11 Day.14 〈待ち伏せ〉 —1―
午後3時。午後の大学の講義を早めに切り上げた伊勢島はKビルディングの鑑のもとを訪れていた。
彼女の事務室のドアをノックすると、中から
「入れ」
と素っ気無い一言。伊勢島は言葉の通りドアを開けてそのまま中に入っていった。
「こんにちは~、薫子さん」
「伊勢島か。早かったな」
例によって鑑は、忙しげにデスクの上の書類に目を通し、パソコンのキーボード上に手を走らせ、言葉のみを伊勢島に向けていた。
「まぁ、座れ。大学はいいのか? 今日はまだ月曜。休日どころか平日が始まったばかりだぞ?」
「いえ。毎週、この曜日は講義を少なく取ってあるんで」
言いつつ、デスクの前のソファに勢いよく腰を下ろす。
「やー、このソファはいつ座っても座り心地がいいなぁ」
「ふむ。てっきり、世に聞く自主休講というやつかと思ったぞ」
「それは、単なるサボりを四文字熟語にしただけですね。薫子さん、一応言っておきますが、俺、こう見えて成績優秀者なんですよ?」
「フッ。『こう見えて』と言っている辺り、自分の普段の言動が成績優秀者のそれでないことは自覚しているようだな」
「……」
これには、伊勢島も苦い顔をするしかないようだった。
「それで、例の装置の解析結果、出たんですか?」
「一応の報告書は上がってきている。といっても、あまり実のある内容のものではないがな。何せ、君たちが初日に回収してきた、たった一つのサンプルを、しかも、たった四日ほどで、なんていう無茶をしてもらったんだからな。おまけに、サンプルは随分と手荒に扱われていたみたいだし。まだ、時間をかける必要がありそうだ」
伊勢島は成生の木刀によって見事にひしゃげられた装置のことも思い出した。
「ああ、そりゃ悪かったなって思いますけど、でもこっちも起動した装置を停止させる手段が分からないんでああするしかなかったんですよ」
「まぁ、その言い分も分かるがな。ただ、一昨日、昨日とお前たちが持ってきた、二つの同じようなサマのサンプルを見て、技術課の人もだいぶ苦い顔をしてたみたいだぞ」
「ホント、ゴメンナサイって言っててください」
伊勢島の脳裏に、完膚無きにまで変形された装置を前に頭を抱えるオジサンたちの様子が浮かぶ。
哀愁に満ちた、その想像上のオジサンたちに合掌してから伊勢島は話を次に進める。
「じゃあ、薫子さん、その報告書を見せて下さいよ」
鑑はデスクの引き出しからファイリングされた紙の束を取り出して伊勢島に差し出した。
「ホレ」
ソファから立ち上がり、鑑から資料を受け取る。
「あざっす……アレ、今回は薄いっすね」
「言ったろう? あまり実のある内容は無かった、と」
「なるほど……まぁ、何はともあれ、見せていただきますよ、っと。あ、一応、この資料っていくつから閲覧できるものですか?」
「一応、権限階級5からだ。上屋や佐藤には見せられない。まぁ、お前のことだからうっかり目に入れる、などということは無いとは思うが」
ソファに座り込みパラパラと報告書を繰っていく。
「『小型の送受信機らしきものが見られた』……スイッチのオン・オフはやっぱり遠隔ってのが技術課の考えみたいですね」
「そうみたいだな。装置の表面には機能を起動させる機構は見つからなかったそうだ」
「あ、今の面白いですね。薫子さんがダジャレを言うなんてめっずらすぃ~。俺もそれどこかで使わせてもらいたいですねぇ」
「茶化すな。たまたまだ」
その時、伊勢島の目には、鑑の表情が微かに動いた気がした。もちろん怒りの方向にだが。
「ふむ。一応、多少の復元をして作動実験は出来たみたいですね……えーと」
「そうだな。ウチの技術課の人間もただここにいるだけの木偶ではないということだろう」
その作動実験の結果の欄には『装置を起点として微かに『エネルギー』の密度が上昇した』とあった。
