12 Day.14 〈待ち伏せ〉-2-
倉木と白瀬を送ってから、成生、伊勢島、上屋の3人はD駅を通って初日に調査したエリアと同じエリアに向かっていた。6日目となるその日は丁度調査場所のローテーションを一周し終え2週目に入るところだった。
「そういえば、伊勢島くん、今日、薫子さんのところに行って報告書をもらってきたんだよね。教えられる範囲でその要点を教えてよ」
辺りが真っ暗で静かな中、大して大きくも無いはずの上屋の声がやけによく響く。
「そうだな。でも、上がってきてた報告書は急だったこともあって、あまり実のある内容じゃなかったんだ。とりあえず、薫子さんから装置は叩き壊すのもしょうがないという、ありがた~いお言葉を頂戴した、ってのが一番の収穫かな」
「そっか。ま、仕方ないね。この調査がいつまで続くかってことに関してはなんか言ってた?」
「いや、全然。装置の重要なパーツとかの損傷が激しくてまともな解析が出来てないんだ。まだまだ、サンプルは必要だって言ってた」
「まぁ、アレだけ、滅茶苦茶にすればね……」
「そういえば、ナルキが静かだな……オイ、ナルキ、生きてる?」
「お、おぉ……生きてるよ」
並んで歩く二人の後からそれについていくように歩いていた成生が弱弱しい声を漏らした。
「ん? 元気ないな……あ、そっか。初日のこと思い出してたのか」
直後、伊勢島が吹き出して、その口から『ブッ』という音が出る。
「や、でも、あのB級映画のモブばりの動きは今思い出しても傑作だな。動画を撮ってなかった自分が恨めしいぜ……」
「出た、外道……」
「でも、今日は流石に大丈夫でしょ。サンプルを回収した昨日、一昨日もああいうことも無く無事に出来たんだから」
「シンク……オマエ、やっぱいいヤツだな。この様子ならシャドウの波におれが飲まれそうにもなっても助けてくれるよな?」
「いや、それはちょっと……」
「それに引き換え、ユウヤは 」
「なんだよ、ちゃんと、オレはオレの役目果たしてるからいいじゃん。必要だろ? オレの援護」
「ソーデスネ。上司様ノオ心遣イニハ感謝シマス」
「ハハハ。拗ねるな、拗ねるな」
そうこうしているうちに、人影が無くなり、シャドウを警戒しなければならな領域に来た。
伊勢島が歩みを止めてその場にギターケースを置き、弓を組み立て始める。
「んじゃ、確認な。装置は見つけ次第ナルキが壊す。でその時、俺たちはなるべく横に付いといてあげる。うん。なんかこうして口に出してみると、夜一人でトイレに行けない幼稚園児のお守りをする親の気持ちがなんかわかる気がするな」
「やめて! ユウヤ、あながち間違いじゃないだけに尚更傷付く!」
「そして、ヤバくなったら、とにかく逃げる」
「無視!?」
「というわけで、今日も安全第一で行ってみよう」
「あ、完全に無視しやがったな、コイツ」
そんな会話を交えつつ各々が準備を整え、装置探しを開始した。
伊勢島の提案により、三人はまず前回と同じ建物を捜索することにした。建物の近くに着くと、荒れ地に小さく群れる建物の間にまたもシャドウがひしめいていた。
「今日もなるべく大事が起きずに終わりますように」
成生の祈るような言葉に、しかし、伊勢島の口からは思いの外シビアなセリフが出てきた。
「いや、そろそろ、何かあるかもだぞ。あの装置は間違いなく『組織』みたいな集団作ったものだろうからな。それが、数日のうちに何個か壊されたり盗まれたりしてるってなったら、普通何か対策を打ってくるだろ」
「ここでガチ受け答えかよ」
「それだけケツの穴締めとけよってことだよ」
「オレのケツの穴は先日の恐怖体験で締まりっぱなしだよ。マジ、アレから便秘気味だもん、オレ」
「お前のおなかの調子とか知るか。……ま、一応こっちでも、もしもの時のための準備はしてっけど2人とも気をつけろよ」
「オッケー」
