第11話 自分が嫌で落ち込んでいく。
和真、機嫌悪い?ずっとムスッとしたまま黙ってる。
「じゃあ、また明日ね」
駅に着くとタマちゃんが元気にそう言って手を振りながら、走っていった。私も手を振った。和真は黙ったままだ。
二人きりになって、電車に乗った。するとようやく、
「ポチ、うざいよな」
と和真はぼそっと呟いた。
「い、いい気しないよね。からかわれると」
焦って私もそう言うと、和真は私の顔を沈んだ表情で見た。
ドキ。何?やっぱり、嫌だった?もう、付き合うのやめるの?
「あ、あのさあ」
「え?」
ドキン。なんか、真面目な顔してる。なんで?
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柚葉は俺と本気で付き合いたいって思ってる?
それ、聞いてみてもいいのか?いや、やめるって言い出してもな。
あ~~~。俺、ヘタレだ。柚葉の言動一つで沈んだり、浮かれたり。
「いや。今日も、なんか食ってく?」
俺、思い切り話しそらしたけど、変に思われなかったよな。
「うん。そうだね」
声、沈んでる?
「どうした?具合でも悪いとか?」
「ううん!大丈夫。元気だよ!」
いつもみたいに、柚葉が笑った。
コンビニに寄って、二人ともアイスを買った。公園のベンチに移動する。今日は雨は降らなかったけど、蒸し暑い。
いつもみたいに、ふざけることもなく柚葉はアイスを静かに食べている。
なんだか、調子狂うな。
「あれ、杏菜じゃないか?」
公園の入り口から、小走りに駆けてくる子を見ながら俺が言うと、柚葉がアイスをかじりつきながら入り口を見た。
「…杏菜だ。どうしたのかな」
「様子変だな」
下を向きながら走ってくる。
「杏菜?」
柚葉がベンチから立ち上がり声をかけた。
「あ、柚葉」
立ち止まり、こっちを見た杏菜は泣き顔だった。
「どうした?まさか、あの変なやつが変なことしたのか?」
泣き顔にびっくりして俺も立ち上がり、一歩前に出てそう聞くと、杏菜はいきなりしゃくりあげ、俺の胸に飛び込んできた。
「え?何?どうかした?」
俺の手からアイスが離れ、べチャッと地面に落ちた。それがスローモーションのように見え、と同時に我に返り、隣にいる柚葉のほうに目を向けた。
あ、柚葉が呆然としてる。
「あ、杏菜。落ち着け」
俺のほうが若干動揺しながら、杏奈の両腕を掴んで俺の胸からとりあえず離した。
「どうしたんだよ、なんかあった?」
「う…、ひっく」
杏菜はただ泣くばかりで、また俺の胸に顔をうずめてきた。
「ちょ、落ち着けって。とりあえずベンチにでも座って、話聞くから」
そう言ってなんとかベンチに座らせたが、俺の腕をがっちり掴んでいるし、俺の胸に顔をうずめたままだし。
ちらっとまた柚葉を見た。やばい。顔、暗い。いや、怒っているのか?
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なんで?なんで?なんで?
なんで、和真の胸の中に顔をうずめちゃってるの?和真も、なんでそのまんまにしているの?
何これ。
私って、和真の彼女だよね。なんで、杏菜、和真に抱きついて泣いているの?!
ダメだ~~~~~~~~~。もやもやする。すっごく嫌だ!!!!!
「あ、杏菜!」
手にしていたアイスをほうって、ハンドタオルを鞄から出して杏菜の手に無理やり持たせた。杏菜はようやく私を見ると、はっと我に返ったように、ようやく和真の胸から顔を離した。
「ごめんなさい、和真君」
「い、いや」
和真は慌てたようにベンチから立ち上がった。
そうだよ。だいたいなんで一緒に座っちゃったりしたのよ。
まだ、なんだか胸のもやもやがおさまらない。
「で、どうした?杏菜」
和真の優しい言葉かけも、ムカムカする。
杏菜が泣いているのに。ムカムカしているだなんて。
私、いつからこんなに性格悪くなったのかな…。
「部長に今日も送ってもらったの」
「うん、それで?」
「そうしたら、そこでばったり部長の彼女と出くわして」
「…で?」
和真の優しい声が、もっと私をイライラさせる。それに、なんで杏菜も、すがるような目で和真を見ているの?
「それで、彼女でもないのに家まで送らせたりしてって、怒り出して…」
「…マネージャーを送っていくのは、部長の務めだって言い返せばよかったのに」
「……ひっく」
また杏菜は泣き出した。手にした私のハンドタオルで、必死に涙をぬぐいながら。
「杏菜…」
やっと私の怒りも消えてきた。杏菜の隣に座り杏菜の背中を撫でると、小さな肩を震わせながら杏菜はしばらく泣いてしまい、なかなか泣き止まなかった。
こんなに人前で泣くなんて、今まで一度だってなかった。よっぽどのことがあったのかな。
その彼女にひどいことを言われたとか?それとも、サッカー部の部長に?
「どうしたの?話、聞くよ」
杏菜が落ち着いてから、そう杏菜に言うと、
「私、もう部長に会えない。会いたくない」
と、声を震わせて言い出した。
「部長がなんかひどいことでも言った?」
「違うの。私が言ったの」
「なんて?」
「こ、告白みたいなこと言っちゃったの」
告白?
