第14話 なんだか、様子がおかしい。
朝、目を覚ましたのは結局いつもと同じ時間。
「ああ!こんな時間だ!」
早くに起きて、髪とか綺麗にしたかったのに。
慌てて朝食を食べ、顔を洗いに行くと、父が余裕綽々な顔で髭を剃っていた。
「おはよう、柚葉」
「おはよう」
「杏菜は、ずいぶんと早くに出て行ったよ」
「そうなんだ」
どうしたのかな。朝連だよね。
「昨日、うちまで来たんだって?」
「え?」
「杏菜が言ってたよ。和真君と柚葉、喧嘩したけど仲直りできたみたいだって」
そんなこと、わざわざ言ったの~~?
「よかったねえ、すぐに仲直りできて」
「う、うん。まあね」
顔をささっと洗い、歯も磨き、適当に髪をとかして、
「じゃあ、行ってきます」
と鞄を持って、私は家を飛び出た。そして、またすぐに玄関に戻りお弁当をいれ、
「行ってきます」
と叫びながら、またダッシュで家から出て行った。
ドキドキドキドキ。
髪、いつもみたいにボサボサだよ。
あ~~~、どうしよう。いつもみたいに、和真に挨拶できるのかな。
坂道を走りながら、そんなことを思った。今日は青空が広がって、すでに気温も高い。
あ!和真の背中だ!
ええい。いつもみたいに、勢いよく背中をバッチンってするぞ!と早足になると、足が止まらなくなり和真を追い越してしまった。
あわわ。背中を叩くこともできなかったよ!
「待てよ!柚葉?」
グイっと腕を掴まれた。和真が私を追いかけてきたみたいだ。
「うわ」
急ブレーキをして止まり、グルッと和真のほうを向くと、和真の顔が陽にあたり、キラキラ輝いて見えた。
「お、おはよう」
「なんで、追い抜かしていくんだよ」
「い、勢い余って…。え、えへ」
「えへじゃないよ、ったく」
あれ?和真の顔、赤い?
私の腕から手を離し、和真はその手をポケットに突っ込むと、俯きながら歩き出した。
あれ?
「お、怒った?」
恐る恐る聞いてみた。あ、なんでだ?今までこんなことくらいで、不安になったりしなかったのに。
「え?怒ってないけど?」
「あ、うん、それならいいんだけど」
こっちを見た和真の顔が、本当に怒っている感じじゃなくてほっとした。
「何?俺が怒ったかと思った?」
「うん」
コクリと頷いてから和真を見た。目が合うと、和真がぱっと視線を外し、
「怒らねえよ、こんくらいで」
とぶっきらぼうに答えた。
「それより、今日も髪、ボサボサだな」
「あ!そうなんだよね。寝坊しちゃって…」
やっぱり、こんなボサボサ頭、みっともないよね。
そうか。私、和真の彼女になったんだから、身だしなみってのはちゃんとしないと、和真にも申し訳ないし、呆れられるかもしれないんだ。
「え?なんで、柚葉、落ち込んだの?」
「え?」
「俺の言ったことで落ち込んだ?」
和真が心配そうに私を見た。
「私、落ち込んだ?」
「うん。いつもなら、言い返してくるじゃん。なんか、今日の柚葉変だな」
「……」
なんで?そりゃ、昨日とは変わるよ。
「ごめん、変で…」
「いや。だから、そこ、謝るところじゃなくて」
調子狂うなあ…と、和真が頭を掻いた。
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なんだか、柚葉が別人みたいに大人しいし、しおらしい。なんだ?
顔赤らめてみたり、落ち込んで肩を小さくしてみたり、歩く速度もいつもより遅いし、歩幅まで変わっていないか?
