第15話 何年ぶりかで出した熱
トントン。
夕飯を食べた後、すぐに部屋に行き暗くなっていると、そこに杏菜が来た。
「柚葉、今日は楽しかったね」
え?何が?私は楽しくなかったよ。だって、和真に落ち込むようなこと言われたし…。
私って、本当に和真に好かれているのかな。って、今日も不安になった。
ベッドに転がっている私を見ながら杏菜は嬉しそうに笑うと、ベッドの隙間にドスンと腰を下ろした。
「和真君と柚葉、いつも楽しそうだったから羨ましかったの」
それって、和真が好きっていうこと?
「いいなあ。柚葉には友達がいっぱいいて」
「そんなにいないよ」
「でも、なんでも話せて笑い合ったり冗談言い合ったりできる友達がいるじゃない」
「…杏菜にもいるでしょ」
そう言うと、杏菜はふふふと微笑んで、
「いないよ~」
とちょっとおどけて笑った。
「私には柚葉だけだったから」
「え?」
「小学校の時は、いっつも一緒にいたじゃない?登下校も一緒だったし、休みの日にも一緒に遊んでた」
「うん」
「でも、中学入ってからお互い部活で忙しくなってばらばらになって、それからはあんまり一緒にいなくなったよね」
「そうだね」
私はテニス部で、杏菜は吹奏楽部。
「お互い、部活で友達もできて、ほら、修学旅行だって同じクラスだったのに別の班だったし」
「友達が全然違うんだもん。しょうがないよ。でも、あの頃、杏菜にだって友達たくさんいたでしょう」
「うん、中学の頃はね」
「高校ではいなかったの?サッカー部のマネージャーは?」
「……」
あ、あんまり仲良くなかったのかな。まあ、そんな感じはしていたけど。
高校に入ってからも、私と杏菜はほとんど別行動だった。クラスもずっと違ったし、部活の時間も違ったし。家に帰ってからも、夕飯食べて、お風呂に入って寝るだけで、たまに杏菜が私の部屋に来て、部長の話をしていたくらいで。
だけど、楽しそうに部長の話をしているから、毎日それなりに楽しく過ごしているのかと思っていたよ。
「あ、明日までのレポート忘れてた。やらなきゃ」
「私も、明日英語の小テストあった。部屋に戻るね」
杏菜はベッドから立ち上がり、にこにこっと笑うと部屋を出て行った。
「ふう」
私はそのまま寝転がり、しばらくぼけっとした。杏菜はずっと寂しかったのかな。
それとも、和真に気があるとか。
あ~~~、もんもんとする。
「お風呂に入ってこよう」
ベッドから立ち上がり、着替えを持ってバタバタと階段を駆け下りた。
お風呂から上がり、汗が止まらなくなって和室にある扇風機にしばらく当たっていた。
「柚葉、風邪引くわよ。いい加減にしなさい」
「ふえ~~~い」
「まあ、馬鹿は風邪引かないというけどね」
ムカ!なんだって母は一言多いんだろう。いっつも頭にくる。
ムカつくから、しばらくそのまま扇風機に当たっていた。そして、
「クシュン」
とくしゃみをすると、
「柚葉、風邪かい?」
と父に心配そうに聞かれ、私は慌てて扇風機を止めて2階に上がった。
「ハックシュン」
やばい。なんか、寒気もする。でも、レポートは仕上げないと。
結局、夜中の1時までかかり、レポートを終えて眠りに着いた。
ドゴンドゴン!
