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Losing Penta  作者: なっちー
5/13

4 〈Day.2〉依頼 —1―

 5月某日、午前7時47分。

 D駅の南口から、波のように人が吐き出される。通勤·通学などで、この駅に降り立った人々が、一斉に駅を後にするところなのだ。

 その中に、妙に雰囲気が暗く、ゾンビのごとき青年が一人。まず目に出来たクマ。おまけに、左右に行ったり来たり、とまではいかずとも、覚束ない足取り。もう、見ているだけで、元気が吸いとられてしまいそうである。

「うぇー……気持ちワル~……」

 佐藤(さとう)成生(なるき)である。事情は単純だ。彼は昨夜、帰宅後、夕食を食べて、風呂に入り、オンラインゲームを始めた。一般的な自分のアバターを操作して、剣を振り回し、視界に入った敵をバッサバッサと薙ぎ倒していくものだ。

 そこであるダンジョンに潜り、運悪く、偶発的に、彼のアバターはあるボスに遭遇した。彼は当然、そのボスに挑戦した。

 そこからだった。泥沼の戦いが始まったのは。

 敵の攻撃力はそこまで高いものでなく、成生のアバター一人でもギリギリ対応出来るものだった。

 しかし、彼は、戦っている内に、自分が、敵の戦力を見誤っていたことに気付く。

 なにも、敵の力は、攻撃力だけではない。そのボスは耐久力が異様に高かったのである。実はそのボスは、ネット上で、パーティーを組んでから討伐するのが普通されているモノだった。勿論、その記述を彼は見ていない。

 そんなボスに彼は、ソロで挑み、3回の死亡を経て遂に討伐に成功した。ふと時計を見ると、時刻は12時を過ぎていた。

 ――寝よう。

 そう思った時だ。彼の脳裏に電撃的に、今日こなす予定だった課題のことが浮き上がってきた。そして、その課題の提出は翌日――というより、もう一二時を過ぎたのだから、今日、である。

 やらないわけにはいかない。

 その課題を終えた時にはもう、時刻は午前4時を回っていた。

 そんなことがあって、彼は、今、そんな様子になっているのだ。

「いや、しかし、だ。あのような熱いバトルのためなら、夜更かしも(やぶさ)かではないな······。」

 誰も聞いていない、彼の言い訳めいた独り言が、虚空に消える。

 成生は今、D駅を出て、A大学に向かうところである。

 D駅から、A大学までは少々距離があり、バスも通っているくらいなのだが、彼は、あまりお金を持っている方ではないので贅沢するわけにはいかない。そこで、その分は自分の足で歩くことにしている。時間にして、三〇分、彼はこれから、歩いていくことになる。

 その日は快晴で、春らしいポカポカとした暖かい陽気に包まれていた。

 しかし、その素晴らしい日射しも、その時の成生にとっては、煩いものでしかなかった。

 ――ヤベぇ、クラクラする。

 そんな様子で、フラフラと、五分ほど歩いたところで、持参した水筒の水を飲もうとした時だった。

「あ、サトーさんじゃないですか。」

 背後からそんな声がしてきた。成生は少々ウンザリとした様子で、口に付けようとした水筒を、途中で離して、振り返りながら、その声に答えた。

「オイ、クソガキ、オメーの『サトーさん』には、ちっとも、人間に対する敬意が感じられない。その、テキトーに、『サトー』って、伸ばすのは止めろ。ちゃんと、サ·ト·ウって呼べ。サ·ト·ウ。」

 彼が振り返った時、そこには、予想通り彼の腰ほどの身長の少女が立っていた。

 後ろでくくったポニーテールを揺らしながら、くりっとした大きな目で、成生を見上げている。

「アレェ、いいんですか~? この前、道に迷っていたサトーさんを助けてあげた私を、そ~んな、クソガキって呼んじゃって?」

端正な顔立ちがにんまりとイヤな笑みを浮かべる。

「いや、待て。アレはすぐにアイス買って、借りを返しただろーが。」

 彼女の名は、市川(いちかわ) 綾音(あやね)。小学6年生である。

 成生は、今から、丁度1ヶ月ほど前に、少し離れたところにある住宅街で道に迷ってしまったのだが、そこに、たまたま居合わせたその少女に、道を教えてもらったのだ。

 同時にその時、少しおしゃべりをしたついでに仲良くなり、お返しにと、近くのコンビニでアイスを奢ってあげたのだ。それ以来、どうやら、通学路が、成生の、大学にいくのに使う道に重なるようで、朝のこの時間に度々顔を合わせるのだ。