「『エネルギー』の密度? これってシャドウを作り出していく装置ですよね? 言われてみれば、確かに『エネルギー』はシャドウのボディの大切な構成要素ですけど、この装置はただそれだけじゃないはずっすよね。まぁ、なんでこんな実験結果になったか大体想像つきますけど。ようはアレですよね。損傷が激しすぎて復元できなかった部分の中に大切な部品があったってことで……」
「だろうな。彼らもシャドウの大量発生した時の対策をして実験に臨んだようだが、拍子抜けだったらしい」
「でも、現状、オレが持ってる情報から鑑みてもやっぱり、あの装置を停止させるには叩き壊すしかないんですよねぇ……」
伊勢島はセリフの『オレが』の部分を強調して、鑑に探るような視線を向ける。鑑は一度自らの作業の手を止めて、顔の前で手を組み、体を伊勢島に向けた。
「そんな怖い顔しないでくれ。こちらも君たちが知らなければ命に関わるような情報を隠そうなどとは考えていないさ。もちろん、装置の回収に関することも現場の実情を尊重する。サンプルの損傷度合いが少ないに越したことは無いが、正規の手順での停止が難しい以上、叩き壊すのもやむを得まい」
今の様子の伊勢島が相手だからだろうか。いつも無表情の鑑の顔にその時だけは苦笑が浮かんでいる。
「そーですか」
イマイチ納得のできない顔の伊勢島。
「ホント、この権限階級ってイヤな縛りですね」
「『知らなくてもいいコトは知らなくていい』というメッセージを持った、『組織』の計らいだと考えてもらいたい、と言うしかないな。それに、社会に出ればよくあることだ」
『困ったヤツだ』と言うように鑑が諭す。
「モノは言いよう、ってヤツですね」
伊勢島はその手に鑑から渡された資料を持ってすくっと立ち上がり、部屋のドアに向かう。
出る直前。
「ああ、伊勢島。あと一つ」
「なんすか?」
伊勢島が体を鑑に向けた。
「今回の件、あまり力むなよ。こう、第三者の私が言うのもなんだが、仇を討ったところで黒木が戻ってくるわけじゃないからな。それに、焦っていいことなんかほとんど無い」
伊勢島は一瞬、視線を地面に落としてから、
「……はい。分かってますよ。大丈夫です」
ドアを開けて外に出ていった。
最後の瞬間、ドアを勢いよく大きな音を立てて閉めてしまったことを、伊勢島は少しだけ後悔した。
部活を終えてから私は白瀬と一緒にシンクとナルキ、伊勢島くんに合流した。シンクはともかく、もはやナルキの姿も見慣れつつある。
私たちは鳥の声や時々脇を通る車の音を聞きながら暗い帰り道をゆっくりと歩いていた。
「なんだか、最近暑くなってきましたねぇ」
伊勢島くんと一緒に、私・シンクの前を歩いていた白瀬がぽつりと呟いた。
「そうだな。もうそろそろ本格的に、冬からズルズル使ってた服から脱却しなきゃいけない季節だよな」
マジか。
「伊勢島くん、まだ衣替えしてなかったの?」
「ん? まぁ、色々忙しいし、なんかメンドくて」
「わぁ、ズボラ……でも確かに、言われてみれば、伊勢島くんって着てる服のラインナップ、去年の冬からあんまり変わってないよね」
「まぁ……その通りだけど、倉木、よく覚えてるな」
フフン。私、結構、記憶には自信があるのよ。
「うん、でも、俺みたいな人、結構いると思うけどな…
…白瀬ちゃんはどう?」
伊勢島くんの隣で、白瀬の肩が少しだけビクッと跳ねた。
「へッ!? アタシ? アタシですか。……ヤだなぁ。そんな、もう衣替えなんかとっくにやってますよぉ。冬物なんか、もうタンスの奥にしまっちゃってる、ってなもんです。アハハハ……」
……微かに。微かにだがその笑顔は引きつっていた。七年間の付き合いがある私には分かってしまう。それに、よくよく考えれば、白瀬も冬に見覚えのある灰色のパーカーとジーンズを今、着ているではないか。
私は状況を察しているであろう、シンクの顔を見ると、彼も少々笑いを堪えている様子でこちらを見ていた。私たちは無言で頷く。
白瀬、頑張れ。
でも、やはり、同時にこうも思う。
スゴく、バラしてやりたい。
私の中で、イタズラ心と良心がせめぎ合っている!
