奴隷商人になったけど、商品が可愛くて売れない!
異世界に召喚され、奴隷商人となった。
これが俺の現状だった。
俺を異世界に召喚した張本人であるガチムチスキンヘッドのオネエ、アリスさんの説明によると、彼女が店主をつとめていた奴隷ショップの経営がうまくいっておらず、それを何とかするために、彼女は知り合いの魔女から魔道書を購入した。
そしてその魔道書を使い、異世界から救世主、つまり自分の代わりに奴隷ショップの店主をやってくれる“何か”を召喚する儀式を行ったのだとか。
で、なぜだか知らないが、その儀式で召喚されたのが俺だったという。
だから俺に奴隷ショップを押し付けた、アリスさん目線で言うとお願いしたと、こうなるらしいのだが。
そんな説明を聞かされても、何だか突拍子がなさ過ぎて、持てる感想は『ビックリ!』くらいのものである。
土嶺生人。
生人。
確かに俺の名前は“しょうにん”とも読めるだろう。現に小学生高学年の頃の俺のあだ名は『商人』だった。
土嶺。
確かに俺の苗字は“どれい”とも読めるだろう。現に十七歳、高校二年生になった今の俺のあだ名は、『商人』から見事クラスチェンジを果たし『奴隷商人』だ。
でもあだ名が奴隷商人だからと言って、まさか本当に奴隷商人になってしまうとは。
しかも魔女だとか魔道書だとか召喚だとか、そんなわけの分からないものの存在する、異世界などというわけの分からない場所で。
意味が分からない。馬鹿げている。
魔女、魔道書、召喚、異世界、そんなものがあるのは、創作物の中か頭の中だけだ。
もちろん最初は夢だと思っていた、悪夢だと思っていた。
しかしアリスさんに出会ってから既に一ヶ月以上の時が経っているのだ。
もはやこれが夢オチで終わってくれるなどという甘い希望は、捨ててしまった。
事ここに至れば、全てを受け入れざるを得ない。
奴隷商人になったのだということも、受け止めざるを得ない。
俺が今見ているものは全て、夢ではない現実だ。
俺の目に映っているものは全て、揺るぎのない事実だ。
だから今日も今日とて俺は、朝から黙ってせっせと開店準備に取り掛かるのだった。
まあ開店準備と言っても、これといって何か特別なことをするわけではない。
店の中をホウキで軽く掃除して、扉の外側に掛けてある看板を“クローズド”から“オープン”にひっくり返すだけだ。
店の中は全面板張りで、十二畳ほどの広さがある。
一人で掃除をするにはなかなかの広さだけど、まあ毎日やっているのでそんなに目立った汚れはなく、作業は簡単に終わった。
後は看板をひっくり返せば準備完了だ。
俺は木の床を踏み鳴らし出口へ向かい、扉を引き開け、カランコロンというベルの音とともに外へ出た。
今日の天気は雲一つない快晴、小鳥さえずる気持ちの良い朝だ。
「ん~」
俺はグッと伸びをし新鮮な空気を肺一杯に堪能しながら、現就職先、兼住居である店を見上げた。
俺が今いるのは、アスフィリア王国という国の、サンブークという町だ。
どこだかまったく分からないが、そんなサンブークの町の外れに建てられたこの店、名前を『奴隷ショップ・モンスターファーム』という。
山丸々一つという広大な土地を敷地とし、その一部を切り開きそこに店舗を構えるこの店はなるほど、まさに牧場と呼ぶにふさわしい。
がしかし既に言ったとおりここは牧場ではなく、奴隷ショップだ。
牧場ならぬ、下僕場である。
そんな下僕場が自分の仕事場で自分の住んでいる場所かと思うと、最初はため息をついたものだが、一ヶ月も経った今ではほとんど何とも思わない。
俺は半ば習慣になりつつある、看板を裏返すという作業を終わらせ、店の中へと戻った。
「あ、イッくんお帰り」
中に戻るとすぐ、俺と同い年か少し年下といった見た目の少女が、俺を出迎えた。
薄汚れた白いワンピースを身にまとった、緑色の髪と褐色の肌を持つ小柄な少女。
「おう、レイク」
彼女の名前はレイク、
「お帰り、じゃないだろうが!」
この店の商品、つまり奴隷である。
「勝手にカウンターの方に出てくるなって、何度言ったらわかるんだ!」
「にっしっし」
少女レイクは、首の辺りまで伸ばした外にはねるクセの強い髪を揺らし、悪戯な笑みを浮かべた。
