第13話 想いをやっとこ、伝えられた!
まん前で真剣な顔をして、和真が話をしている。でも、半分以上入ってこない。
だって、さっきの、和真が言った「浮かれた」って言葉が気になって。
私と付き合って、なんで浮かれたの?
なんで、私に嫌われるのが怖いの?
なんで、私がどう思っているのか不安になったの?
なんで?なんで?なんで?
「柚葉は、俺と杏菜が付き合ってもいいと思ってる?」
「………え?」
「だから、そういうことさっき言ってたけど、あれは本気で言った?」
「………」
くるくると首を横に振ってから、私は必死で考えた。
浮かれたって言うのは、どういう時に使う言葉だっけ。
沈んだの逆?私と付き合って、浮かれたっていうのは、つまり…。
「柚葉!」
「はいっ?」
いきなり、大声で呼ばれてびっくりして和真を見た。和真の目が、真剣を通り越して怒っているように見える。
「話、ちゃんと聞いてって、さっきから何度も…」
「だ、だから、ごめん。今、それどころじゃ…」
「それどころじゃないって、なんだよ。俺は真剣に話をしてて」
「う、うん」
「今まで、いろいろと誤魔化したりして、真剣にちゃんと柚葉と向き合って話していなかったなって、そう思って」
「………」
真剣に向き合って?
ドキン。
そうだ。そうだった。私もちゃんと、和真に素直にならなくっちゃいけないんだ。
いつも天邪鬼なこと言って、気持ちと逆のことを言ったりしてて、付き合うのだって、冗談交じりに言って誤魔化していた。
ドキン。ドキン。そうだよ、私もちゃんと、云わないと。
なんて?
だから、好きだって。
好き…。
浮かれてた。
ダメだ。さっきの和真の言葉がまた脳裏に浮かんで…。
「和真!話をちゃんと聞きたいし、私もちゃんと話をしたいけど、でも、一つだけどうしても気になっちゃって」
「何を?」
和真が小声で聞いてきた。
「さっきの、浮かれたって言う意味」
「は?」
「だから、和真が言った、浮かれたってどういうことかなあって」
「そのまんまの意味だよ。そのまんま、受け取っていいよ。深い意味もないし」
「う…。そのまんまっていうのが、わかんない」
「え?」
「なんか、いい解釈しかできなくて」
「……いい解釈?」
「私に都合のいい解釈」
「どういう解釈?」
「え!だから!」
わあ。言うのに躊躇する。
「だからね、あの…」
「うん」
真剣な目。そんなに真っ直ぐに見られると困る。
「わ、私と付き合って、和真がよ、よ、喜んでいる…なんて、そんな勝手な解釈」
「そのとおりだよ。当たってるけど?」
「ええ?!」
喜んだ?なんで?なんで?なんで?
「なんでそんなに、驚いたわけ?」
「………」
「あ~~、そっか。そこからか。うん」
和真が、頬をなぜだか赤くして俯いた。
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そもそも、こいつには、俺が柚葉のことを好きだってことすら、伝わっていないんだ。
俺もちゃんと云ったことがなかったし、曖昧にしてきたし、冗談交じりにしてきたし。
だから、こんなに驚いているのか。
ん?待てよ?
私にとって都合のいい解釈って言ったか?
それは、俺が柚葉を好きだと、柚葉にとっていいことなのか?
「………」
柚葉を見た。赤くなりながら、俺を見たり、自分の指先を見たり、髪をいじってみたり、落ち着きがない。
「柚葉」
「え?何?!」
「正直に云う。だから、柚葉も正直に答えて」
「え?な、な、何を?」
「何を?じゃなくって、そこはうんって云って」
「……うん」
柚葉がおとなしく頷いて、下を向いた。なんだか、柚葉がすごく小さく見える。
「俺は、柚葉が付き合うかって言った時、嬉しかった。柚葉が彼女になってくれるの、マジで嬉しかった」
「……な、なんで?」
「なんでって、だから…。そりゃ、柚葉のことが、ずっと…」
「……」
え?柚葉、泣きそう?
うるうるとした目で俺を見て、鼻の頭真っ赤にしてる。
「……柚葉も?俺のこと?」
そう聞くと、柚葉がコクンと頷いた。頷いた瞬間、柚葉の目から涙がボロッと床に落ちた。
「……えっと」
泣いてる。柚葉が泣いてる。慌てて右手で涙を拭いて、柚葉が鼻をすすった。
やべえ。
ちょっと、今、感動してる。
これは、あれだよな。俺が好きだから、俺と両思いだってわかったから、泣いているんだよな。
だよな?そういう解釈でいいんだよな?
