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第1話 このままの関係を壊したくないよ

「好きです!付き合ってください!」

 何度目だったっけ?

「ごめんなさい」

 こうやって、謝るの。でもさあ、私が悪いわけじゃないよ。悪いのは君たち。


「え?い、今、付き合ってる人とかいるの?」

「そうじゃなくて。本人に直で言ってくれるかな」

「え?本人って…。あ!!あれ?まさか」

「そう。私、柚葉。杏菜じゃないから」


「ご、ごめんっ!いや、ほら、そっくりだから」

「双子だからね。そりゃ、似てるだろうけど」

「まじでごめん!」

 そうして今日も、バタバタと走り去っていく足音を聞きながら、私、南郷柚葉なんごうゆずははため息をつく。


「いいけどさ。杏菜とは、瓜二つだけど中身はまったく違ってて、男が惚れるのはみ~~んな杏菜のほうだけどさ」

 独り言を空しく言いつつ、誰もいない教室の中に入り、なんとなく窓からグランドを見た。


「あ!やばい!部活の時間!」

 グランドの奥にあるテニスコートに、すでに部員が何人も集まっている。


 忘れ物を取りに来て、廊下でとなりのクラスの名前も知らない男子につかまった。真新しいテニスシューズを、今日から使おうと取りに来たんだよ。それを持って、急いでまた、テニスコートに走って向かった。


「おせ~~ぞ、柚葉!女子キャプテンが遅刻かよ」

「うるさい、和真」

「なんだって?」

「なんでもない!みんな、並んで~~~」


「1年生!ぼやっとしてんな!始めっぞ!」

 春の大会が終わり、3年生は引退した。で、私が女子の部長、この、となりで怖い顔して1年生を怒っているのが男子の部長、城野和真じょうのかずま


 硬式テニス部は、まあ、そこそこ頑張っている程度。マネージャーも二人しかいないし、部員の数も少ない方。高校の部活動を、そこそこ頑張って楽しむのにはちょうどいい感じってとこ。


 1年生に怒ったりしているけど、和真もそこそこテニスをやっている程度。中学から部活が一緒で、その頃から馴れ合っていて知っているけど、何に対してもそこまで熱くならないようなやつ。

 でも、熱くならなくても器用だから、テニスもそこそこ上手。そこそこ人望もあり、後輩からも好かれているし、先生からの信頼もある。で、部長に選ばれた。


 私は違う。中学からテニスが好きだし、わりと頑張っている。でも、器用じゃないからなのか、才能がないのか、なかなか上達もしない。女子のみんなには男っぽい性格で、けっこう頼られているが、先生からは「まあ、南郷は頑張っているようだし、部長にでもなってみたらどうかな?」と、ガッツを認められた感じ。そして、男子部員にいたっては、「なんで、同じ顔なのにこうもガサツなんだ」と、相手にされない。

 

 私と同じ顔の持ち主、双子の姉の杏菜は、サッカー部のマネージャー。サッカー部はそこそこ強く、県大会で3位とかまでいくこともある。マネージャーも4人とか5人とかいて、そのうちの一人が杏菜。かいがいしく、みんなのおにぎりを作ったり、部員みんなにお揃いのミサンガを手作りしたり、マスコットの人形を作ったりと健気に頑張っている。


 力仕事は向いていないけど、お料理やお菓子つくり、お裁縫などが得意な杏菜は、同じマネージャーからは多少疎まれているが、サッカー部の男どもからは、思い切り好かれている。みんな、鼻の下を伸ばし、杏菜を見るし、杏菜に応援してもらうと、バカみたいに頑張りだす。ほんと、男って単純だなって、つくづく思う。