「それよりイッくん、まずはご飯にする? お風呂にする? それともわ・た・し?」
「朝飯はもう食べたし、朝からお風呂に入る習慣はない」
「ならわたしを食べるってことだね」
「食べません」
「えー、じゃあわたしと駄弁ろう?」
「駄弁りません」
「それじゃあつまらないよイッくん」
つまらないって……。
「あのなあレイク、もう一度言うぞ? 勝手に表に出てくるな」
商品が勝手に店の中をうろつくなんて、どういうことだ。
「大体さ、どうやってあそこから抜け出してきてるんだ?」
彼女を含めた店の商品は当然、逃げ出さないように鉄格子で出来た牢屋に入れられている。
もちろん扉には鍵もしてあるのだけど、どういうわけかこうやって普通に外に出てきてしまうのだ。
「あれイッくん気付いてなかったの? だって、わたしにはこれがあるじゃん」
ほらこれ、と汚れたワンピースの裾をひるがえし、彼女は俺にお尻を向けた。
レイクが示すこれとは、お尻の辺りから突き出ている触手のことである。
「これを穴に挿入して、グチュグチュッと」
三本の先細りした茶色いそれを、彼女は自分の手足のように自在に動かす。
「ガチャガチャっとだ」
この子は何を言うにもいちいち卑猥だ、まったく。
「何か対策を立てないとな」
と言うか、今まで何も対策をしてこなかったのが不思議だ。
お尻から触手が生えていることでも分かるように、彼女は普通の人間ではない。
いわゆる亜人。人間に似た姿形をしてはいるがしかし、人間とは異なった特徴や性質を持った生き物。
この奴隷ショップは、その亜人を専門に取り扱った店だ。
にもかかわらずだ、亜人を専門としているにもかかわらず、亜人対策をしていないなんて、本当にこの店はどうなっているんだろう。
「対策って何するの?」
「んーそうだなぁ……鍵を増やすとか」
それでも結局解錠されれば一緒か。
「その触手が挿せないように、小さい鍵穴の鍵をつけるとか」
「つまり穴の締りが良くなると」
「俺が気にしてるのは締りの良さじゃなくて、戸締りについてだ!」
「にししし」
「……」
下ネタを言ってるときは本当に楽しそうだなコイツ。奴隷のくせに生き生きしてるよ。
しかし困った、いや、本来彼女とこうして普通に会話できるということは、俺としては喜ぶべきことなのだ。
いきなり異世界なんかに召喚されて、こんな町の外れの山中で一人商売をやれだなんて、心細いにも程がある。
その心細さを埋めるため、俺は彼女を始めとしたこの店の商品たちとコミュニケーションを取ろうと試みた。
しかし最初は警戒していたのか、彼女たちは何を話しても『はい』だとか『わかりません』だとか、そんな会話とも取れない反応を示すだけだった。
よくよく思えば、奴隷商人である俺に、奴隷である彼女たちが普通に接するわけはないのだが。
そんなことを考えていられる頭ではなかった俺は、毎日毎日彼女たちに話しかけ続けた。
そして何だかんだでここまで普通に話せるようになったのだけど、さすがに勝手に牢から出てこられるのは困りものだ。
「でもイッくん、そんなことをしても無駄だと思うよ? わたし以外にも、亜人はいるわけだし」
そしてその亜人全員、違う特徴を持っている、か。
「やっていけるか不安になってくるよ……」
ちなみに店の商品管理リストによると、レイクはマンドレイクの亜人らしい。
マンドレイク、マンドラゴラとも呼ばれる。
引き抜くときにとてつもない悲鳴を上げ、それを聞いてしまうと死んでしまうという伝説のある、あの有名な植物だ。
そんな恐ろしい植物、マンドレイクの亜人、レイク。
彼女の体にある亜人の特徴は、先ほどのお尻から生えた三本の触手だけではない。
彼女の頭頂部には、髪色と同じ深緑色の葉っぱと、そして薄い青紫色の花が一輪咲き誇っている。
それと、肌が褐色なのも、マンドレイクの亜人が持つ特徴の一つなのだとか。
幸いなのが、彼女の悲鳴を聞いても死には至らないという点だ。
まあ、気絶はするかもしれないらしいが……。
「何イッくんそんなにジロジロ見て、もしかしてわたしの側根にゾッコンなの?」
「側根?」
「そうだよ、これは植物で言う側根なの」
