第12話 別れ話になっちゃってるの?
あいつ、やけに暗かったな。
杏菜のことで、柚葉も傷ついたのか。でも、帰り際、俺のこと思い切り無視してたし、あれは、怒っていたのかもな。それってやっぱり、俺の胸で杏菜が泣いたりしたからか。
だろうな~~~~。
だからって、無理やりひっぺがすのもさすがに気が引けたし。
ヘタレだ。情けないことに、柚葉に嫌われるのが怖い。
俺のどこが頼りになって、優しいやつなんだ。柚葉は俺のダメなところも知っているよな。ずっと一緒にいたわけだし…。
けっこう、俺、きついこと言って、よく人を傷つけてるし。全然優しくなんかない。
そういうのも、知っているよな、柚葉なら。
家に帰り、自分の部屋に入り鞄をドサッと床に置いた。そして、ベッドにねころがった。
あんなこと言ったけど、好きなやつにふられて、次に会うのがすっげえ怖いのは俺だって知ってる。中1のとき、てっきり柚葉にふられたと思って、テニス部に行くのがすっごく嫌だった。
杏菜には、えらそうなこと言ったけどな。
今だって、柚葉に嫌われたらって思うと、胸がバクバクするし。
「気、ちいせえよなあ、俺って」
情けないやつだ。とことん…。
あ~~~~~、くそ。気になる。
携帯を手にして、柚葉に電話した。何回かコール音がして、柚葉が電話に出た。
「もしもし」
「柚葉…?」
「うん」
声、暗いぞ。
「なに?」
怒ってる声か?これって…。
「あ、あのさあ、杏菜、様子どう?」
「そんなの、杏菜に直接聞いてみたらいいじゃん」
「杏菜の電話とか知らないし」
「じゃあ、今、変わろうか?」
「いい、いいって。それより、柚葉、なんか変だぞ」
「変って、何が?」
「お、怒ってるとか?」
「なんで私が怒るの?」
それだよ、その怒り口調…。絶対に機嫌悪いだろ。
「機嫌悪いよな」
「べ、別に。ちょっと疲れてるだけだから」
「あ~~、あのさ、今日のあれはさ」
「あれって?」
「だから、あれだよ。杏菜が泣いて俺に抱きついてきたあれ…」
「……」
やば…。無言だ。
「あれは、その…」
「別に気にしてない」
「あ、そ、そうか。なら、いいんだけど」
「……」
本当に気にしていないのか?じゃあ、なんで機嫌悪いんだよ。
「私も、優しいし頼りになると思う」
「え?!」
なんだ?いきなり。
「杏菜が言ってたみたいに」
「俺が?」
「うん。和真、杏菜に優しいって思った」
え?杏菜に?
「別に、俺、優しくないだろ?いつもと同じだろ?」
「私、あんなふうに優しくされたこともないし、あんなふうに話を聞いてもらったこともない」
「お前、泣いたりしないし、あんな女の子らしいことしたことないだろ」
ハッ、今のは失言。
「だよね。私、女の子らしいところ一個もないし、和真の前で泣くようなこともしないもんね。男友達って感じだったもんね?ずうっと」
「お、おう…。そうだな」
「じゃあ、和真は、私よりも杏菜のほうがいいんじゃないの?」
「え?」
「私なんか、男友達みたいなもんだもん。付き合うって感じじゃないでしょ?」
「え?」
「みんなも言ってるじゃん。杏菜のほうが可愛くって、彼女にするなら杏菜だよなって。私なんか彼女にしたいって思う男子いないよね」
待て待て待て。待てーーーー。それ、別れようって話になってるよな。
「いいよ、ノリとか、ついでとか、同情とか、そんなで彼氏になってくれなくっても」
「お、俺がいつ同情したんだよ」
「和真だって、彼女にするなら杏菜のほうがいいでしょ?」
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黙れ!私。
どうしよう。さっきから、悪態ばっかりついてる。
こんなこと言いたいわけじゃないのに、ひねくれて、全然素直になれない。
わかった。じゃあ、杏菜と付き合うとか言われたら、ショック受けるだけじゃん。
今のうちに謝るとか、素直になるとか、なんとかしろ、私!
でも、どうやって?!
素直になるってどうやったらなれるの?
「電話じゃ、話にならない。ちゃんと会って話そう」
え?
「い、いい。会わないでいい」
会ったら、もっと悪態つく。ううん、泣くかもしれない、私…。
「これから行く」
「来なくていい!」
「行くからな」
ツーツー。
あ、電話切れた!
どうしよう。会って何を話すの?
パニックだ。
あんなこと言って、会ってどうしたらいいの?
5分が経過。ベッドに座ったまま、私は固まっていた。そして、ピンポン!とチャイムが鳴った。
来た。和真だ。
1階から母の声とドアを開ける音。
「あら、和真君」
やっぱり。
「どうしたの?杏菜に用?」
杏菜じゃないよ!
う、でも、部屋から出て行くのが怖い。
バタン。隣の部屋のドアが開く音がした。
「和真君?どうしたの?」
杏菜だ。杏菜が部屋から出て階段を降りていく音がする。
「柚葉は?」
「柚葉なら部屋にいると思うけど。さっき、話し声聞こえたから電話中かも」
「あ、それ、俺だ」
「え?」
「失礼します。あがります」
ええ?!
