席に着き、お茶をすすった。
「はい。どっちかって言えば、俺より柚葉…、柚葉さんのほうが仲がいいかも」
「え?柚葉が?そうなの?」
「最近は柚葉も…、あ、柚葉さんも来なくなったけど」
「柚葉でいいわよ」
お母さんがくすくす笑いながらそう言うと、
「柚葉、前は和真君の家に遊びに行ってたの?」
と聞いてきた。
「はい。中学1、2年の頃とか、俺が持ってる漫画読みに…。で、姉も漫画はたくさん持っていたから、姉の部屋にも入って、姉と仲良く漫画読んでました」
「まったく、あの子は~~」
「姉はその頃は、今ほど漫画に夢中じゃなかったから、まあ、そこそこ話もあってたみたいで」
「あら、今はもっと漫画に夢中なの?」
「はい。かなりオタクです」
「そうなんだ」
ぼそっと杏菜はそうあまり興味がないように相槌を打った。
お父さんのほうは、にこにこしているけど無口だ。お母さんがべらべらと話し、笑っている。柚葉はいつもどうしているんだろう。
何で俺は、柚葉がここにいないのに、ここでご飯なんて食べているんだろう。
「あの」
「なあに?」
「柚葉はご飯どうするんでしょうか」
とぼそっと聞いた。すると、
「大丈夫よ、あとでお粥持って行くから」
と軽くあしらわれた。
「…それじゃあ、俺、失礼します」
「お見舞いに来てくれてありがとうね」
「こっちこそ、すみません、ご馳走になってしまって」
「いいのよ、また来て」
お母さんは明るくそう言って、お父さんはにこにこしているだけだった。
3人とも玄関まで見送りに来た。お邪魔しましたとお辞儀をして、僕は南郷家を出た。
「……はあ」
疲れた。食べた気もしなかったし、味もわからなかった。
くるりと後ろを見て柚葉の部屋の窓を見てみた。お母さんが電気を消したのか、窓は暗かった。
まだ、寝ているんだろうなあ。
手に、まだ柚葉のぬくもりが残っている。できたら、朝まで看病していたいくらいだったのにな。