 でも、サッカー部内の恋愛は禁止だから、みんな杏菜に告白すら出来ない状態。でもでも、杏菜はサッカー部以外の男子からも人気があって、コクってくる男子が何人もいる。

 それも、今日みたいに間違って私にコクるアホな男子も…。


 部活も終わり、1年生が後片付けをしている中で、

「城野、南郷、ダブルスの試合していかない?」

と、男子副部長の犬飼(通称、ポチ)に声をかけられた。


「部長VS副部長?いいよ、受けて立つ!」

 そう私が言うと、となりで和真は少し面倒くさそうな顔をしたが、私がやる気まんまんなので、付き合うことにしたらしい。


 女子の副部長は、玉名副部長(通称、タマちゃん。男子副部長とは、ポチタマコンビとしてわりかし有名)。私も1年から同じクラスで仲良しだ。


 ポチは、けっこう必死で頑張る。タマちゃんはいつも余裕の顔。和真はクールな顔で、無駄な動きもない。私はそんな和真の周りを、けっこうちょこちょこと走り回っている。息を切らしているのはいつも私で、余裕の和真を見ているとたまに、癪にさわる。


 だけど、私が決めると、

「よっしゃ!柚葉、ナイスプレー」

と、いつもは見せない笑顔を見せ、喜んでくれる。


 この笑顔が見れるなら、また頑張っちゃう。やっぱり、ダブルスは和真と組みたい。一緒のチームがいい。コート内ではとなりにいるのは和真がいい。一番、しっくりくるよ。


「ちきしょう!また負けた」

「ポチが俺に勝とうなんて、100年早い」

「んだよっ。中学から硬式していたからってえばるな!」

「正確には、小学校から。5年からテニススクール行っているからな」


 そうなんだ。うちの近くのテニススクールに和真は行っていたんだよね。で、私は何度かその前を自転車で通った。なんか、上手な子がいるなあ。涼しい顔でテニスしているなあって思って見ていたんだ。和真は私が和真を見ていたこと、知らないけどさ。


 で、中学でテニス部入ったら和真がいて、ちょっと嬉しかった。プレイを見たら、やっぱり涼しい顔でやっていて、それも嬉しかった。その頃から、和真のことは見ていた。悔しいけど、和真のプレイをしている姿は好きかもしれない。


「柚葉は、うろちょろし過ぎ。俺のこともっと信じろって言ってるのに」

「ごめん。信じていないわけじゃないんだけど」

 ミスして呆れられるのが嫌で、つい、頑張っちゃう。それに、きっと和真に褒められたいってのもあるかもしれない。


 帰り道、私と和真は家が近いから一緒に帰ることになる。ポチは学校から自転車で帰宅。タマちゃんとは駅で別れる。


 和真と二駅ほど電車に揺られ、降りてからまっすぐ家に向かうことのほうが少ない。たいていが、駅前の本屋とかレンタルショップとか、家までの間にあるコンビニに寄り、ぶらぶらとしながら家に向かう。