なんなんだ。これじゃ、思い切り女の子じゃないか。
いや、もともと女の子だけど。
こんなだと、変に俺も意識しちまう。
っていうか、昨日の夜から、浮かれてて眠れていないけど。
会話。なんか会話しないと。でも、なんにも思い浮かばない。隣で歩いているだけで、俺、満足しているし。
ちらっと柚葉を見た。俺の視線を感じたのか、柚葉も俺を見た。目が合った。
「あ、暑いな、今日」
「うん。天気いいね」
「天気いいよな、今日」
「うん、暑いね」
……。変な会話をしてるぞ、俺ら。会話が続かないし。でも、まあ、いいか。隣にいるだけで十分。
今日も電車は満員。柚葉が先に乗り、人ごみの中に無理やり入り込もうとしている。
「ここにいれば?この隙間」
そう言って柚葉の腕を掴み、俺とドアの間に柚葉を立たせた。柚葉は、肩を小さくすぼめながら、俺のまん前で俯いた。
柚葉の顔が真っ赤だ。見事に耳まで真っ赤だ。なんか、可愛い。
柚葉も俺のことが、好きなんだよなあ。やべえ。にやけそうだ。
学校についても、俺はにやけるのを抑えていた。
「おはよう、城野」
「よう」
「なんだよ、朝から不機嫌だな」
「え?」
「顔、すっげえ怖いぞ。ほら、周りの女子、声かけられないくらい怖いオーラ出してる。なんかあった?」
にやけるのを抑えていたら、顔がこわばったか。
「別に…」
「何?なんかあっただろ。まさか」
勘の悪いポチが、何かに気がついたのか?
「ふられた?」
耳元でポチがそう聞いた。
「んなわけないだろ。縁起でもないこと言うな」
思わず、ポチの頭をはたいてしまった。
部活でも、変に意識しないように柚葉の顔は見ないようにした。柚葉と話す時にも、わざとつっけんどんになって、きつい口調になったり…。
やばい。柚葉、ちょっと暗くなってたな。
「柚葉」
部活が終わり、柚葉に声をかけた。
「先輩!ちょっとお願いがあるんです」
柚葉がちょうどこっちを向いたところで、1年生に声をかけられてしまった。
「え?何?」
「サーブがどうしてもうまくできなくて。見てもらえますか?」
「俺に?柚葉じゃなくて?」
「ダメですか?城野先輩のサーブを見てて、すっごく正確に打てるから、教えてほしいなって思っていたんです」
「……」
有無も言わさず、その子はさっさとコートのほうに歩き出した。
「あ~、柚葉、ちょっと残っていくから」
「うん、お先に」
あ、柚葉、まだ暗かった。顔、沈んでいる。あいつって、顔に出やすいよな。
10分で、サーブの練習を終わらせ、そのあともしつこく話しかけてきた後輩を、
「片付け、俺がやっておくから、あがっていいよ。それじゃ」
と、さっさとその場を離れ、片付けに専念をし始めた。だが、しつこく、
「城野先輩って、本当に南郷先輩と付き合っているんですか」
と聞いてくる。
「そうだけど」
「…あの、どうしてですか?」
「は?」
どうして?っていう質問をするほうが変だろ。
「仲よさそうでしたけど、でも、見てても男女の仲じゃないかなあって」
「は?」
じゃあ、なんだよ。
「どう見えてたわけ?」
「ごめんなさい。私、怒らせるつもりじゃ」
「え?怒ってないけど」
「で、でも、今、声が怖かった」
「もともと、こんなだし。あ~~、名前なんだっけ?俺、男子のほうばっかり見ているから、1年女子まで名前覚えてなくって」
「え?そ、そうなんですか?」
「悪いけど、多分、俺、いつもこんな。話し方も声も、いつもと変わんないけど、知らなかった?」
「はい」
「……ああ、そう」
1年女子は黙り込んだ。
「悪いけど、柚葉待たせてるし、とっとと片付け終わらせたいんだけど」
「はい。すみません。お先に失礼します」
「お疲れ」
ぺこりとお辞儀をして、走り去った後、ベンチの裏側からいきなり、ポチが現れた。
「冷たいねえ。だから、もてないんだろうなあ、城野は」
「聞いていたのかよ」
ベンチの裏側に座って隠れて聞いてたな。こいつは…。
「聞こえちゃったんだって。ここで、水飲んで休んでいたら」
「いつからいた?」