「いつまで寝てるの!柚葉」
う、うるさい。いつもの倍うるさい。
なんとか目を覚まし起き上がると、ものすごい頭痛。
「いった~~~」
それに喉も痛いし、鼻水も出る。
「風邪だ」
どうにかふらふらと1階まで行き、
「体温計、どこ?」
と母に聞いた。
「まさか熱?」
きれ気味に母が振り返り、体温計を和室まで取りに行くと、
「だから、昨日言ったでしょう」
と無造作に体温計を渡された。
むかつくなあ。心配はしないわけ?と思いつつ、リビングのソファに座って体温計を脇に挟んだ。
「大丈夫?」
杏菜がダイニングからやってきて、心配そうに聞いた。母よりずっと優しいよなあ。
ピピピ。その時、体温計が鳴り見てみると、
「あ、38、5」
と、とんでもない数字が見えた。
「わあ、高い。お母さん、柚葉、38、5もあるよ」
「え~~?まったく、馬鹿は風邪引かないはずなのにねえ」
そう言うと、心配するどころか、母はくすくすと笑った。
むう~~~。
「大丈夫かい、柚葉、病院に行くかい?」
洗面所から父がすっ飛んできてそう聞いてきた。昔から父は心配性。母とは正反対。
「大丈夫よ、寝てれば治るって。朝ごはんは食べられる?」
ほら、母は能天気なこと言っている。
「無理、もう寝る」
そう言って、私はよたよたと2階に上がった。後ろから杏菜がついてきて、
「先生には私から言っておくね」
と、部屋にまで来て、私がベッドに入るのを確認してから出て行った。
小学校の頃、なぜか風邪を引くのも一緒だった。母は大変だったみたいだけど、一緒の部屋で横に杏菜が寝ていて安心できた。
部屋が分かれたのも、中学からだったっけ。それまで、寝室と勉強部屋とで分かれていて、寝るときも一緒だったもんなあ。
ああ、和真に会えないのが寂しい。
でも、ちょこっとだけほっとしている。
だって、昨日の和真、なんだか冷たかった。私、愛想つかされたりしないよね。杏菜のほうがよくなったりしないよね。
あ~~、またもやもやしてきた。寝ちゃおう。それが1番だ。
そのあとも熱が上がり、朦朧とした。何度か母が見に来てくれて、冷却シートを替えたり、寒いと言うと、布団をかけてくれたりした。
その時の顔は優しかったし、
「何か食べれる?ポカリは飲みなさいよ」
という声もいつもと違って優しく感じた。
「食べれない…」
「わかった。ポカリはここに置いておくからね」
そう言って母は出て行き、そのあとまた私は眠った。
体のふしぶしが痛い。辛い。すっごく辛い。何度も頭の中に浮かぶのは和真の顔。
「俺、やっぱり、杏菜のほうがいいから、別れよう」
とか言ってる。
なんで、大丈夫かって心配してくれないのよ。こんなに辛いのに。と言いたいのに言葉が出ない。
朦朧とする意識の中なのか、夢なのかわからなかった。
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「え?熱が38、5もあるって?」
わざわざ俺のクラスまで来て、杏菜が教えてくれた。
「朝、いなかったから、単なる寝坊かと思った」
「ううん。風邪引いたみたいで…。あ、予鈴だ。私、戻るね」
「おう。わりい」
杏菜が教室を出て行くと、クラスの男子が俺を一斉に見て、
「何で知り合いなわけ?」
と聞きに来た。
「え?ああ、杏菜?」
「なんで、呼び捨て?!」
うわ。こえ~~~。こいつらみんな、杏菜のファンか?