「腹減った。肉まん食いたい」

「私はアイスがいいな」

 そう言いながら、今日もコンビニに寄る。


 コンビニから3分とかからないところに公園があり、そこのベンチに座って食べるのがいつものパターン。

「肉まん、おいしそう」

「だったら、肉まん買えよ」


「さっきはアイスが食べたい気分だったの」

「ったく」

 いつものパターンで、一口肉まんをパクッと食べる。

「うまい」


「アイス一口食わせろよな」

 そう言われ、ソーダ味のアイスを和真の口元に近づけると、バクッと和真がかじった。

「あ、一口が大きいんだよ、和真は~~~っ!」

「しょうがねえだろ、口のサイズが違うんだから」


「嘘だ!わざと、でっかい口開けてかじってるでしょ!」

「ケチケチすんなよ。溶けるから早く食えば?」

「もう~~~~」

 なんて怒りながら、和真のかじったあとを食べるのを、ひそかにドキドキしながら喜んでいる私。ああ、なんていうか、自分でも呆れるって言うか。


 でも、こんな関係が気に入っている。和真の一番近くにいるのはきっと私だ。そう思うと、またにやけそうになり、慌てて、

「アイス、おいひい~」

と口にアイスをほおばったまま、言ってみる。


「熱い肉まんのあと、よく食えるよな~」

「和真だって、冷たいアイスのあと、肉まん食べてるじゃない」

 そう言うと私のほうをちらっと和真は見て、

「俺、ピザまんかカレーまんも食いたかった」

と、私の返しとは関係ないことを口にした。


「え?それって、私にピザまん買えってこと?」

「冬場は俺が肉まんで、柚葉がピザまん買って、半分個できたじゃん」

「……。わかったよ。今度ね」

 半分個も嬉しいんだけど、手で割るじゃん?だから、和真の一口バクっていうのがないわけ。だから、ほんのちょびっと嬉しさが減るって言うか、なんていうか。


「あのさあ、和真」

「ん?」

 肉まんを食べ終わった和真は、鞄からペットボトルを取り出し、ぬるそうなウーロン茶を飲んだ。


「また、コクられちゃった」

「へえ。そりゃ気の毒に」

「だよね。毎回、毎回、杏菜と間違われちゃって、もううんざり」

「じゃなくて、相手が可哀そうだ」


 はあ?何でそういうことを真顔で言うかな。

「何で相手が可哀そうなのよ」

「杏菜ちゃんと間違って、お前みたいなのにコクったりして、可哀そうだよなあって」

 ムカ。


 いろいろとムカつく。まず、なんで杏菜はちゃんづけなの?

「間違えないようにさあ、お前、髪でも切ったら?ちゃんと見分けつくようにしろよ」

 和真が私のポニーテールを片手で持ってブラブラと振っている。


 ドキ。もう、おもちゃじゃないんだけどな。

「き、切らないよ。長いほうがいいもん」

 そのまま、遊ばせたままにしてドギマギしながらそう言い返した。

 

「テニスしてたって、暑苦しいだろ?」

「ポニーテールしていたら、大丈夫なの!」

 パッと和真の手を振り払った。


 何よ。誰のために切らないと思ってるわけ?中2の夏、猛暑だったから、髪うざいし切っちゃおうかなって言ったら、やめとけ、柚葉には絶対似合わないって言ったの、君でしょ。


「だいたいさあ、好きな子なら見分けつくでしょ。顔のつくりが似てたって、いろいろと違うんだから」

「そうだな。俺だったら絶対に間違えないな」

 え、ドキン。そうなの?それって、喜んでいいの?それとも…。


「お前のほうがガニマタだしな」

 ガク。また、そういうことを言う。期待してバカみた。

「和真はそういうので、見分けつけてるわけ?」

 睨みながらそう言ったのに、和真はちょっと意地悪っぽく笑ってる。


「まあな。それから、立っているだけでもわかる。柚葉は足、いつも開いてるんだよ。それも、肩幅くらい、たくましく」

 うそ。そうだったっけ?

「肩もお前のほうがいかってない?腕だって、テニスしているんだからたくましいし。なんで、他の男はこんなたくましいお前と、可愛らしい杏菜ちゃんと間違えるんだろうな」


 ムカムカムカ。

「何よっ。言い過ぎじゃない?でも、和真だって、その可愛らしい杏菜にふられたくせに!」

「なっ!なんでそんな昔のこと、蒸し返すんだよ。いい加減、忘れろよ」

 あ、焦りまくってる。もう何年も経っているのに。


 忘れたくたって、忘れられないよ。かなり、ううん、すんごいショックだったんだから。


「ふんだ。いつまでだって、言い続けてやる」

「お前って、ほんと、性格悪いよな~~~。ベシッ」

 そう言いながら、私の頭にチョップしてきた。


「どうせね!私なんて柚の葉っぱだし?杏菜は、あんずに菜の花、可愛らしい名前だけどねっ」

 チョップされたところを撫でながらそう言うと、

「うっわ。ねじれてる。何、そのねじれた考え。そんな曲がった根性正してやる」

と、手の上からさらにチョップしてきた。


 けっこう、痛い。でも悲しいかな、痛いくせにドキってしてる。

 ああ、もう。和真にそこまで言われたくないよ。ちきしょうめ。それに、いちいちドキってするな、過剰反応な心臓め。


 ボトッ。最後の一口、食べるのを忘れていたら、地面にアイスのかけらが落ちた。

「だせ~」

 和真がそれを見て、けけっと笑う。こいつ、普段はクールなくせに、私といると、こういう憎らしい笑い方するよね。


 悔しい。なのに、なのにさ、私はこいつのことが好きなんだ。いろいろと傷つくこと言われたり、頭にチョップされたり、けけっと笑われたりするくせに、それでも嫌いになれない。落ち込みはするけど、やっぱり好きでいる。