「城野先輩って本当に付き合っているんですか?ってところから」
こいつは~~。ほんと、趣味悪い。
「いいだろ、優しくしなくたって。もてなくてもいいし」
「いとしの南郷にも?」
「あのなあ!いとしのって、いちいちつけるなよな」
「いいじゃん」
「それより、片付け手伝え。柚葉とタマ、待たせているんだから」
「へいへい」
二人だから、片付けはすぐに終わった。更衣室に駆け込み、着替えを済ませてすぐに昇降口に行くと、柚葉とタマと、そしてなぜか杏菜までがいた。
「あ、和真君。今日は私も一緒にお願いします」
「え?」
「サッカー部のみんなに、柚葉と帰るから送ってもらわなくてもいいって言ったの。だから、私も混ぜてね?」
「…。あ、ああ」
なんだ。柚葉に冷たい態度を取ったこと、弁解したかったのにな。帰りに二人になったとき、話したかったのに、できないじゃないか。
「今日もコンビニ寄る?柚葉」
「ああ、うん」
「私も何か食べようかな~」
「……」
さっきから、杏菜ばっかりしゃべってるな。
「ね?柚葉は何買うの?」
「杏菜、小食だから、食べて帰ったら夕飯食べれなくなるんじゃないの?」
「うん。そうなんだ。だから今まで食べて帰ったことないんだけど」
「じゃあ、やめとけば?お母さんに怒られちゃうよ。今までもちゃんと杏菜は言いつけを守ってきたんだから」
「そうなんだけど」
なんだ?二人して険悪ムード?喧嘩?
「ずっと、そうやっていい子をしてきたけど…」
杏菜が今度は暗くなった。
「柚葉が羨ましい」
「え?何で私が?」
「自由で、好きなように生きてて」
「それって、わがままってことだよね。じゃあ、杏菜もそうしてみたらいいじゃん」
「ストップ。柚葉、なんか言い方きついよ、お前」
思わず、本格的な喧嘩になる前に二人の間に入った。だが、柚葉が俺を一瞬睨み、その後、悲しい顔になってそっぽを向いてしまった。
あれ?やばい?
「あ、悪い。俺が口を挟むところじゃなかったかな」
「ううん。ごめんね、和真君、変なところを見せて。そうだ。柚葉、半分個にしようよ。昔、よくしていたじゃない。肉まんでも、あんまんでも、半分個にして食べてた」
「…いいけど。あんまんは嫌だよ」
「柚葉の好きなものでいいよ」
そう言って、杏菜はにこにこしながらコンビニに入った。
俺はピザまん。柚葉は肉まんを買った。カレーまんじゃないのか?珍しいな。もしかして、杏菜にあわせたのか?
「はい。どうぞ」
柚葉が肉まんを半分にして、杏菜に渡した。
「そっちのほうが小さいから、そっちでいいよ」
そう杏菜が言うと、
「いいよ。こっちのほうが肉多いもん」
と柚葉は自分の手に持っているほうをぱくっと食べた。
こいつは。肉の多いか少ないかで決めるのか。そういうやつだったけど、昔から。
もし、俺だったら、頭を一回こづいて、柚葉の手にしている肉の多い部分を食う。そして、ざまあみろと言って、柚葉が悔しがる。
だが、相手は杏菜だ。おとなしく肉の少な目になった哀しい肉まんの片割れを黙って食べている。
「杏菜も大変だな。こんなわがままな妹がいて」
「ちょ、何言ってるの?和真」
「家でもこう?俺にもわがままし放題なんだぜ、こいつ」
そう言って、柚葉の頭をこつんとこづいた。いつもみたいな反撃が来るかと思いきや、黙って柚葉は俯いてしまった。
あれ?
「そんないっつも柚葉はわがままってわけじゃないよ。それに、自己主張がちゃんとできて、私、本当に羨ましいし」
杏菜が苦笑いをした。その横で一瞬杏菜を見た柚葉は、俺のこともちらっと上目遣いで見た。
「自己主張し過ぎなのも、どうかと思うけどね」
また、俺はわざとそんな意地悪なことを言ってみた。いつものパターン。柚葉も言い返してくるはず。
「……」
って、なんで言い返してこないんだよ。なんか、暗くなってるし!
本気にすんな。冗談に決まってるだろ。と、喉まで言いかけたが、
「柚葉、和真君、冗談で言ってるだけだよ。ね?和真君」
と、杏菜が思い切り柚葉を慰め、俺が何も言えなくなってしまった。
 