 先の成生の答えに、少女は憮然と、腕組みをし、顔を少し膨らませ、そっぽを向きながら返した。

「ふん! 恩人のことを、名前で呼ぶこともしないヤツが、ちゃんと名前で呼ばれることがあるとでも思ってんですか? 甘いですよ。サトーさん。そんなんだから砂糖なんです。砂糖成生なんです。」

「ちょっと待て。そのトーンと声の調子から、察するに、今の『さとう』は、シュガーの方の『さとう』をイメージしやがったな?」

「当たり前じゃないですか。どうやら、躾もなってなければ、アタマもなってないようですね。お砂糖さん」

「あ、今、決定的に『お砂糖』って言いやがったな?つーか、テメー、オレに、人の名前はちゃんと呼べ、とか言ってたけど、自分はどうなんだよ。」

「何言ってんですか?サトーさんのような野郎と、私のようなレディの扱いが同じとでも言うんですか」

「世間じゃ、オマエのように、口を開けば、罵詈雑言の嵐が飛び出してくるようなヤツをレディとは言わない。とにかく、レディになりたければ、まず、覚えた言葉を片端から憎まれ口に転用するのを止めろ。このマセガキが」

「器が小さいですねぇ。サトーさんは。紳士な男の人は、目に写る婦女子は皆、レディとして扱うそうですよ」

「ああ、そうかよ。安心しろ。オレは、所詮平民だ。そんな、殊勝な心掛けは逆さに振っても出てこない」

「じゃあ、尚更チャンスですよ。至らない自分をレベルアップさせるチャンスです。サトーさんはそのチャンスをみすみす逃すと言うのですか?」

「ああ、そうだ。それで結構」

「躾もなっていなくて、アタマも悪く、意気地も無いなんて。もう、何もいいところがないですね。そんなんじゃ、いつまでたっても、彼女もできませんよ」

「余計なお世話じゃ、ボケ! ま、確かに、彼女いないけどね。そして、欲しいけどね。彼女」

 ここまで聞いて、市川は歩き出した。成生もその隣を歩いていく。

「ま、それはともかく、サトーさん」

「オレの嘆きを、どうでもいいみたいな扱いにするな……んで、どうかしたか? 市川」

「ようやく、ちゃんと、名前で呼んでくれましたね。サトーさん」

 そう言いながらも、市川は、しっかり、成生を『サトーさん』呼ばわりしている。

 成生の顔が少々ひきつったが、市川はまったく気にせず続ける。

「今日は、また随分と気分の悪そうな顔をしてますねぇ。というか、不幸顔って言うんですかね。見てるだけで、こちらの幸せが逃げていきそうです」

「お、心配してくれてんのか?」

「いえ、ただ、サトーさんの顔が、もう、国民的不幸顔コンテストに出場したら、グランプリを軽く取れそうなくらい、不幸顔だったので、珍しさのあまり、コメントを出したまでです」

「なんだ、その国民的美少女コンテストみたいなそれは! そんな不名誉なコンテストがあるかよ」

「いえ、ありますよ。毎年9月に東京でやってます。」

「マジ!?」

「ウソです」

「認めるの早っ!」

 市川は、ここで、一つ溜め息をつき、脱線した話題をもとに戻した。

「それで、なんですか、夜更かしでもしたんですか?」

「あぁ、それな。まぁ、そうだな。昨日、色々あって、帰りが遅くなっちゃってな。んで、ご飯とか食べたあと、やることやって、寝ようとしたんだ。だけど、ちょっと寝る前にゲームをしたくなって、しちまったんだよね。それで、ゲームをしたのは良かったんだけど、今日が提出の課題のことを、思い出してさ。それをやってたら、結局、寝るのが4時になって、今に至るって、感じだな。」

