第10話 冗談?同情?それとも、何?
翌朝、早くに目が覚めた。1階に行くと、
「あら、めずらしい。自分で起きてくるなんて」
と母に嫌味を言われた。
「おはよう、柚葉」
「おはよう。今日は朝練あるの?」
「うん。もうそろそろ出るよ」
朝食を終えた杏菜は席を立ち、洗面所に行った。
なんだか、食欲が無い。これから和真に会うと思うと緊張する。
朝食のトーストを半分残すと、
「残さないでちゃんと食べなさい」
と母に怒られた。
「食欲ないから」
そう言い残し、洗面所に行ってはねた髪をなんとか苦戦しながら、ポニーテールにまとめた。
「おや?今日はギリギリじゃないんだね、柚葉」
父がトイレから出てきて、洗面所に来た。
「うん」
父にかまわず顔を洗い、歯を磨いていると、
「ずいぶんと今日は、念入りに磨いているんだねえ」
と父に言われてしまった。
「早くに目が覚めたから」
言い訳をするようにそう言って、その場から立ち去り2階に行った。制服に着替え、また髪や顔をチェックする。
「なんで、こんなことしてんのかなあ、私」
とか鏡に呟きながら。
跳ねまくっていた髪も、寝不足で腫れたまぶたのブス顔も、平気で和真に見せていたのに、なんだか、今日はできるだけ綺麗な私を見せたくなってる。
「自分でも気持ち悪い。こんなの、気持ち悪がられるかも」
バタバタと階段をおりて、お弁当を無造作に鞄に突っ込み、
「行ってきます」
とドアを開けた。
暑い。梅雨の合間の晴れ間、もう日差しは真夏って感じだ。
ドキドキしながら坂道を走った。そして、和真の背中を見つけて、いつものようにバチンとたたこうとして、なぜか力をセーブしてしまった。
ポンッ。そのくらいの力加減で和真の背中をたたき、
「おはよう」
と、声をかけた。若干、声も小さめになった。
「あれ?」
不思議そうな顔をして和真が振り返った。
「おはよう」
「おっす。なんだよ、元気ないじゃん」
違うよ。これでも、ちょっと女の子らしく、おしとやかにして見せてるのに。
「元気だよ」
そう言って和真の隣に並んだ。
「ああ、あれか。まだストライキしているのか」
「してない。っていうか、そのことすっかり忘れてた」
なんでストなんかしていたっけ?和真と付き合うことになっちゃって、他のことが全部すっとんでっちゃった。
それより、私の頭の中には、和真が本気で付き合うって思っているのかどうかとか、もしかして同情して付き合ってくれるのかとか、そういう疑問ばかりが浮かんでいる。
「今日、暑いよな」
「うん、暑いね」
「もう夏だよな」
「うん、そうだね」
「でも、まだ梅雨だよな」
「うん、だね」
「お前って、でべそだよな」
「うん、そうだね」
「……おい。ちゃんと話し聞けよ」
「聞いてるよ?」
「聞いてないだろ、最後に俺なんて言ったかわかるか?」
「天気いいねだっけ?」
「聞いてないじゃんか!」
怒った?
「ごめん!ぼ~~っとしてた」
「やっぱ、どっか調子悪いんじゃないのか?」
そう言って和真が、私のおでこに手を当てた。
「うわ!」
その手を払いのけ、和真から1歩遠ざかると、
「え?何?」
と、和真が驚いて私を見た。
「そっちこそ、何?」
「何って、熱でもあんのかって思って」
「ないよ、熱なんて」
ああ、びっくりした。不意打ちだよ。いきなりおでこ触んないでよ!
ああ、胸がドキドキしてる。顔熱い。
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思い切り、手、払いのけたよな。なんだよ。今までそんな反応しなかっただろ。ちょっと、いや、けっこう傷ついた。
嫌がられた?遠ざけたし、なんなんだ。付き合うことになったんだよな?
朝から、どっか元気ないし。いつもみたいに、背中バチンってたたいてこなかったし、おはようの声も元気なかったよな。
なんだよ、なんでだよ。調子狂う。
昨日は付き合えるって大喜びしてて、体動かしていないと気がすまなくなって、筋トレまでしていたってのに。おかげで、すでにいろいろと筋肉痛だ。
嬉しくてなかなか眠れなくって、デートの場所なんかスマホで調べまくって、寝たの、2時だ。
もしかして、浮かれてんのは俺だけか?温度差がかなりあるってことか?