「ハイハイ」
初日と同様、建物の周辺のシャドウを伊勢島が一掃してから、内部へ侵入。さらに、中でびこっているシャドウも同様に伊勢島が処理。速やかに部屋の中を調べていく。
ほどなくして、部屋の一角のデスクの上にひっそりと置かれた装置を上屋が見つけた。
「あったよ。アレ」
彼の懐中電灯が装置を照らし出す。金属のボディがその光を鈍く反射してくる。
装置の上部についたギミックから黄色の光が点滅していた。
「あ、じゃあ、もうサクッとオレが――」
「待て待て待て。お前、何も考えてないだろ」
早く終わらせたいという気持ちが前のめりになっている成生の肩を伊勢島が掴む。
「どう考えても罠だろ。これ。一回取られてるのに、同じ場所に置いとくバカがあるか。……まぁ、その可能性も無きにしも非ずだけど、でもそれよりも罠である確率の方が断然高い」
「じゃ、どうすんの?」
「今日は引き上げるべきだと思う」
上屋が少々逼迫した表情を見せる。
「同感だ。――というわけで今日はアレはそっとしておいてずらかるぞ。触らぬ神に祟りなし、だ」
「え、でもサンプリングが必要だって……」
「今はリスキー過ぎるんだよ、ホラ。行くぞ」
肩から手を放し、身を翻してもと来た出入り口に早足で向かっていく。
「ああ、ちょい待って」
三人が装置のあった建物を出てから成生がふと振り返ると、丁度、装置が作動したらしく、シャドウが建物の影からワラワラと湧き出してくるところだった。
「あーぁ。まぁ、いいんだけどさ。で、どうすんの? 別のトコ探す?」
伊勢島は一瞬考える素振りを見せてから
「いや、今日はこのまま帰ろう。薫子さんに今回のことを報告して今後のことを話し合わなきゃだし」
「なるほど~。じゃ、明日はお休みかな?」
「まぁ、そうなるのが自然だよね。流石に今日まで六連チャンで体力的にもキツいし」
「おお、シンク、良いコト言ってくれるねぇ。んで、伊勢島隊長、そこんとこどうすか?」
「お前は台風の時に学校が休みになるのを期待する小学生か……。まぁ、でも、そりゃそうなるだろうなぁ」
「よっしゃ」
そうして、3人がまた前を向いた歩みを再開した時。
前方にぽつんと人影が1つ。
「エ……?」
距離は約100メートルほど。薄明りの中のそれはこちらに近づいてきているように見える。
この時間にこの場所に来る人間など、余程の方向音痴か、ヨッパライか、この場所に用事がある者くらいものである。
しかし、そんなレベルの方向音痴も早々いないし、その人影の足取りからしてもヨッパライということも無い。すなわち一番可能性が高いのは……。
そこまで瞬時に考えが行き届き、伊勢島と上屋は緊張した面持ちに、成生は顔から血の気が失せていた。。
自然と3人の足が遅くなるが、あちらは間違いなくこちらに向かってどんどん迫ってくる。
草を踏みつけて進んでくる音がだんだん大きくなる。
顔が少しずつ見えてくる。
「……」
男だった。都市は成生たちとそう変わらないように見える。身長は成生や上屋と同じくらいで、伊勢島より少し小さい。服は迷彩柄のズボンに着崩した紺のニットシャツ。その黒い髪は少し長めで耳が完全に隠れている。何よりも印象的なのはその目だった。意識してなのか、無意識なのか、剣呑な光を放っている瞳は、鋭い、というより荒々しい、だとか、荒んだ、という表現が適切に見える。
「ウソだろ……」
その男は三人との距離が5メートルほどになったところで足を止めた。
「確認したいことある」
その目と同様、威圧的な色合いで低くよく通る声だった。
「ここは私有地なのだが、最近、ここに侵入している人間がいる。防犯カメラによれば、丁度今の君たちのように3人組で、1人は弓を、1人は木刀を、もう1人は何も持っていなかったな。あと、それぞれ背中にギターケース、リュック、とかも背負っていた」
――ヤバい!!