 市川は、一通り聞いて、「フム」と、少し考える素振りを見せてから、言葉を発した。

「二、三質問をして宜しいでしょうか」

「どーぞ、どーぞ」

「その課題には、どのくらい時間を掛けたんですか?」

「えっと、ざっと三時間くらいかな」

「ゲームに掛けた時間は?」

「あ~、二時間……くらい、だな」

「ということは?」

「そうですね。ゲームをしなければ、2時には寝れましたね。ハイ」

「分かればよろしい」

 少女が、得意げな顔をした。しかし、それも一瞬で、すぐに猜疑心にまみれた目つきになり、別の質問をしてきた。

「ん? だいたい、何のゲームをしてたんですか? ……あ、やっぱり答えていただかないで結構です」

「うん? どうした? 勿体ぶらず、訊いていいぞ? それくらい。昨日は  」

「いえ。ですから結構です。どうせ、アレなんですよね。アレ。彼女もいない煩悩真っ盛りの大学生が、深夜にやるようなゲームなんて、あの類いのものだと、大体相場が決まっています」

 成生の眉が、まるで警戒モードに入ったかのようにつり上がった。

「おい、市川。オマエ、それは、いったい、どの類いのゲームのことを言ってるんだ?」

「……サトーさん。ちょっと、デリカシーが無さすぎですよ。こーんな、朝っぱらから、私のようないたいけな女の子に、はしたない言葉を口走らせるつもりですか? サイテーですね」

「待て、市川。その口振りだと、オレがまるで、昨日の夜、エロいゲームをやった、みたいな感じじゃないか。誤解を生むような発言はよせ」

「きゃ――、何考えてんですか、サトーさん。何を、どういう風に迷走して妄想したのかは知りませんが、勝手なことを言わないで下さい。まだ、私、何も言ってませんよ。変な方向に早とちりしないで下さい」

「チクショォォォ!! 嵌めやがったなぁッ」

「何を人聞きの悪い事を言ってんですか? それこそ誤解を生みます。勝手に判断したソッチの落ち度です」

 そう言って、市川は、一呼吸ついてから、改めて成生に尋ね直した。実に面倒臭げに。

「それで? じゃあ、どういうゲームをなさってたんですか? 仕方がないので、訊いてあげます。」

「ん? いやな、ま、ただのオンラインの冒険ゲームだよ。」

「やっぱり、子供の世界から大人の世界に冒険していく、ヤらしいゲームなんですね。しかも、オンラインでッ!!」

「だから、誤解招くこと言うな! 知り合いがいたらどーしてくれるんだ! ちげーよ、剣とかそういう武器でモンスターとかをぶっ倒していくようなやつ。」

「なんだ、そんなものですか。詰まらないですねぇ。むしろ、ホントに、そっち系のゲームをやっていた方が笑いも取れたものを」

「残念だが、オレは、そーんな、笑いを取ることに人生を掛けるようなヤツじゃない。······ったく、オマエはオレをなんだと思ってんだ。」

「そう、ですね……まぁ、甘くて、変態で、キモくて、根暗で、バカで、デリカシーなくて、バカなバカ、くらいでしょうか。」

「バカ、多っ!! そしてヒドッ!!」

 成生の叫びに、しかし、市川は悪びれた様子も無い。

「しょうがないですよ。それが正直な思いです」

「ウソつけ! いくらなんでも酷すぎだ! 仮に、それがホントに正直な思いだとしても、オブラートに包め。五枚くらい!」

 そんな、会話を続けるうちに、道が別れる場所に着いた。

「それじゃあ、今日はここでお別れですね。」

「そーだな。次に会う時までにその口の悪さをなんとかしておけ」

 このセリフは、成生が彼女と別れる時に毎回言っている言葉だが、一向に改善が見られない。

 市川も、そのセリフには答えず、

「それじゃ、また会いましょう。佐藤さん!」

 そう言って、自分の小学校がある方向に駆けていった。

「まったく、最後だけとか」

 成生は、満更でもない表情で、ひとりごちて、自らも、行くべき方向に向かった。




 それから、成生は、大学に着いて、いつも通り講義を二コマ受けた。

 時間は一二時半を回り、昼食を食べようと、学食に向かう。

 静かな廊下を歩いていると、だんだん、学食から聞こえてくる喧騒が大きくなっていく。

 そして、学食への扉を開けると本格的な賑やかな音がその身に押し寄せてきた。

「さて、何を食べようか」

 彼は、そう言って食券の券売機に向かう。佐藤成生という人間は、食券を買う時には、いつもそういう風に独りごちる。しかし、迷った末に選ぶのは、これまた、いつも唐揚げ定食だ。理由は簡単。メニューの中で一番安いから。三二〇円である。