 こいつは、私じゃなくて杏菜にコクったっていうのに。それも、中1の夏。夏休みに入る直前、渡り廊下を歩いている途中、他に誰もいなくて、和真は杏菜を呼び止め、いきなり、好きだから、夏休み、一緒に花火見に行こう。と、唐突にコクったって。


 その話を、その日の夜、杏菜から聞かされた。私の部屋に来て、

「ねえ、確かテニス部に城野君っているよね。今日、交際申し込まれたよ」

と。


「え?ええ?」

「びっくりした。話したこともなかったし」

 いや、私のほうがびっくりした。


「それで?」

「断った。だって、あんまり知らないのに。それに、私、付き合うとかよくわかんないし」

「……」

 杏菜はその告白が、人生初の告白だった。(その後、何度も何度もコクられることになるんだけど。)


 私は、和真が杏菜を好きだったっていうことがショックだった。ショックで、もやもやした。なんで、杏菜?話をしたこともないのに?

 私と間違えた?とか思ってみたりもした。でも、その頃、杏菜は色白で、髪をおろしていた。どっからどう見ても、間違う要素はなかったはずだ。


 今は、杏菜もマネージャーをしているうちに色黒になり、暑いからとよくポニーテールにするようになって、私と見分けがつかなくなっちゃってるけど、その頃は顔は一緒でも違ってたんだよ。だから、間違うわけないんだよ。


 それに、杏菜に和真がふられたんだって?と、夏休みの部活初日に、なんとなくからかう感じで探りを入れたら、

「え?」

と真っ青になり、黙りこくったから、

「和真、ださ~~い」

と、わざとからかったら、

「うっせえ。他のやつに言いふらすなよ」

と怒った顔で言って、どっかに行っちゃった。


 あれって、杏菜にふられたのをからかったから、怒ったんだよね。私と間違ってコクったってわけじゃなかったってことだよねえ。

 そのあともずっと、もんもんとした。そうこうしているうちに、私は和真が好きなんだと自覚した。自覚して、し続けて、もう4年も月日が流れちゃった。


 私は、いまだに和真が杏菜にふられたことをからかってみたりするけど、今も、杏菜が好き?とは、勇気がなくて聞けない。

 中1で交際申し込むって、どんだけ早熟なんだよって思ったけど、そのあとは浮いた話もまったくなくって、彼女を作る気もないようだから、まだ、もしかして、杏菜を思い続けていたりする?なんて疑うこともある。


 だから、「今も杏菜ちゃんを想っている」なんて言われたら、立ち直れそうもないから、とてもじゃないけど聞けないでいるんだ、私は。


「さて、帰るか」

 和真がベンチから立ち上がる。私も「そうだね」と立ち上がる。そして、そこから歩いて8分の私の家に和真は送ってくれて、来た道を戻っていく。


 和真の家は、公園の近くにあるから、わざわざ5分もかけて私を送ってくれる。それも、中学の頃からの習慣になっているかもしれない。多分、中2の夏休みに、近所に変質者が出たと噂になり、和真が部活の帰りに家まで送っていくと言い出してから続いている。


「ありがとう。じゃあ、また明日ね」

「おう。またな」

 和真は、涼しい顔でそう言うと、くるりと背中を向け、来た坂道を下っていく。


「また、明日も、となりにいるよね?」

 和真、私はテニスコートの中以外でも、ずっととなりにいてほしいって思ってる。でも、今の関係が崩れたくないから、告白なんてする勇気はないの。


 ずうっと、このまま、和真の一番近くにいられたらいいのになあ。

 空を見上げると、一番星が光ってた。それを見ながら、そんなことを呟いてから家に入った。






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