と、彼女は俺の目の前で触手を踊らせた。
「へぇ」
そう言えば、あれは触手ではなく、正確には根っこだと前に教えてもらったっけ。
まあとにかく、そのお尻の根っこも、頭の花も、どれだけ引っ張っても抜けない。
いや、頑張れば抜けるのだろうけど、その前に痛がるのだ。
引っ張られて痛がるということは、間違いなく彼女の体の一部としてそこにあるということだ。
最初はその衝撃的な事実に身を震わせたが、今では“見慣れた”どころか、“魅力だ”と感じるのだからまったく慣れとは怖いものだ。
「と言うかイッくん、立ち話もなんだしそろそろ座らない?」
「いやお前、立ち話もなんだしって……」
「ん? 立ちっぱなしもなんだし、だっけ?」
「そこは間違ってないけど」
俺が言いたいのは早く牢に戻れよってことなんだけど。
開店準備を済ませた以上、話しなんてしていないで、俺も労動に戻らないといけない。
しかしレイクは、じゃあ問題ないねと足早にカウンターの内側に入り、接客時用の、木製のチェアに腰かけた。
「ふう、ほら、イッくんも早く座りなよ。立つのはえっちのときだけでいいんだから」
「だから…………、まあいっか」
どうせこんな朝早くからお客さんは来ない。
まあ朝でなくとも、ほとんどお客さんは来ないが……。
この一ヶ月でこの店に訪れた人はわずか二人、しかもそのうち一人は客ではなく郵便屋さんである。
町外れの山の中という、足の運び辛い立地が、やっぱりよくないんだろうと思う。
どうしてこんな場所に店を建てたんだと頭の中で愚痴をこぼしつつ、俺はカウンターを挟んで彼女の正面にある、お客さん用のチェアに腰を下ろした。
「コーヒーでも飲むか? レイク」
尋ねながら、カウンターの上のトレイを引き寄せる。
トレイには白い陶器の水差しとカップが乗っていて、水差しの中にはお客さんが来たときにいつでも出せるように、コーヒーが常備してある。
「んーっとコーヒーより、濃いいのがいいかな」
「濃い目のがいいのか?」
「違うよ、分かってるでしょ? それとも分かってて言わせたいの? イッくんのえっちー」
「……」
この性を強く求める性質も、マンドレイクの特徴らしい。
もしかしたら地球にいる性欲の強い人は、マンドレイクの亜人なのかもしれない。
「で、コーヒーはいるのかいらないのか?」
「コーヒーはいいから、いつもみたいにピュッピュしてよ」
「はいはい」
まったく、注文の多い奴隷である。
「ほら、いくぞ。顔こっち向けろ」
俺はそれをレイクの頭に向け握り、躊躇なくかけた。
「はぁ~」
薄青紫色の目を細め、恍惚の笑みを浮かべるレイク。
それに反応するように、彼女の頭上の花が、花弁を大きく開いた。
「なぁレイク、こんなことされて本当に気持ちいのか?」
「気持ちいいよ? イッくんされたことないの?」
「いや、さすがにないよ」
霧吹きで頭に水をかけられたことなんて。
「わたしがやってあげようか?」
「遠慮する」
「どうして? 気持ちいいのに」
「俺にはそれの気持ちよさが分かる気がしない」
俺は続けて数度、彼女の頭に霧を吹きかけた後、カップにコーヒーを注ぎそれを口にした。
「イッくんはコーヒー好きだよね。わたしにはそっちの方が分からないよ。そんな泥水のどこがおいしいの?」
「別に好きじゃないよ。おいしいとも思ってない」
俺にだって、こんな苦いものを好んで飲む人の気持ちは分からない。
そんな人は、舌がおかしいんじゃないだろうかとさえ考えてしまうほどだ。
「じゃあどうしていつも飲んでるの?」
「元住んでいた世界にあった味と、同じだからだよ」
俺がこの世界で正気で暮らしていられるのは、このコーヒーのように、俺が知っている、つまり地球に存在していた、またはそれに近しい食べ物や飲み物が存在しているから、ということが大きい。
それらがなければ、俺は早々にこの世からリタイアしていたことだろう。
コーヒーなんて、元の世界ではほとんど飲んだこともないし、懐かしい味では決してないんだけど、そんなものでもこの異世界では拠り所だった。
「お家が恋しいの?」
「恋しいと言うか、まあ早く帰りたいな。出来るなら今すぐにでも」