「なんて?」
「ずっと優しくしてくれていたから、勘違いしてた。彼女が出来たって聞いて本当はショックだったって、今まで必死に隠してきた想いを言っちゃったの」
「それ、完璧告白だよね…」
「もう、サッカー部にもいられない」
私の言葉に青ざめて、また杏菜は泣き出した。今度は私の胸に顔をうずめて。
「それで、部長はなんて?」
「な、なんにも言ってくれたなかったから、逃げ出してきた」
「それで、公園の中走ってきたのか」
ぼそっと和真が私と杏菜の頭の上からそう言った。
私と杏菜が黙って同時に和真を見ると、和真は杏菜を見ながら、
「サッカー部やめるなよ。もったいないよ、今まですごく頑張っていたんだから」
と、少し強い口調で言った。
「でも、部長、私なんかに好かれて迷惑かも」
「んなわけないだろ。そりゃ、付き合ったりはできないにしても、好かれて嫌がったりしてないって。それに、杏菜にやめられたら、サッカー部の連中寂しがるだろうし、杏菜も今後、サッカー部のやつらと気まずくなるの嫌だろ」
「うん。それは嫌」
杏菜が素直だ。それに、和真が真剣に杏菜に話している。こんな風に真剣な和真って、あんまり見ない。
「だったら、辛いかもしれないけど、もうちょっとで3年生引退だろ?それまで頑張れよ」
「…和真君、時々、相談とか乗ってくれる?」
「え?俺?」
「ごめん。迷惑だよね。私ったら、甘えてた、ごめんなさい」
「いや、別に相談くらいいいけど、たいしたこと言えないよ?」
「今みたいに話を聞いてくれたり、意見言ってくれると嬉しい。私、こういう話ができる友達もいなくって」
「……。こいつは?」
和真が私を指差した。こいつって、私は「こいつ」扱いなわけね。
「私じゃ、役不足でしょ?和真みたいに意見とか言ってあげられないもん」
「そんな、役不足とか思っていないよ。でも、私のほうが姉だから、弱いところとか見せたらいけないのかなって」
え、何それ。姉って言ったって、双子じゃない。
「姉も何も、一緒の日に生まれて何言ってんだか。お互い甘えたり甘えられたり、相談したり相談に乗ったりしたらいいじゃん。そりゃ、こいつはちょっと頼りないだろうけど、っていうか、男勝りで、恋バナとかできそうもないけど」
ムカ!何よ、それは。仮にも彼女をつかまえて。
う~~~~。やっぱり、私って、彼女じゃないんじゃないの?同情で付き合っていたりする?もしかして。
「羨ましいな」
「え?何が?」
杏菜の言葉に、和真がきょとんとした。
「和真君、頼もしいし、優しいし…。そんな人がいつもそばにいるなんて、柚葉が羨ましい」
まただ!そんなこと言ったら、和真が杏菜に好意を持っちゃうかもしれないじゃん!
「別に、たいして頼もしくもないし、情けないけどね、俺って」
「そうかな~~~。同じ年とは思えないほど、しっかりしてるよ」
「してない、してない。そりゃ、俺のことあんまり知らないからだって」
和真が顔を赤くして慌てた。
なんで顔を赤くしたのかな…。
「じゃ、帰ろうか。送るから」
「うん。ありがとう、和真君」
杏菜が元気にベンチから立ち上がった。すっかり、立ち直ったみたいだ。
どっちかって言うと、私が落ち込んでいるかもしれない。和真はそんな私のことなんて見もしないで、
「元気になったな、良かった」
と、杏菜に微笑んでいる。
チクン。
私って、こんなに心が狭くって、臆病で、性格悪いんだ…。
やきもち妬きで、素直じゃなくて、ネガティブで、嫌になる。
落ち込んだ気持ちのまま、家に着いた。
「じゃあな」
和真が明るくそう言うと、杏菜も笑顔で「おやすみなさい」と答えた。
和真がちらっと私を見た。私はつい、そっぽを向いてしまった。
ああ、なんて、心が狭い人間なんだ。私って…。
杏菜にも優しい言葉を掛けられない。家に入るといつものように、私は自分の部屋にさっさと行ってしまった。
「おかえりなさい。一緒だったの?あら、どうした?杏菜、何かあった?」
母が杏菜の顔を見て、驚いているみたいだ。
「なんでもないの。大丈夫だから気にしないで」
杏菜が元気な声を出し、そして二階に上がってきた。
トントン。ドアをノックしてすぐに杏菜がドアを開けた。
「さっきは、ありがとう。これ、洗濯しておくね」
私のハンドタオルを手にして、杏菜がそう言った。
「もう大丈夫なの?」
ちらっと杏菜のほうを見てそう聞くと、
「うん。たくさん泣いてすっきりした」
と、杏菜は笑った。
「和真君のおかげだよね。なんか、悪かったな。きっと和真君のシャツ、私の涙で汚しちゃった」
もや…。
なんか、今の言葉がもやもやする。
「私、和真君に言われたように、サッカー部辞めないで頑張ってみるよ」
「うん」
「じゃあ、先にお風呂入るね」
「うん」
杏菜は部屋を出て行った。私はごろんとベッドにねっころがり、
「ああ、こういうところが、頼りにならないダメなところ。だから、きっと杏菜は私の前で弱音をはかないんだ」
と、独り言を言った。
は~~~~~~~。自分のこのねじれた性格が、つくづく嫌になって自己嫌悪で落ち込む。果てしなく落ち込んでいく。