1 〈Day.1〉デジャヴ -1-
今回はまだ、最初のため、早めの投稿です。それでは、お願いします。
私、倉木 七瀬には得意なことがある。その他は、普通なのだけど。勉強、家事、人付き合い、その他もろもろ。これらのことは、一応、人並みに出来るつもりだ。大学は、普通レベル、独り暮らしも今のところ問題は無い。友達もむしろ多い方だと思う。もちろん、普通レベルの範囲でだが。そんな平凡な私だが、唯一、自信を持って、得意だ、と言えることがある。それは、剣道、だ。私が初めて剣道に関わりを持ったのは小学生2年の時だ。クラスの友達に誘われたのがきっかけだ。もちろん、最初から得意だったのではない。この競技を気に入った私は人並み以上に練習した。その甲斐あってか、頭角を表し始めたのが中学2年生頃から。その頃から出る大会、出る大会に優勝、または、それに近い成績を収めるようになった。今、私はO大学2年生なのであるが、私の剣道ライフは更に充実してきている。実際、今も―
「ハァ、ハァ······」
試合が延長に入ってどれくらい経っただろう。隙の読み合いを始めてどれくらいになる?
私は、頭のほんの隅っこでそんなことを漠然と考えながら、しかし視線は相手から外さない。
「ハァ、ハァ、ハァ······」
相手選手の防具の垂には田辺の2文字。田辺選手は打突のリーチが私基準では長い。相手もそれを知ってのことだろう、少々遠い間合いから打ち込んでくる。しかし、こちらにも有利な点はある。こちらに近い間合いでは、私のスピードは彼女のそれを上回るのだ。つまり、近ければこちらに、遠ければ相手に分がある。すなわち、これは、間合いの駆け引きをいかに制するか、というものだ。こうなると我慢勝負だ。今は、互いにこの微妙な間合いを保っているが、この均衡はいつ崩れてもおかしくない。その瞬間をただ――ただひたすらに待つ。
変化は唐突だった。
相手が我慢しきれなくなったのだろうか、フェイントを掛けてきた。足だけ踏み出してきた。
――瞬間、私の頭は、いきなり高速で回転し始めた。2つの事柄が同時に脳裏に浮かぶ。
1つ目。作戦だ。私の経験則からして、相手はあと一回、足でフェイントを掛けてくる。
その瞬間に飛び込んで、面で仕留める。
2つ目。感情だ。それは喜び。私は勝利を確信した。その無駄な動きは致命的だ。
――そして。案の定、田辺選手は、もう一度足で、今回は微かに身体も動かして、フェイントを掛けてきた。
しかし、最早、相手のそんな動き、私は皆まで確認などしなかった。周りの音が消えた。
一心不乱に飛び込む。相手の懐へ。同時に相手の面に吸い込まれていく私の竹刀。
田辺選手の目が驚きに見開かれる。
「······ッ!?」
私の竹刀を防がんと上げられる竹刀。――しかし。
半瞬遅い。私は少しばかり身体を捻って自分の竹刀を気持ち右に避けさせた。
微かに触れ合う竹刀と竹刀。だが抜けた。そのまま私の竹刀は今度こそ、相手の面に吸い込まれていく。
「めェェェェェェェェェェん―――!!!」
「勝負あり。」
審判の号令と共に私は竹刀を収めてコートを出た。
「先パ~~~イ!」
「わ、ダ、やめ······」
1人の少女がダッダッダッダと走ってきて私にいきなり飛び付いてきた。
「いやー、さっき、一本先制したのに相手に一本取り返された時は、なにやってんだあのクソアマなんて思って、尻尾巻いて帰ってきた時に浴びせる罵詈雑言の数々を考えていましたが、杞憂に終わった見たいですねぇ。やっぱ、この無駄にデカイ胸は伊達ではないってことか。ウンウン。」
「白瀬、アンタね······少しは苦しくもなんとか勝利を勝ち取った先輩を労る言葉とか無いの?」
この子は、白瀬 日菜。O大学1年、同じ剣道部で、私の可愛い後輩だ。
白瀬はポカンとした表情になった。