「え~、じゃあ、上屋は?」
「や~、僕ももう、冬の服は閉まってしまったよ」
「オイオイ。……いや、でも、確かにお前、そういうことはしっかりやってそうだよなぁ」
「まぁ、ナナセに言われてやったではあるんだけどね」
言わなくても良かった情報を敢えて言うことで伊勢島くんをフォローするシンク。
君の優しさにはいつも脱帽するよ。
「うんじゃ、ナルキは?」
伊勢島くんが、私・シンクの後ろを歩いていたナルキの方を向いた。
「ん? まぁ、オレもユウヤと同じようなものかな。いやでも取り敢えず、金欠なんだって言い訳はしておくけど」
「そうか、そうか」
伊勢島くんがナルキの方に行って彼の肩に手を置く。
「俺は時間、お前は金。というわけで、俺の仲間はお前だけだよ。ナルキ~」
「言われてこんなに複雑な気持ちになる『友達』は初めてだ……」
と言う割に彼はむずがゆいような顔をしていて、満更でもないご様子。あ、いや、BL的な意味じゃなくてね。
しかし、ここで伊勢島くんが首を傾げた。
「うん? でも、最近はナルキもある程度、金回りは良くなってきたんじゃないの?」
「う~ん。そう……だな。バイトで臨時収入も入ってきたし、今は多少、余裕あるかな。いや、でも、もう梅雨が近いし、梅雨対策とかしなきゃだな。あと、試しに買ってみたい食材もあるし」
ここで、私はあることを思いついた。すなわち
「あ、じゃあさ、今度、この5人で買い物行かない? そうだなぁ……良ければ、今週末にでも! どうかな?」
「僕は構わないけど……」
先ず、真っ先にシンクが賛同してくれた。まぁ、シンクは時間なくても、作ってくれるタチではあるんだけどね。
「いいですね! アタシも週末は朝は部活ですけど、昼から暇ですし」
「白瀬もオッケーね。伊勢島くんとナルキは?」
そう。ナルキはともかく、一番の問題は伊勢島くんなのだ。彼は『組織』の中では、シンクの上司に当たり、それなりに忙しい身である、とシンク自身から聞いている。なるほど彼は、普段から忙しそうにしている。前に、『合コンに誘われけど、仕事が忙しいから断るしかなかった』、と愚痴をこぼしていたのを見たことがある。さて、今回はどうだろうか。
「う~ん……、まぁ、いいかな。多分いけると思う。流石に夜まで食い込むのはキツいけど」
「夜って、具体的には何時くらいまでですか?」
「そうだね~……八時くらいには、帰らせてもらいたいかなぁ」
白瀬が伊勢島くんに帰る時間を聞いている……!
もしや、白瀬、狙っているのか?
私は、白瀬にすぐに接近してその横腹を肘でつついた。
「ねぇねぇ、白瀬、もしかして、アンタ、伊勢島くんを狙ってるの?」
一時的に私と白瀬だけの空間ができたからだろうか、彼女は『ハァ? 何言ってんの、このヒト』とでも言いたげな、冷めきった目つきと顔つきで
「違いますよ。伊勢島先輩いなくなっちゃったら、私の話し相手、いなくなっちゃうじゃないですか。センパイは上屋センパイと、二人だけの世界に突っ走っちゃうし」
「ナルキは?」
「え~、成生センパイですか? 現時点じゃ、まだ返事してないじゃないですか。それに、あのセンパイ、なんか口下手系男子の匂いがプンプンしますよぉ。前、一回だけ成生センパイに家まで送ってもらった時もあんましトーク盛り上がらなった感じですしぃ」
わ、コイツ、私の前だとホント、ズケズケ言うのね。
っていうか、後輩にあるまじき表情だよね。もう慣れたけど。もういいんだけど。
「まぁまぁ、分かった。私たちも気を付けるよ」
「お願いしますね」
白瀬との会話を終えると丁度、ナルキが伊勢島くんから質問を受けているところだった。
「ナルキ、お前どうする?」
「え、あぁ、オレか……」
ナルキは明後日の方向を向いて、考える素振りを見せ始めた。一瞬、その視線が私たちをぐるっと一周する。
「う~ん」
「行こーぜ、ナルキ」
伊勢島くんの言葉に、私も畳みかけるように彼に『お願い』と言う意味を込めて手を合わせた。
「……あ~、うん。じゃあ、良ければ、ご一緒させてもらおうかな」
「よくぞ言った我が友よ!」
「ハハハ……」
伊勢島くんがまた、ナルキの肩に腕を回した。
それにナルキは力なく笑う。
「よし、じゃあ、あとはどこに行くかだけど、Zモールで良いかな?」
「いいんじゃない」
「そうだな。あそこ結構大きいし、Zモール内にも、その外でも食事が出来るところはたくさんあるしな」
私の提案にシンクと伊勢島くんが賛成してくれた。
Zモールとは、現在、私たちが住んでいるD市が誇る大型商業施設のことだ。D駅から歩いて十分くらいの場所にあり、分かり易いこともあって、買い物をする場所としては、このD市の中では最もポピュラーなところだ。
その後、私は、待ち合わせの場所と時間を決めてから4人と別れた。白瀬もあの3人に送ってもらったことだろう。
月曜から楽しみが出来るってのは、やっぱり良いコトだ。私はいつもより弾んだ気持ちで家のドアを開けた。
今度から文章量を少なめにして小刻みに投稿していくスタイルに変更します。
お付き合いお願いします。