彼の言葉から察するに、ほぼ99パーセント成生たちが犯人だと彼は思っている。そして、それは間違っていない。成生が伊勢島に男に聞超えない声で訊く。
「ここ私有地だったのかよ」
「ああ。そうだ。1年ほど前に海外の会社名義で購入されてた」
「マジかよ」
「そこ、何を話してる?」
成生は背筋が一瞬、ビクッとなり、伊勢島はまた元の険しい顔で、男に向き直った。
「何か言ってくれないか?」
男の再度のプレッシャー。
「ユウヤ、シンク、ちょっとオレが話してみる」
「「へ!?」」
小さく早口に言って、伊勢島の陰にいた成生が前に出た。
「あー、すいませんでした。お、オレたちこの近くの大学の演劇部の人間なんですけど、今度やる劇の、練習してたんですよぉ。この道具もげ、劇で使うやつなんです」
成生が自らの両手に持っている担当を模した木刀をヒラヒラと振る。いかにも『何も悪儀は無かったんですぅ』というような感じである。
「ふむ……」
相手も静かに聞いている。
「それで、まぁ、こっ、こういう道具を使う練習ですからどっか、広くてイイところないかなって考えてたら、向こうにいる、た、田中っていうんですけど彼が良いところがあるって言って、ここを教えてくれて……」
成生が指差した先には上屋。一瞬否定の言葉を捲し立てて来られることを懸念したが、空気を読んでくれたようだった。
成生が上唇を舌でなぞる。
「そんなわけでココで練習してたってわけです。……いや、ホントすいませんでした。ココが私有地などとはつゆ知らず……ちゃんと言って聞かせますんで、この場は勘弁してもらえ 」
「いや」
今まさに調子よく回っていた舌鋒に突然水を差され、成生が明らかな動揺を見せる。
「へ?」
「実は、この辺りでは、最近ある実験が行われていてな。今現在もその実験の最中だったのだが……イレギュラーが発生したみたいでな」
「じ、実験?」
成生の顔の側面に、すでに冷たい汗が一筋。
「オレはそのイレギュラーの対処を任されて派遣されてきた者だ。部下からは今日、この時間にここに入ってきたのは君たちだけだと報告が来ている。君たちの言葉を疑いたくはないが、状況が状況なのでな」
「は、はぁ……」
低く威圧的な声が淡々と理知的なセリフを述べていく。
「すまないが、三人の右腕を見せて欲しい」
「え……右腕……ですか?」
『代行者』はそれぞれ、一人一つずつ『代行者の印』というものを持っている。その『印』は所有者にシャドウに干渉する力と『エネルギー』運用する能力を与えるとされている。そして『印』は『代行者』の右の二の腕に現れるのだ。
すなわち、今、3人の目の前の男は、まず間違いなく『組織』と同じ業界の人間で、3人の中に『代行者』が混じっていることを疑っているのだ。
「右腕……ですか……」
成生は答えに窮してしまった。
もし成生と伊勢島のそれが見られれば言い逃れのしようがない。そうなれば最後、平和的解決など望めまい。
「どうした?」
「……」
その時だった。
「伊勢島くん、援護よろしく」
微かに成生にそう聞こえた時にはもう、上屋が成生の前に躍り出て、男に切り込んでいっていた。
自身と男の間の距離を瞬く間に詰めていく。
「――ッ」
男は少し驚いた様子だったが即座に迎撃の構えを取った。
が。
男の目の前を矢が一本掠めていく。伊勢島が狙って放ったものだ。当たりはしないがそれでも、身を逸らした男は死に体を晒すことになる。
「はぁッ――」
上屋の右足が男のわき腹に旋回。しかし、狙いは男の左腕に阻まれてしまう。上屋の足に何か金属のような固いものに衝突する感覚が伝わってくる。
『エネルギー』運用による皮膚の硬化……。
それ自体は驚くほどのスキルではない。現に上屋も攻撃の際は敵に当たる自らの体の部位を硬化させている。
問題なのは、伊勢島による攪乱の直後の攻撃にも関わらず、適切な判断をして見せたということだ。
どうやら、男は優れた反射神経を持ち合せているようだった。
瞬時にそう判断した上屋は自らの出せる最大のスピードで攻撃を重ねていく。
「おおおっ……!」
右手で顔面へ、左拳をボディに。
伊勢島の攪乱から回復した男はそれらをこともなげに右手で払いつつ後退していく。さらにそこに大きく踏み込み、瞬く間にその懐に右掌底が食い込まんとする。
しかしそれを今度は横にステップを踏んで回避。
――マズイ!