いつもよりも、俺と距離開けて歩いていないか?話しかけても上の空だし、なんだんだよ。
あ、まさか。付き合うのはやめにするとか、言い出すんじゃないよな。それ言うタイミング計っているわけじゃないよな。
「柚葉」
「え?何?」
「今度、休みの日にどっか遊びに行くか」
「みんなで?」
「みんな?」
「ポチとタマちゃんと」
「違う。二人でだよ」
ダブルデートなんかするかよ。
「え?」
なんで、そんなにびっくりしてるんだよ。
「でも、部活もあるし」
「だから、部活休みの日に」
「悪いよ。そういう日は家でまったりしていたいんでしょ?」
デートに誘ってるんだよ、こっちは。なのに、なんで、悪いよ…とか遠慮するわけ?
今までなら、そんな遠慮したことないだろ?
なんか、自信なくなってきた。これって、避けられてるのか?
結局、駅まで特に話すこともなくなり、黙ったまま歩き、改札を抜け、混んでいる電車に乗り込んだ。
それも、柚葉はまた人ごみの中に入り込み、手の届かないところに行ってしまったし。
なんだよっ。ここにいろよ。ちゃんと、守ってやったのに。
おかしい。付き合うんだよな?俺ら。
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なんだかぎこちない。いつもと同じようにできない。ちょっと和真と間をあけ、何を話して良いかもわからず、暑いね、もう夏だね、とそればっかり繰り返した。
学校に着き、和真は、
「じゃあな」
と上履きにとっとと履き替え、2階に行ってしまった。
ああ!何をしているんだ、私は。付き合うことになって、あんなに昨日は浮かれていたのに。
少し時間差をつけ、ダダダっと3階まで駆け上がり、教室に駆け込んだ。
「タマちゃ~~~~んっ!聞いて~~~~!!!」
「はいはい、今度はなあに」
ほとんど、棒読みに近いし、顔も呆れた顔をしている。
「う…。実はね」
そこで話すのも気が引け、タマちゃんを廊下に呼んでこそこそと昨日のことを話すと、
「はあ?カレーまんとピザまんでつったの?!」
とタマちゃんがでっかい声で言い、げらげら笑い出した。
「だって、もう一押し行けって、そんなタマちゃんの声が聞こえてさ」
「あはは。そんで、もれなくついてくるカレーまんとピザまんで、付き合うことになったんだ。よかったじゃん」
「よくないんだよ~~」
杏菜から言われた言葉をタマちゃんに言うと、
「う~~~ん。なんで杏菜、そんなふうに柚葉を落ち込ませるようなこと言うのかな。そりゃ、自分はふられたかもしれないけど、柚葉もおんなじようにふられるかわかんないじゃん」
と真面目に話し出した。
「……。でも、なんか、杏菜の言うことも頷けるんだよね」
「は?」
「同情か、冗談としか思えない。和真が私と付き合うなんて」
「そんなんで、付き合うかな~~。そういうタイプじゃないでしょ、城野は」
「じゃあ、優しさからとか」
「彼女がほしいからでしょ?で、柚葉だったら、彼女にしてもいいって思ったんでしょ?」
「杏菜でもよかったかもよ。私じゃなくたって」
「じれったいなあ。そうだとしても、和真が柚葉と付き合うって決めたんだからいいじゃん。ようは、これから先、柚葉が和真のハートを掴んでいたらいいわけなんだから」
「そ、それは、あまりにもハードル高すぎる」
「そうかな~~」
「え?」
「そうは思えないんだけどなあ」
「タマちゃん、なんか掴んでるの?和真情報とか」
「ううん」
「ほんと?ポチから聞いているとか」
「いいや、別に」
「でも、なんか、私にやけに和真と付き合えって言って来るけど」
「じれったいから、言ってるだけだよ」
「……そっか。私がじれったいからか」
「そう」
タマちゃんはそう言うと、さっさと教室に戻っていった。私もそのあとをとぼとぼと続いた。
あ、そうだ。付き合うっていうのは、他の人には内緒にしたほうがいいのかな。どうなんだろう。やっぱり、あんまりみんなに知られちゃうのは、和真、いやかもしれないよなあ。特に、テニス部のみんなとか…。
「城野、柚葉と付き合うんだってね?」
え…。
「た、タマちゃん!」
テニスコートにみんなが集合して、これから部活が始まるって時に、タマちゃんがいきなり和真にそう聞いた。
「柚葉から聞いた?」
あれ?
和真、もっとびっくりしたり、嫌がったり、即否定するかと思ったんだけど、なんか涼しい顔…。
「うん。ふりじゃなくって、付き合うことになったんだってね?」
タマちゃんも、顔が冷静…。
「うん、まあな」
あれ?!
和真、普通に答えたよ。
いや、あの顔は困っている顔?