十七歳という青春真っ盛りのこの期間を、異世界などというふざけた場所で無駄に過ごすなんて冗談じゃない。
それに家族や友達も、心配していることだろうし。
「じゃあ帰ればいいじゃん。いつまで居候してるつもりなの?」
「誰が居候だ!」
「え、居候じゃないの? じゃあ何? 早漏?」
「早漏でもない!」
「へえ、イッくんは早漏じゃないんだ」
う……。
「ゴ、ゴホン……そ、それは、まあ、いいとして! 俺はこの店の主人だ!」
代理ではあるけど、この奴隷ショップの現主人である。
そんなこと、彼女は重々承知しているはずだ。だからまあこれは、いつもどおり、ただ単に俺をからかって遊んでいるのだろう。
「それにな、ここにはいたくているわけじゃない。帰れるなら俺もそうしてるよ」
「ふーん、どうして帰れないの?」
「お前がいるからだ」
「それはプロポーズ?」
「どうしてそうなった!」
「だって、『お前をここに残して故郷には帰れない』ってことでしょ?」
勘違いにも程があるだろう……。
「そんないきなり、わたし困るなぁ」
俺も困るなぁ。
「でもいいよ、イッくんにならわたしをあげる、わたしの処女もあげる」
「いるか!」
「どうして?」
「どうしてって、と、とにかく俺が言いたいのは、『お前をここに残して故郷には帰れない』ってことではなく『お前がここに売れ残っていては故郷には帰れない』ということだ」
そう、アリスさんの提示した、俺を故郷、つまり元の世界に帰す条件はただ一つ。
レイクを含めたこの店の商品を、全て売りつくすこと。
つまり彼女がこの店に商品としている限りは、俺は地球には永遠に帰してもらえないのだ。
まったく、こんな条件じゃなければ、俺も律儀にこんな所で奴隷売るなんて胸糞の悪いことはやらないのに。
だけど、戻るためにはやるしかない。帰るためには売るしかない。
「もうイッくんったら恥ずかしがっちゃって、そんな必死に誤魔化さなくてもいいんだよ?」
いたずらっ子然とした笑みを浮かべるレイク、実に楽しそうだ。
「誤魔化してません」
「本当に?」
「本当に」
「ちぇー、誘惑しっぱいか」
誘惑する気があったのか。誘惑と言うより、どちらかと言うとワクワクって感じの顔だったけど。
「やっぱり胸が小さいからいけないのかなぁ」
なんて言いながら立ち上がり、ほとんど起伏のない胸を撫で回す彼女。
「イッくんは大きい方が好み? まあ大きいと見た目的にもインパクト強いしね」
何だか知らないうちに、巨乳好き認定をされてしまっている。
「でも貧乳にも貧乳で、強みはあるんだよ?」
「強み?」
「そ」
また何かを企んでいる顔だ、嫌な予感がするが。
「こうするでしょ?」
と、カウンターに手をつき前かがみになるレイク。
「そしたらほら、ここ見て、首元」
俺は警戒しつつ、奴隷服である白いワンピースを着た彼女の首元に視線をやった。
「うぉっお、おい!」
「ね? おっぱい見えるでしょ?」
「ねって、見えるでしょって、やめろよ!」
警戒していたつもりだったのに、やられてしまった。
「ししししっ、イッくん動揺してるー」
「女の子なんだからちょっとは恥じらいというものをだな」
「別にいいじゃん、減るものじゃないし。むしろイッくんの性欲が増えて、わたし的には好都合だよ。にしし」
人をからかうためだけにここまで体をはれる人間は、コイツ以外には存在しないだろう。
「さぁイッくん、わたしは誘ってるんだよ? そそってこない? 襲ってみない?」
そうやって更に追い討ちをかけてくるレイクだったがしかし、カランコロンという来客を告げるベルの音によって、それは中断された。
「い、いらっしゃいませ!」
俺は急いで椅子から立ち上がり、珍しく訪れたお客様を出迎える。
「ここは、奴隷ショップで間違いないんだな?」
「はい。亜人専門奴隷ショップ、モンスターファームです」
入店してきたのは、小奇麗な格好をした四十台半ばくらいの男性。
「…………」
それと、その男性の後ろに背後霊のようにたたずむ、すすけたシャツを着たがたいのいい男性の、計二人。
「そうか、よかった。いやはや、ここまで来るのに大分苦労したよ」