「まぁ、しょうがないよなぁ······。」

 成生は、食券をカウンターに出して、唐揚げ定食を受け取り、自分が座れる席を探してキョロキョロと、辺りを見回した。

 すると、喧騒の中から成生を呼ぶ声が一つ。

「おーい、ナールキー!こっちこっち。」

 一人の男が成生に手招きをしている。

 成生はその男のもとに行き、テーブルの向かいに座った。

「珍しいな。オマエが独りでメシだなんて。ユウヤ」

 伊勢島(いせしま)優也(ゆうや)。それが、その青年の名前だった。成生と同じ、A大学二回生で、経済学部、同時に、『代行者』の一人でもある。

「うん? いやな、誰かがいたら、報告したいことも、しにくいかなーって、まぁ、オレなりの配慮ってヤツ」

 その言葉に、あからさまに、溜め息をつきながら、成生は箸を手に取った。

「そりゃどーも。でも、仕事、っつーか、バイトの報告は出来れば、メシ食ってる時は、勘弁してほしいんだよなぁ。闘ってる時のことなんて、この安らぎの一時に思い出したいモンじゃないって」

「イヤイヤ、今日はどうせ、講義が終わったら、回収したヤツを出しに行くんだろ? ホラ、変換器、オレのキーがなきゃダメでしょ?」

 因みに、『変換器』とは、シャドウから回収したエネルギーを、電気エネルギーに変換する機器である。

 使うには、アクセスキーが必要なのだが、成生のような下っ端のバイトには、そのアクセスキーが預けられることはない。

「ハイハイ。上司サマのお心遣いに感謝しますよ」

 成生が、いかにも皮肉っぽく口を尖らせた。

 今、彼は目の前の伊勢島のことを、上司と言った。

 そう。伊勢島は、『組織』の中で、成生の上司にあたる。成生がバイトなら、彼は正社員だ。代行者としての経験も、成生より長い。

 といっても、彼らの中で階級の違いが意識されることはほとんど無い。年も同い年であるせいか、友達という意識で互いに接している。

「どーせ、気を使ってくれるなら、もうちょっと、後でも良いじゃねーか。」

 そう言って、成生は、唐揚げ定食に本格的に箸をつけ始めた。

「俺は、ぺーぺーのオマエと違って、報告書を書かなきゃダメなの。今、聞かないと今日中に出せない。……ん?」

 成生には、シャドウを討伐すれば、上司であるところの、伊勢島に報告をする義務があり、また、伊勢島にも、そのことについての報告書を、作成、提出する義務がある。

 伊勢島はここで、箸を休め、訝しげな顔をした。因みに、彼はしょうが焼き定食を食べていた。

「……どうかした?」

「いつも、オマエ、寝不足な様子だけど、今日は酷いな。目のクマとかスゴい。なんだ、エロゲのし過ぎか?」

 成生は、それを聞いて咳込んでしまい、咀嚼していた白米を、鼻の方に詰めてしまった。汁物を飲んでいたら、ベタに吹いているところである。

「大丈夫か? っていうか、図星か?」

 伊勢島が成生に、急いで、テーブルのティッシュを渡した。

 成生が、それで鼻をかむ。

「『図星か?』じゃねーよ! ちげーよ。単なる、普通のオンラインゲームだよ。冒険するヤツ」

「いや、でも、その反応は······、フラグじゃないのか?」

「だから、ちげーよ? ……そーじゃなくて、朝、同じこと言われたから、可笑しかったんだよ」

「なーんだ、昨夜は、ウハウハのジョイフルだったんじゃねーのか。ま、いいや、嘘でも良いから拡散しよっと。」