でも、
「なんか、文句あんの?」
と、タマちゃんにつっかかってるけど。なんで?
「別に。柚葉が、あれは冗談だったのかとか、悩んでいる様子だったから、直接聞いてみようかな~~と思って」
ぎゃあ!
「タマちゃん、なんでそういうこと…」
ばらすの?って言う前に、和真のほうが、
「はあ?!冗談なわけないだろ」
と怒った口調で言ったから、私は何も言えなくなった。
「ったく。なんなんだよ」
和真、怒ってる?
怒った顔のまま、
「部活始めっぞ!」
と、みんなを整列させた。
「部長、付き合うことになったんですか?」
体操を始める前に、1年男子が和真に聞いた。
「あ?今は関係ないだろ」
和真、怖いよ。顔も声も。
体操が終わり、1年生は球拾い。2年生はサーブの練習。球拾いをしながら、1年生女子がなにやらざわついている。
「やっぱり、付き合うことになったんだ」
「仲良かったもんね」
「ショック」
「そこの1年女子!やる気ないなら帰っていいぞ!!」
和真のでかい声で、みんないっせいに黙り込んだ。
付き合っているっていうのが、みんなにばれるとやりにくいもんだよね。
じゃなくって。
冗談じゃないんだ。私と和真、本当に付き合うんだ。
スカッ!
サーブをしようとして、思い切り空振りをしてしまった。やばい。恥ずかしい。
「こら!女子の部長!しっかりしろよ」
ああ、和真に活を入れられてしまった。見られていたか…。
部活が終わり、タマちゃんと更衣室に向かうと、
「部長!」
と1年女子に呼び止められた。
「お付き合いすることになったんですか」
この子、私と和真が付き合っているか確かめに来た子だ。
「うん。えっと、なんか、流れで…」
後頭部を掻きながらそう言うと、その子は眉間にしわを寄せ、
「そんなので、付き合うことになったんですか…?」
と声を低くして、先に更衣室に行ってしまった。
「なんか、まずかったかな」
「うん。流れでってのは、まずかったかもね」
「じゃあ、カレーまんでつりましたって言ったほうがよかった?タマちゃん」
「それはもっと、まずいかもね~」
「でしょ?」
じゃあ、なんて言えばいいの。そもそも、本当に流れでって感じなんだけどな。
私のほうは、ずっと好きだったけど。ずっとなんてもんじゃない。中学1年からだから、4年間まるまる片思いしていたんだし。それが、やっと実ったんだから、大変なことなんだよ。
でも、和真にとっては、流れで…って感じでしょ?いくら、冗談じゃないにしても、彼女がほしかったし、私をあの変なやつから守れるし、一石二鳥じゃね?くらいの、かる~~い気持ちで。本人もそう言っていたしさ。
ああ、もっと付き合えるんだから、浮かれてもいいはずなのに、なんだってこう、沈んじゃうのかなあ。
着替えが済み昇降口に行くと、和真とポチがすでにいた。そして、ポチが和真の背中をたたきながら、にやついている。
「うっせえ。それにたたくなよ、痛いだろ」
和真がそう怒っても、まだポチはバンバンたたいている。
「彼女ができてめでたいなあ、和真。あ、南郷。和真のことをよろしく頼むね」
「お前は、なんなんだ。俺の保護者かよ」
「まあ、そんなもんだ」
まだ、ポチがにやついている。嫌だなあ。こういうからかわれ方。
「和真君ったら、俺に付き合うことになったって、内緒にしていたんだぜ」
ポチが和真の肩に腕を回しながらそう言うと、
「内緒ってわけじゃなくて、別に言うタイミングがなかっただけで」
と和真はぶっきらぼうにぼそっと言った。
「なんだよ、水臭いじゃんか。和真君」
「うるせえんだよ」
和真がポチの腕を振り払いながら、そう怒った。
「お前に言うとさ、そうやってからかうだろうから、言いたくなかったんだよ」
あ、和真が、思い切り嫌な顔をした。
「え~~~~。そりゃ、からかいたくもなるじゃ~~~ん」
「だからっ!ったく、柚葉、さっさとこいつ放っておいて帰るぞ」
「二人きりで?タマちゃん、お邪魔だってさ」
「うるせえ、ポチ!んなこた言ってねえ!!!」
わあ~~~。思いっきり怒ってるよ~~~。
もうやめて、ポチ。そうやって煽るの。和真が付き合うのやめるって言い出しちゃうかもしれないじゃん。そうしたら、ポチを一生恨む。孫の代までたたってやる。
機嫌悪そうな和真と、ちょっと笑いをこらえているタマちゃんと一緒に、私たちは駅までの道を帰ることになった。