「あはは、そうですよね。ごめんなさいこんな山の中に店を立てて。ご来店感謝します。さっさこちらへどうぞ、これにおかけください」
俺はアリスさん直伝のスーパー営業スマイルで、つい数分前まで自分が座っていたカウンター前のチェアに、男性を案内する。
レイクはといえば、俺が指示せずとも店の隅の方へと移動して、そこで姿勢を正し黙って立っていた。
彼女は自分がどんな立場なのかを、自分が奴隷であるということを、しっかり認識している。
さっきまでのあの奴隷らしからぬ態度は、俺の前だからしたことだ。
お客様が来た今では、同一人物とは思えないほどに、目も虚ろになっている。
「えっと、彼は?」
小奇麗な格好をした方の男性は俺の案内について来たのだが、その男性の後ろに立っていた大柄な男性の方は、入り口の前で直立不動のままでいた。
「ああ、アレは放って置いていい」
「……アレ?」
「君、どうかしたかね?」
「あ、いえ。そうだ、お飲み物はいかがですか? お客様が普段飲んでおられるものに比べたら、粗末なものでしょうけど」
「うむ、いただこう」
「はい。では少々お待ちください」
全力でゴマをする俺だった。
何だか必死すぎて情けなくもなってくるけど、そんなことは言っていられない。
俺にだって、帰れるかどうかが、人生がかかっているのだ。
今店にいる商品は全部で四人。
この人が一人買ってくれるだけでも、元の世界への帰還に大きく近づく。
それならば、どんなことをしてでも売らなければ。
「それで、今日はどんなご用件でお越しいただいたのでしょうか」
男性がコーヒーを飲み、一息ついたところで早速俺は切り出した。
どんなご用件も何も、ここは奴隷以外に何も売っていないのだから、奴隷を買いに来た以外ないだろうが。
案の定男性は、新しい奴隷を買おうと思ってと仰った。
「私は近くで紡績工場を営んでいてね、労働者のほとんどが購入した奴隷なのだが、つい最近立て続けに三体ほどダメにしてしまって」
「はあ、それで新しく購入をと言うことですね」
「うむ。普段なら適当にそこら辺で安価に手に入れるのだが、今回は奮発して亜人奴隷を買うことにしてね。それで色んな店を回っている途中、ここの噂を聞いてやってきたのだよ」
ああ、ちなみにアレも私が以前買った安物の奴隷だ。
と、彼は入り口で棒立ちのままの男を、まるでモノのように紹介する。
奴隷。なるほど、だからアレ呼ばわりだし、格好も薄汚いのか。
「いやしかし、亜人奴隷は高いな」
「そうですね~普通の奴隷と比べるとどうしても」
一般人奴隷の相場が、年齢や性別やその他様々な要因で差があれど、大体二百万リンなのに対して、亜人奴隷はその二倍以上の五百万リン程度が相場だそうだ。
「ここは大体どれくらいだ?」
「はい、当店は――」
もちろん店単位でも、価格は異なってくる。
同じような状態の商品であっても、高い場所もあれば安い場所もあるのだ。
このモンスターファームは、結構高めな値段設定らしい。
まあその代わりにうちの商品の健康状態は極めて良好、それに若い女性で、更に付加価値のあるとされる処女だ。
具体的な額で言うと、商品管理リストには、マンドレイクの亜人レイクは六百十九万リンと記載されている。
店の奥にいる残りの三人も、同じくらいの価格帯だ。
「ふむ、なかなかの高額だな」
この世界の通貨である“リン”が、地球の円やドルに換算するとどれくらいの金額になるのかは馬鹿な俺には到底分からないけど、簡単に手が出せるような金額ではないことは確からしい。
「しかしまあ亜人なら普通の人間よりも力も体力もあり働ける期間も長いし、それに夜の方も変った味わいがあると聞くからなぁ……」
そんなことを、特に顔色一つ変えずに呟く男性。
「……」
虫唾が走る。鳥肌が立つ。気持ちが悪い。吐き気がする。
何なんだこの人は。あまりにも普通すぎる。どこからどう見てもただ買い物をする一般人だ。
奴隷を買いに来る人間が、こんなまともな人間だなんて。
思えば、一番初めにここに来たお客さんも、案外普通の人間だった。
あのときは接客に必死すぎて、そんなことにまで気が回らなかったけど。
本当に、どうなっているんだ。
奴隷を購入する人間なんて、もっとクズみたいな奴じゃないのか?