「ちょ、和真君。そんな、勝手に…」
杏菜の慌てた声がする。
い、いや。私だ。慌てているのは私だ。でも、逃げ場がない。どうしよう。和真の足音が近づいてくる。
「開けるぞ」
「待って」
ドアノブを両手で押さえ、開けないように頑張った。でも、簡単に和真はドアを開けてしまった。
「うわ」
その拍子に私はドアと一緒に、壁に激突しそうになった。
「柚葉?大丈夫か?」
「い、痛い。おでこぶつけた」
おでこに手を当て、そのまま両手で顔を隠した。そんなに痛かったわけじゃないけど、和真の顔が見れずにわざと痛がった。
「大丈夫か?」
うわわ。和真が私の頭を撫でた。
「だ、大丈夫だから!」
慌てて和真から離れて、部屋の真ん中に立ち、
「な、なんで来たの?」
と、和真の足元を見ながら聞いた。
「なんでって、今から行くって言っただろ」
和真がそう言いながら、後ろを振り返り、廊下にいる母と杏菜を見た。
「あ、すみません。ちょっと柚葉に話があって。二人にしてもらってもいいっすか」
「あ、ええ、はい」
母が微妙な顔つきで私を見て、杏菜と階段を降りていき、それを見てから和真は部屋のドアを閉めた。
どうしよう。ここで、ぼけっと立っているのも変だよね。そう思って、なんとなく床に座り、そのまま正座をしてしまった。すると、和真も私の前にきちんと正座をして座った。
なんで、和真まで正座?なんか、重々しい話でもするの?
あ、そうか。別れ話。
そうだよ。私がしちゃったんじゃない。
どうしよう。和真の顔が見れない。
どうする?私。
さっきのは、嘘。ずっと和真が好きだった。だから、別れるとか言わないでーーーって、泣いてすがってみる?
なんて、できるわけがない!
「……。ちゃんと、顔見て話さないとダメだって思った」
「え?な、何を?」
顔が見れないから、私はずっと床の木目を見ている。
「電話じゃ、柚葉がどんな顔しているのかわかんないし」
「な、なんのこと?」
「なんのことって、さっきの電話の…」
「さっきのは、あれは、その…」
なかったことにして!心の中で叫んでみた。
忘れて。悪態ついちゃったの。どうしてあんなこと言ったかもわかんないの。
ううん。
本当は不安だった。本当は和真、私より杏菜のほうがいいんじゃないの?って。
「なんか、付き合うのやめるみたいな流れになってたけど」
ギク!
「俺に、杏菜と付き合ったほうがいいとか、そんなこと言ってたけど」
「あ、あれは、そのっ」
和真の目を思わず見てしまった。あ、真剣だ。
パッと視線を外した。冗談とかじゃ済まされない感じになってる。どうしよう。
「俺に、同情でとか、ノリでとか、ついでとか言ってたけど、俺からも聞きたい。柚葉はどういうつもりだった?やっぱり、ノリで付き合おうって思った?」
和真の声、いつもと違う。すっごく真剣…。
「私は…」
言え!そんなんじゃない。ずっと好きだったんだって、言っちゃえ!
でも、俺は別に好きだったわけじゃないって言われたらどうする?
怖い!
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ギュッと目を瞑ったまま、柚葉が下を向いた。
言い出しにくいのか。
俺と付き合う気なんか、本当はないとか、本心は俺は杏菜と付き合えばいいのにって思っていたりとか。
いや。そうじゃなくて、俺のことが好きで、杏菜と付き合えばいいのにって言ったのは、いつもの天邪鬼な柚葉の言動で、本心はそんなこと思っていないと思いたい。
何秒過ぎたか。いや、何分も経ったんだろうか。柚葉が、正座をして固まったまま、何も話さなくなってから。
「柚葉…」
ビクッと、柚葉は肩を揺らした。
「ごめん」
「え?」
びっくりしたように、柚葉の目が開いて俺を見た。
「な、なんで、ごめん?」
「言いにくそうにしているから。それに、俺、ずるいよな。柚葉に言わせようとして…。自分は何一つ、柚葉に伝えていないって思ってさ」
「え、何を?」
ものすごく警戒するような目で柚葉が俺を見た。
「俺、柚葉もきっとわかってると思うけど、でも、多分思っている以上にヘタレだ」
「……へたれ?」
「柚葉に嫌われるのを、めっちゃ怖がってる」
「え?!」
柚葉が目を真ん丸くして俺を見た。
「柚葉と付き合えるようになって、浮かれた。かなり浮かれた。で、柚葉が実は俺のことどう思っているのかなんて、最初、気になんなかった。でも、だんだん不安になってきて、最近、柚葉様子おかしかったし、付き合いたくなんかなかったのかとか、いろいろと考えちゃって」
「う、浮かれた?」
柚葉が目を点にした。っていうか、俺の話、ちゃんと聞いているのか?なんで、「浮かれた」ってとこに食いついてきたんだよ。言いたいことはそこじゃない。
「本気で、言ってた?杏菜と付き合ったほうがいいって」
「………。え?な、何が?」
「お前、人の話聞いてる?」
「え?何が?」
聞いてないだろーーーー!なんなんだよ!
「俺、今、真面目に話してるんだけど。かなり真面目!だから、柚葉も真面目に聞いてくんない?!」
「……、む、無理」
「え?なんで?!」
「頭、真っ白。わけわかんない」
「なんで?!」
なんで、今度は真っ赤になってるんだ。目は涙目だし。
「う、浮かれたって、なんで?」
「はあ?」
まだ、それをこだわる?