しばらく俺は、目の前で鼻をすすりながら、必死で泣くのを我慢している柚葉を見ていた。
可愛い。
それから、はっと我に返り、そうっと柚葉に両手を伸ばした。そして、触るか触らないかの瀬戸際のあたりで、柚葉を抱きしめてみた。いや、抱きしめているような雰囲気を出してみた。実際は、柚葉に触っていいかもわからなかった。
手をグーにして、柚葉の背中に回す。ギリギリの空間でなんとか、グーの手をとどまらせ、ぐっと我慢をして、でも、こらえ切れなくなって、柚葉の頭を撫でた。
その瞬間、柚葉が、
「嘘だ~~」
と言って、声を出して泣き出した。
「え?」
「嘘だ。こんなの」
「う、嘘じゃない」
「だって、信じられない」
「信じていい。って、何を?俺が柚葉を好きだってことを?」
「そうだよ。そんなの、信じられないよ」
「なんでだよ。ずっと好きでいたよ」
「どうして?杏菜のほうが可愛いし、女の子らしいし」
「俺には、柚葉のほうがいいんだよ」
「なんで?」
「何でって言われても、俺にだってわかんないよ。でも、いいんだよ」
柚葉がちらっと俺を見た。目が合うと、すぐに視線を外し、
「自分でもわかんないんだ」
とぼそっとつぶやいた。
わかってるよ。柚葉のほうが俺には可愛いんだって。でも、そこまでは言えない。
「鼻水出る」
と言いながら、鼻をすする柚葉も。どう見ても泣き方までが、杏菜のほうが女の子らしいのは、俺にだってわかる。だけど、目の前で泣いている柚葉のほうが可愛い。
そう思えちゃうんだから、しょうがないだろ。
なんて、言えない。
泣いている柚葉を見て、感動している…なんてことも言えない。柚葉と両思いだってわかって、今、飛び上がりたいくらい嬉しいってことも、本当は力いっぱい抱きしめたいってことも、でも、そんな勇気がなくてできないってことも、そういうことはさすがに、柚葉には言えない。
ちきしょう~~~~~~~~!
まじで、超嬉しいぜ!
って、心の中で思い切り叫び、ぐっとそれが口から飛び出さないように我慢する。
涙を手でぬぐいながら、時々俺を恥ずかしそうに見る柚葉。
やばい。すげ、可愛い。
言葉を出さないように気をつけているけど、多分、俺の今の顔は、情けないくらいにやけているんだろうな。
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突然の展開。
びっくりして、いまだに信じられない。
でも、私の髪を優しく撫でた和真の手のぬくもりが、まだ頭の上辺りに残っている。
「ああ、頭、洗いたくない」
なんて言ってられない。明日も学校だし、お風呂入らなくちゃ。
私がなんとか泣き止んだ頃、和真は足がしびれたと言って、足を投げ出し、笑い出した。
私も足がしびれて、その足に和真が指でつっついてくるから、
「わあ、触るな」
と怒ると、また和真が笑った。
「じゃ、帰るわ、俺」
二人の足のしびれが落ち着くと、和真はそう言って立ち上がった。
「わ、私、こんな顔だし、お母さんに見られたら何言われるかわかんないし、下には行かないね」
「いいよ、ここで」
和真は優しく微笑んで、1階に下りて行った。
「和真君、もう帰るの?夕飯は?」
「家で用意してるんで、これで帰ります。突然押しかけてすみませんでした」
「嫌だわ、見送りにも来ないであの子ったら。柚葉~~~~」
「いいんです。じゃ、失礼します」
母の声を遮るように和真はそう言うと、家を出て行ったようだ。
「……」
声を潜めて、2階から和真と母の会話を聞いていた。すると1階から杏菜があがってきたので、慌てて私は自分の部屋に飛び込んだ。
「柚葉、和真君帰ったけど」
ドアの向こうから杏菜がそう言った。
「うん」
「よかったの?見送りとか」
「うん」
「……喧嘩?仲直りできた?」
「で、できたから、もういいの!」
そう言って私は、この時間まで部屋に閉じこもっていた。
夕飯ができたって母に言われたけど、お腹すいていないと、ドアの外の母にそう言った。
「いらないなら、もっと早くに言いなさい」
と文句を言いながら母はおりていった。
顔を合わせたくないってのもあるけど、お腹がすいていないのも本当だ。胸がいっぱいで、それどころじゃない。
頭の中では、和真の言葉と、和真が撫でた手の感触が、何度も何度も繰り返されていて、勉強も何も手につかない。
「宿題、なんにもなかったよね」
一応念のため、チェックをしてから、また、ベッドに寝転がりぼけっとした。
そして、ようやく11時近くになり、お風呂に入るために部屋を出た。
お風呂でも、ただただ和真のことばっかり考え、長湯をしてのぼせるところだった。
タマちゃんにライン。と思ったけど、今は誰にも何も言いたくない。
いまだに信じられないけど、和真も、私のこと、好きなんだよね?
ずっとって言ったよね?ずっとっていつからかな。
杏菜のことが好きだったはずだから、杏菜にふられてから?
私のことがなんで好きか、わかんないって言ってたけど、信じちゃっていいんだよね?
嘘じゃないよね。冗談じゃないよね。だって、真剣な顔していたもん。
「きゃ~~~~~~~」
お風呂から出て、自分の部屋のベッドにダイブした。
「りょ、両思いじゃん」
そう言ってから、顔が火照りまくった。
どうしよう。付き合うようになったときよりも、遥かに嬉しい。
どうしよう。
和真に何か、ラインする?
でも、なんて?なんて?
ダメだ!なんだか、照れちゃってできない!
やばい。明日も顔を合わせるのが、すっごく恥ずかしい。
いつもどおりにできるかな。
できない。多分、絶対、無理。
携帯を手にして、せめておやすみくらい、ラインしようかと悩んだ。
でも、できなかった。
明日、やっぱりいつものように、和真の背中をバチンとたたいてみよう。そう決意して私は眠りについた。