乱暴で口悪くて、いやらしい顔をしているんじゃないのか?
どうしてこんなに普通なんだ。
こんなに普通にされると、まるで自分の価値観や倫理観が、おかしいみたいじゃないか。
こんなことを思う俺が、おかしいみたいじゃないか。
まあ実際、俺の価値観や倫理感は、この世界にとってはおかしいものなのだろう。
目の前の客の態度の方が、正しいものなのだろう。
この男性は『色々な店を回った』とさっき言っていた。
それは回れるほど多く、奴隷を売っている店があるということだ。
つまりこの世界の人間にとって奴隷の売買など、日常茶飯事までとは行かずともよくあること。殊更忌避されるようなことではないということ。
だからこの男性は、人を買おうというときにこんな普通でいられる。
後ろの大男のことにしたってそうだ、人をモノのように扱うことに、躊躇いや恥じらいがない。
それはこの世界の人間にとって、それが特に考慮すべき点ではないからだろう。
そんなものは、俺の持っている常識とは異なる。非常識を超えて、異常識だ。
「……それに苦労してここまで足を運んで、何も買わないというのも何だか味気ない。ん、まさかこんな場所に店を建てたのは、それが狙いか? はっはっはっは」
「あははははー。どうでしょうねー」
もう顔も見たくない、早急に帰ってもらいたい気分だったが、必死に笑顔を取り繕った。
元の世界に帰るためだ、これくらい堪えないと。
ただ、こんな最悪な気分を最低でも後三度は味合わなければいけないのかの考えると、やはり胸の奥底から黒い何かがこみ上げてくる。
「ま、まあお客様、頭の中で色々悩むより、実際に商品を見ながらお考えになってはいかがですか?」
「それもそうだな。では、見せてもらうとしよう」
「はい。ではひとまず彼女をご紹介します」
俺は隅に立っていたレイクを男性の前へと連れて行き、そして商品管理リストに記載された彼女についての説明を、極めて事務的に読み上げた。
「彼女はマンドレイクの亜人です」
レイクの背中をそっと押して、一歩前へと出す。
「性別は女、年齢は十六、処女です。力は特段強くありませんが、三本の触手での繊細な作業が可能です」
俺の説明に黙って耳を傾けながら、男性は彼女の体を値踏みするかのように見回す。
「なお、この触手及び彼女の頭から生えた花の花粉には、微少ながら媚薬と同じ効果の毒素が含まれていますので、お気をつけください」
「……」
「お値段の方ですが、現時点で六百十九万リンとなっております」
その他こまごまとした諸事項を付け加え、俺は以上ですと説明を終えた。
男性は聞き終わると、ふむふむと頷きながら、服でも選ぶが如く近づいたり遠ざかったりして、彼女を凝視する。
そしてしばらくすると彼は、おもむろにレイクの腕を掴み、引き上げた。
引き上げ、上からへ下へ、更に前へから後ろへ、彼女の身体を隅々まで余すところなくじっくり観察していく。
まるでではなく、これはまさしく値踏みなのだろう。
しかしそのやり方があまりにも雑だったため、無茶な体勢となったレイクの顔が苦痛で歪む。
「ちょ、ちょっとお客様、あまり乱暴に扱われては困ります」
「ああ、すまない」
謝りつつも彼はやめようとも、加減しようともしなかった。
やはり奴隷を買いに来る奴なんて、クズだ。
人を人とも思わない。人を人とも思えない。
この客にとっては奴隷は人ではないのかもしれないが、俺にとってはこの客こそ人とは思えなかった。
そんなお客様は、今度は彼女の服を脱がせてくれと要求してきた。
「え、服をですか?」
「そうだが?」
何かおかしなことを言ったかなと言いたげな表情の男性。
もちろんこの人からしたらおかしな事は言っていない、奴隷を購入するときに商品を裸にすることはよくあることだから、要求されれば応えなさいとアリスさんにも教わった。
確かに何かを買うとき、不備がないか隅々まで確認するのは普通だ、俺にもその気持ちは分かる。
けどそれは物に対しての思考であって、人間に同じ目を向けるなんて俺には考えられなかった。