「っざっけんな!! オレは、大学生活を何事もなく泳ぎ切るつもりなんだ。そんなことされたら色々ヤベーんだよ。やめろ、極悪人がっ!」

「あー、分かった。分かった」

「はぁ。何が悲しくて、オレはこーんな、極悪野郎の上司と昼飯を食わなきゃ行けないんだ。オレだって……オレだって、たまには可愛い女の子と食べてみたい」

「『女の子、を(·)、食べてみたい』?」

[よーし。表へ出ろー」

「まぁまぁまぁ。冗談、冗談。さーて、そろそろ報告してよ。昨日のことをさ」

 成生は、昨日で起こったことを全て話した。白瀬(しらせ)日菜(ひな)を助けたところから始まり、上屋(かみや) 真久(しんく)倉木(くらき) 七瀬(ななせ)出会いったこと。それから、ショドウを倒したこと。そして、上屋真久が『組織』の人間であると知ったこと。

 一通り言い終えて、成生は質問をした。

「なぁ、ユウヤ、オマエもしかして上屋真久のこと知ってた?」

「ああ。もしかしなくても知ってたよ。因みに、ソイツもオマエより階級が上だよ。オレよりかは下だけど。」

「あ、そーなの?」

「あと、その倉木って女の子と、上屋は恋人関係だ」

「へー。今知った。つーか、どうでもいい情報だな」

「イヤイヤ、オマエ、あの倉木さんに、血迷ってでも、手を出そうもんなら、とんでもないことになるぜ。倉木さんは、美人なことで有名だけど、同時にその上屋真久にガッチリ守られていることでも有名なんだ」

「ふーん。オレは、はじめて聞いたな。その話。ご忠告ありがと。でも大丈夫。あの子はタイプじゃないっぽいから」

「『ぽい』って、なんか、他人事みたいな言い方だな~。じゃあ、どの子がタイプなの? 経済学部のアイドルの橘さん? それとも、教育学部の東田さん?」

 伊勢島は、A大学二年の所謂(いわゆる)高嶺の花と言われている人間を挙げた。

「うーん……。そうだな……強いて言うなら……昨日、助けた白瀬さん、かな?」

「しらせぇ?」

「うん。白瀬(しらせ)日菜(ひな)。さっき言ったろ? 知らない?」

「イヤ、言ったのは分かるけど、あー、ここにはいる?」

 伊勢島は言いながら、辺りを見回した。

「うーん、いるかな······あ、いた、スゲ。丁度いた。ホラ、あの子。」

 成生がある方向を指差した。その先には、5、6人の、友達と見受けられる女の子と談笑しながら食事を摂る少女。

「うん? あの子?」

「そうそう。あの、髪が肩甲骨くらいで、ちょっと、ウェーブかかってる子。」

「ふむ。なるほど。なるほど。」

 伊勢島は、2秒ほど考える素振りを見せてから、また口を開いた。

「しかし、ナルキくん。女の子の誉め方がなってないぞ。」

「ヘイヘイ。じゃあ、どんな風に言えば良いんですか?伊勢島せんせー。」

 投げやりな様子で成生は返事をする。

「そうだな。例えばだ。あの、目。あの、垂れ目とつり目のちょうど、良い感じに中間にある、大きな瞳。そして、フワッとした、女性的な柔らかさを象徴するかのごとき、軽~くウェーブのかかった髪。さらに、雪のように白くありながらも、微かに健康的な赤みを帯びた肌。オマケに、上着から覗くあの、鎖骨。あの、控えめながらも、隠しきれない色香。エロい。実にエロいッ!!」

「よくも、そんな、しゃあしゃあと出てくるもんだ。」

 成生自身、伊勢島の言葉に異論があるわけではない。むしろ、『服のセンスも悪くない』だとか、付け足してやりたいところではあるが、何故か、この男が言うと、自分の目が冷めたものになってしまうのを感じる。