「は?······そんなのあるわけ無いじゃないですか。なんですか、そんなの期待してたんですか?あばずれの分際で?なんですか、新手のジョークですか?だったらもっと面白いこと言ってください。だいたい、先輩みたいな、巨乳で、彼氏持ちの人は皆私の敵です。さっきの勝利の瞬間なんて、私、舌打ちしてしまいましたし。」
······前言撤回。コイツがカワイイ?ハッ、どうやら、私も試合に熱中するあまり、脳が溶けてしまっていたようだ。たしかに、たしかに、コイツの外見は、なかなかのものだ。整った顔立ち、ほど良い垂れ目、肩まで伸ばした艶やかな栗毛色の髪。まさに、清楚系女子と言った感じだが、いや、清楚系?コイツが?無い無い。あり得ない。
「聞こえてますよ、先輩。そんな風に人を悪く言うからあばずれなんですよ。」
「おっと、ついつい口に出してしまった。······じゃ、アンタはなんなのよッ!!」
「私?私ですか?フ····」
白瀬は、これ見よがしに髪をサッと手で払い腰に手を当てて言った。言い切りやがった。
「清楚系妹系女子です。」
「んなわけがあるくあぁぁぁぁぁぁ!!」
「嫉妬ですか?アー、ヤダヤダ。ホント、こんな、根性ねじくれた、将来をクソババァとして約束された人にはなりたくないなぁ。」
コイツには、私が先輩で、自らは後輩、という自覚はあるのだろうか。甚だ疑問だ。
「そこまでにしておけ。白瀬。ほれ、倉木も疲れてるだろ?お前、スゴかったな。少しヒヤヒヤもしたが······イヤ、見事だった。まず面とって、水飲め。」
救いの天使が舞い降りた。いや、単なる、ムサい剣道男子だけど。彼は、叶瀬 幹也。この男もO大学で2年だ。私たち剣道部のまとめ役で、こんな風によく仲裁に入ったりする。私は彼の言う通り、所定の場所に行き、面をとって、水を受け取った。一口飲むと、生き返るような心地。気がつくと、周りでは、白瀬や、叶瀬を筆頭に剣道部員たちが、祝福の視線を私に向けてくれていた。代表して、白瀬が言葉を紡ぐ。
「ま、先輩、なにはともあれ、優勝、おめでとうございます。」
私は、今、剣道の大会に出場していた。といっても、そこまで大きい大会でもなく、単なる地区大会なのだが。でも嬉しいものは嬉しい。叶瀬の言ったように、一本先制した後、取り返されて、同点になり、延長に持ち越された時はヒヤヒヤしたものだが、まぁ、粘り勝ちというやつだろう。こういう熱い試合は疲れるものだが、勝ったときの喜びも一潮だ。
「さてっと、女子は結果出したみたいだし、俺たちも頑張らなきゃなぁー。」
叶瀬君はそう言って、準備体操を始めた。他の男子部員たちも準備を始める。大会男子の部はこれからすぐだ。
「そーですよ。叶瀬先輩。今度こそは勝利をもぎ取り、皆で美味しい物、食べに行きましょう。」
「オッケー、日菜ちゃん、頑張ってくるぜ。あ、でも、食べる時は君はセーブしてね。君の食べる量は笑えない。」
「なーに言っちゃってるんですか、試合前からもう勝った気になっちゃって。」
「だな。ちがいねぇ。」
結局、朝9時から始まったこの大会が、表彰式を終えて、私がメダルを受け取り、解散になったのは、午後5時が過ぎてからだった。その日は、皆は用事があるというわけで、打ち上げは無く、私たち剣道部も今日は解散ということになった。
「にしてもアレですよねー。叶瀬先輩、ツメが甘いというか、なんで、あの有利な状況から逆転されてそのまま負けちゃうかな。」
「まぁ、ちょっと、アレは残念よね。」
白瀬の辛辣な、しかし的を射たコメントに私は同調した。
今、私と白瀬は大会会場の近くの喫茶店でお茶をしていた。皆は用事と言っても、私たち2人は暇だったので、そのまま帰るのも寂しいし、ということで今に至るのだ。
「やっぱ、ツメが甘いのはダメですねぇ。試合前に結果出さなきゃとか言って、3回戦落ちのようでは、世話ねぇな、ってもんですよ。」
男子の試合では、我らがO大学剣道部はあまり芳しい成果は出なかった。最高でも、叶瀬君が、3回戦に進出したっきり。
「あ、アンタもうちょっと、お手柔らかに行きなさい。叶瀬君、吐血しちゃうよ?」