上屋がそう思った時には、その場で彼に向かって蹴り足が跳ね上がって来ていた。
「っぐ……」
半ば本能で体を逸らす。男の足がその顎を掠めていく。
そこに今度は成生が左手の木刀を突き出して突進して2人の中に割って入っていく。
「チッ」
男は舌打ちをしつつ、成生、上屋から距離を取る。上屋も一度、成生の後ろに後退する。さらにそこにまたも攪乱の矢が男の目の前を掠める。
しかし今度は先程のように矢を避けるような真似はしなかった。
「チッ」
次は伊勢島が舌打ちをする番だった。恐らく男はこちらが矢を当てないようにしていることを分かっているのだ。
実際に矢を当てでもして先にこちらから流血沙汰にした、となると面倒なことになるのだ。伊勢島の弓の熟練度も織り込み済み、と彼は見積もる。
――思った以上にコイツヤバい奴なのかも……。
伊勢島のそんな思考など知る由もない成生は男に向かって木刀を構えて突っ込んでいく。
「オイ、待てナルキ。距離を――」
――取れ。
だが、すでに頭がどこを攻撃していくか、という思考で一杯になっており伊勢島の言葉など届かない。
木刀が届く間合いに入るなり、遠慮なく頭をまっしぐらに狙っていく。しかし、連続攻撃は男の腕に阻まれる。それでもめげず顔面を重点的に狙っていく。
左から顔へ。右手の木刀を首筋へ。肩の付け根に向けて左で突きを。その全てが交わされた。
しかし。
それらは織り込み済みで、即座にその鳩尾に向けて蹴り足を放つ。全体重を込めた砲弾の如き一撃は、だが、腹の前でクロスされた腕にがっしりとガードをされてしまう。
「へ?」
――ビクともしない? 今のは結構重いはずなのに……
成生の思考が驚愕のために停止する。
「ナルキっ。前!」
上屋の声。気が付くと男が至近距離にいて。
とっさに木刀を立てる。直後、今までに経験したことのないような衝撃。
「ぅあっ――」
その場で受け止めきれず、ゴロゴロと地面を転がる。再び立ち上がった時には、成生の目は大きく見開かれていた。
「……おい。シンク、ユウヤ。コイツ、パワーが尋常じゃねぇぞ」
その声は微かに震えていた。
「え……?」
成生の隣の上屋の顔も強張っていく。
「はっきり言ってヤバい」
そして、当の男はというと、成生を追撃するようなことはせずに、耳に手を当てて――おそらくそこに通信機が仕込まれていて、今それを起動させたのだろう。
「現在21時35分。C4実験地区でイレギュラーを発見。攻撃を受けた。イレギュラーの排除を開始する」
よろしくお願いします。