「つーか、ユウヤ、オマエ彼女いなかったっけ?」

「あぁ、(まい)ちゃん?」

「そうそう」

「別れた」

「早くない?」

「1ヵ月だったな。まぁ、恋ってのは難しいね。それで、ナルキは彼女にアタックしていくのかい?」

「今のとこ、そんな予定はねーよ。まだ、その白瀬さんがどんな人間かも知らないのに」

「でも、もう、オマエ、かわいいって思ったんだろ?」

「いや、それとこれは話別だろ」

「ふ~ん。ま、頑張って。」

 このあと、成生と伊勢島は、10分ほど喋ってから、学食を後にした。



 午後の講義が終わり、成生は、昼休みに伊勢島と待ち合わせをした場所に向かった。そこには、既に伊勢島が立っていた。

「遅かったな。ナルキ」

「悪い。教授に質問とかしてた。」

「オレも、この後予定あるから頼むぜ。」

「あー、悪かった。悪かった。」

 適当に返事をして、成生は歩き出し、大学の棟を出た。その後を伊勢島も着いてくる。

「1週間ぶりになるけど、変わったことある?」

 成生が唐突に訊いた。

「いや、特には。……あー、でも、一昨日くらいに行ったときは、薫子さんが、お前はそろそろまた顔出せ、って言ってた」

「まぁ、今から行くし良いか。でも、あのヒト、イマイチ苦手なんだよなー。嫌いじゃないけど、なーんか、見透かしたようなこと言ってくるし、大型シャドウの目撃証言を、まるで、ソイツを倒して来いと言わんばかりにもってくるし。オレは、別にそんな仕事やる義務なんか無いし」

「イヤイヤ、気にかけてもらってるってことじゃないか。別に良いじゃない。めんどくさかったら、そんな、大型シャドウとか、バックれちゃえば良いんだし」

「気にかけてもらってるって、それは、オレの『代行者の印』が、元々、あの黒木(くろき)将玄(しょうげん)のものだからだろ?」

 『代行者の印』とは、文字通り、代行者の右の二の腕に、刺青のように存在する印である。この存在により、代行者は、シャドウと戦うことができるのだ。ちなみに、これは、人から人に継承されるものであり、成生は、その黒木将玄から受け継いだものを持っている。

「よーするに、親の七光りみたいな感じだろ? オレが自力で勝ち取った信頼じゃない」

 成生の投げやりなまとめに、しかし、伊勢島は頷くことはしなかった。

「卑屈だなー。オマエは。良いじゃん。別に。人の厚意は無下にするもんじゃないよ。それに、気にかけてもらう、っていうのと、信頼される、っていうのは、違うと思うけど。ま、多少期待はされてるかもだけど。」

「期待、ね。やっぱ、親の七光りじゃねーか。」

「というより、親、ならぬ、前任者、だな。」

「どっちでもいいわい」

 不貞腐れたような声色である。伊勢島は、少々面倒に思いつつ、フォローに回る。

「いや、でも、その現場を見てないけど、オマエは、黒木将玄から、その『印』を託されたんだろ。彼に認められて、今のオマエがあるんだろ?」

「うーん……あれは、どう考えても、受け継ぐ人間が、その時、オレしかいなかったっていうのが理由のような。ま、それにしたって、その時の話は、あまりしないでくれると助かる。流石にこう見えて、オレも思い出したくないことの1つや2つあるんだぜ」

「ハイハイ」

 それから、しばらく2人は無言で歩いていたが、突然、伊勢島が誰にともなくといった感じで、

「おい、ニセモノ」

と言った。

 独り言のような言葉だったが、しかし成生はビクッと急に肩を強張らせて、こちらを向いた。

「っ……ユウヤ?」

成生の顔が明らかに伊勢島を怖がるかのようなものになっている。

その様子に伊勢島は微かに  よく見ないと分からないほど微かに満足げに口角を上げ、

「いやぁ、なんでもない。ホラホラ。早く歩いた歩いた」

 そう言って茶を濁して、無理やり成生に前を向かせ、自らはその後ろをのんびりと歩く。成生は彼の様子に少なからず戸惑いを覚えたようだった。

 ――安心したよ。ナルキ。まだあのコト忘れてないみたいで。まだ、俺、オマエを許したわけじゃないからな。最近、慣れ慣れしくやってるけど、そこんとこ間違えないでよね。

 成生に、そして自分に確認するようにそんなことを思いつつ、今度は伊勢島は目の前を歩く青年を睨み付けたのだった。

 今回は遅れての投稿となってしまいました。すみません。

次回は頑張ります(フラグではない)。少しでも、気に止めていただいている方、今後もお願いします。

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