「別にいいです。あんな有象無象に毛が生えたようなの。所詮、3回戦落ちです。」
「じゃ、初戦敗退のアンタはどうなのよ?」
「それはそれ、これはこれです。大体、清楚系妹系女子たる私にこれ以上の無駄な属性付加は無用です。清楚系で妹系で、しかも実は強い、とか、もう完璧すぎて、男も寄り付きませんよ。女の子は、少しくらい欠点があるほうがモテるんです。勝てるんですッ。」
私は、今の白瀬の迫力に少々気圧された。
「な、何に勝てるってのよ···。」
「おっと。もう勝ち組の先輩には分かる筈もない悩みでしたよね。ホント、そんな天然発言、私以外の女子に言ったら、メッタメッタのギッタギタのミンチにされて、煮られて焼かれて干されて裏社会に商品として出荷されるってもんです。この私でさえ、日夜、先輩を拷問し、ブチブチとなぶり殺しにする完全犯罪の計画を絶賛思案中だって言うのに。」
「やめて、怖いから、アンタが言うと、マジっぽさが尋常じゃないから。」
全く、どこから、こんな悪口が湧いてくるのやら。これでは、まるで、生ける悪口の泉である。黙ってたらカワイイのに。白瀬のマシンガントークは続く。
「大体、先輩は良いですよねー。あんな彼氏。イケメンで、優しくて、スポーツできて、医学部で、かっこよくて。なんなんすか、一遍死んでください。完璧すぎじゃないですか。この世は不平等です。どうして清楚系妹系女子たる私には彼氏さえいなくて、こんなクソあばずれゲスババァには彼氏が、しかも、あんな、もったいない、超超超最高の彼氏····、カミサマ―ッ!!ウェーン!」
「あんた、放っとけば言いたい放題ね····。でも、彼氏いないって、選り好みし過ぎるのがいけないんじゃない?え~と、ホラ、理想高く持ちすぎたらダメって言うじゃん。」
「!?」
その瞬間、白瀬の目付きが変わった。あ、ヤバい。スイッチ、押しちゃったかな?コリャ。
「······先輩?ハ、ハハハハ。アンタがそれ言います?ねぇ、言っちゃいます?ねぇ。」
もうそこにいたのは清楚系でも妹系でもない、関わったら人生そこでオシマイ系クレイジーキラー女子だった。なんか、もう、虚ろな目で『1人殺せば犯罪者、いっぱい殺せば英雄に。フ、フフフフ···』とか言い出しそうだ。
「先輩がそんなこと言いますかッ、あんな、あんな、あーんな女子の理想を体現したような男を飼い慣らしておいて?ふざけんなよ、あばずれェ···よしわかった。今夜、今夜、私の計画を実行してやる。いいか、覚悟しておけ。今のセリフ絶対後悔させてやるッッ!!·····」
「お、落ち着いて、白瀬。ね?謝るから、ゴメン、だから、落ち····」
「お客様。」
空気が······。凍った。
「お客様。周囲のお客様に迷惑が掛かりますので、店内ではお静かになさいますよう、お願いします。」
いつの間にいたウェイトレスが一礼して去っていく。周囲を見ると、確かに他の客が、嫌悪か好奇かの視線を向けていた。どうやら、ヒートアップし過ぎて声が大きくなっていたことに気付かなかったようだ。
「コホン。ま、確かに。私としたことがはしたなかったですね。こんな、オッパイと剣道だけの女にムキになってもしょうがないってもんです。」
「······。」
なんか、もう、疲れてきた。今日は、大会で優勝した素晴らしい日じゃないのか。なんなんだ、この体たらく。
そんなことを考えてると、
「あ、こんな時間。」
白瀬が思い出したように腕時計を見て言った。確かに。自分の腕時計を見ると、もう7時半を回っていた。
「いっけない。今日は見たいドラマとか、計画の準備とかあるのに。」
「計画!?まだ言ってんの、それ。」
「当たり前ですよ。さ、帰りますよ。ホラホラ。」
と言うわけで今回はギャグパートでした。最初でいきなりかよ、と思われた方すいません。まだ、暫くは早めの投稿を続ける·····予定なので、どうか、ご容赦下さい。
次回はシリアスパートです。よろしく、お願いします。