「こいつ、南郷さんは南郷さんでも、柚葉ちゃんの彼氏だから。それで、柚葉ちゃんが熱出して休むってことを、わざわざ教えにきてくれたって、それだけ」
俺が答える前に、ポチが全部説明してくれた。
「え!?双子の片割れだろ?付き合ってんの?」
「同じテニス部だよな」
あれ?意外とみんな知らなかったんだな。
「ああ、付き合ってる」
「なんだ、早く言えよ」
そう言いながら、俺を取り囲んでいた男子はみんな自分の席に戻っていった。
ああ、そう。柚葉だと別に嫉妬しないわけね。まあ、いいけど。
そんなにみんな、杏菜がいいのか。俺にはそれがわからない。いや、柚葉がモテなくてよかったって言えばよかったけど。
それにしても、柚葉が熱を出すなんて…。
ラインを送ってみたが、返事もなけりゃ既読にもならない。
「……、大丈夫かよ、あいつ」
テニス部を休むわけにもいかず、ほんの少し、早めに部活を終わらせた。あとの片づけを後輩に任せ、
「俺、早めに帰るから」
と、昇降口でポチとタマにもそう告げた。
「柚葉のお見舞い?」
「ああ」
「じゃあ、これ。今日の分のノート、渡しておいて」
「わかった」
タマからノートを受け取り、鞄に入れてさっさと昇降口を出た。すると、そこになぜか杏菜がいた。
「和真君、うちにお見舞いに来るの?」
「うん。そのつもり。柚葉ラインしても既読にもならないし」
「そうなんだよね。お母さんに電話で聞いたら、ずっと寝てるみたい」
「そっか」
「熱も下がらないみたいだし、心配だよね」
「そっか」
俺は足早に歩き出した。その横をちょこちょこと杏菜が歩いてくる。一緒に帰るつもりか。まあ、おんなじ家に行くんだから一緒に帰ってもいいんだけど、できれば、走りたいくらいなんだけどなあ。
まあ、そんなに急いで行かなくても大丈夫かな。そう思い歩く速度を落とした。
「朝、熱出したの?あいつ」
「うん」
「珍しいな。風邪なんか引くことないんだけどな。いっつも元気で」
「小学校以来かもね」
「へえ、そうなんだ」
そういえばそうかもな。いっつも元気にテニスをしている姿しか記憶が無いし。
「馬鹿は風邪引かないって言うしなあ。今回のはあれだな。鬼の霍乱」
「ひどいなあ、和真君」
杏菜はくすっと笑うと、
「心配じゃないの?」
と聞いてきた。
「……心配…」
当たり前のこと聞くなよ。だから急ごうと早歩きだったんだし。という感じで杏菜を見ると、
「心配だよね?」
とまた聞き返してきた。
「………」
少し苛立った。念を押すような聞き方に。心配していないとしたら、俺って何だ?彼氏だし…、いや、彼氏になる前からだって、柚葉のことは一番大事な存在だし。
無言になり、駅まで歩いた。電車でも俺はほとんど言葉を発せず、杏菜が柚葉とはまったく関係の無いサッカー部の話をし始め、それにただ相槌を打った。
最寄の駅に着き、何も言わずにコンビニに入ろうとすると、
「え?うちに来ないの?」
と突然杏菜が言った。
「え?」
「柚葉いなくっても、コンビニ寄るの?あ、お腹すいている?うちに来たら母が何か出してくれるかも」
「いい。別に腹が減ってるから寄るわけじゃないし」
そう言いながら、コンビニに入り、プリンだのゼリーだのを選んで買った。
「…それって、もしかしてお見舞い…」
「柚葉、食いもん持って行ったほうが喜ぶだろ」
「ごめんなさい。私、いつもみたいに和真君が食べるものを買うのかと思った」
「で?そこのベンチで暢気に食うかと思った?」
「ご、ごめんなさい」
俺の声が威圧的だったからか、杏菜が黙り込んだ。
「……なんか、ちょっと、違うね」
「え?何が?」
「いつもの和真君と違ってるね」
「……いつもの俺ってこうだけど」
「え?違うよ。昨日、柚葉と帰ったときには、もっとよく話していたし、笑っていたし、冗談も言ったりしていたし」
「……そう?」
「それにもっと、優しい…」
「優しくないけど。前にも言わなかったっけ?俺、逆に冷たくて、女子とか話しかけてこないよ」
「そ、そうなんだね。柚葉と一緒にいる和真君しか知らなかったから、その…」
柚葉の家に向かいながら、杏菜はしばらく黙り込んだ。そして、家の前に着くと2階にある柚葉の部屋あたりを見上げ、
「そっか。柚葉と一緒だと優しい和真君になるんだね」
とぽつりと言った。
「優しくないよ。俺は全然。昨日も多分、柚葉を傷つけた」
「え?」
「冗談のつもりで、からかうつもりで、ひどいことを言ってた。いつもあいつは言い返してきて、最後には笑い飛ばすから、俺もいい気になって昨日もひどいこと言って…」
「大丈夫だよ。柚葉気にしてないよ」
なんで?大丈夫だって言い切れる?あいつ、落ち込んでたじゃん。
そうだよ、なんかあいつ、変だったんだよ。それになんとなく気づいておきながら、俺はほうっておいたんだよな。