奴隷といえど、年頃の彼女が、男の前で裸に剥かれ晒し者にされればどれほど傷付くか。
「何か問題でも?」
「いえ、あの、その……」
だから俺は嘘をついた。
「当店ではそのようなサービスをおこなっていないんですよ」
「そうなのか」
怪訝そうな男性の視線をさっとかわし、必死に言い訳を考える。
「そのほら、彼女は処女でして、もしかしたら裸にしたときに、何かの拍子にその処女を失う可能性があるじゃないですか?」
そんな可能性があるのは、漫画の主人公くらいのもだと思うけど……。
「そうなったら困りますし。それに裸にせずとも、品質はきっちり保証いたしますし。はは、はははは」
さすがに無理があるかと思ったがしかし、しばらく逡巡した後、彼はそういうことなら仕方がないと頷いてくれた。
「ご理解いただきありがとうございます。それで、どうされますか? まだ中にも三人ほど居りますが、ご覧になられますか?」
「いや、目移りすると困るからもういい。これを貰うとしよう」
これ、と、レイクを指さす男性。
「うちの工場にとって、繊細さがあるというのは好ましい。それに好ましいと言えば、顔も好みだ」
彼はレイクの顎を片手で掴むと、無理矢理右へ左へと向かせる。
「体は貧相だが、まあ今後に期待――」
「お客様、だから乱暴に扱ってもらっては」
「ん? 別にいいだろう、もう私が買うと言っているのだから」
「しかし」
「分かった分かったよ、分かったから。早く購入の手続きをしてくれ」
「は、はい」
明らかに機嫌を損ねた様子の男性。
工場の主という立場であり、しかも働かせているのはほとんどが奴隷という彼はきっと、周りの人間から注意されたり反抗されたりすることがほとんどないのだろう。
ほとんどなく、慣れていないから、俺に少し注意された程度でこんな風な態度になる。
三人の奴隷をダメにしてしまったと語っていたが、こんな男の下でこの先レイクがどんな扱いを受け、どんな生活を送るのか。
ついつい色々なことを想像してしまって、気分が悪くなる。
しかしここで悩んだところで、俺にどうにかできる問題ではない。
俺はレイクの未来に対するあれやこれやを考えないようにして、彼女たちの説明をしたとき同様、努めて事務的にことを進める。
カウンターの下から契約書とペンを取り出し、客の男性へと渡し。
契約書に書かれた注意事項を読み上げ、質問を投げかけられれば返し。
アリスさんに教えてもらったことを、そっくりそのまま、ただただ、淡々と繰り返す。
「それでは最後にこちらの方にサインを頂ければ終了となります。えっと、お金の方は」
「ああ、アレが持っている鞄に一千万リン入っている。おい、持って来い」
入店から現在まで入り口で黙って立っていた奴隷の男性は、ここに来てようやくハイと小さな声を発し、こちらへと向かってきた。
「六百十九万リンだったな?」
「はい、そうです」
「数えて渡せ。間違うなよ?」
奴隷の男性は命令を受け再び小さく返事をすると、鞄の中から紙幣を取り出し数え始める。
「それでは、サインの方よろしくお願いします」
「ああ」
首肯しペンを掴んだ客の男性はしかし、名前を書くことなく、そのペンをカウンターへと転がした。
「お客様、どうされました?」
「いや、やはり服の下を確認しておこう。買った後に何かあっては困る。脱がさせてもらうよ」
「え、ちょ、お客様っ」
彼は言うが早いか立ち上がり、隅に控えていたレイクへと近づき、そしてまた強引に彼女の腕を引っ張る。
あまりにも突然な彼の行動に、レイクは対応できず、体制を崩し床に倒れこんだ。
腕を掴まれていたので受身も取れず、膝を強打した彼女はうっと微かな悲鳴を漏らす。
しかしそんなことはお構いしに、男性は倒れたレイクのワンピースを鷲掴みにして脱がせにかかる。
そんな男性の腕を、俺はいつの間にか握り締めていた。
どうやってレイクの元まで移動したのかそれすらいまいち不明だったが、男性の腕を、俺は力いっぱい握り締めていた。
「何だね?」
「やめろ」
「何?」
「やめろって言ってるんだよ」
もう一歩のところでレイクが売れそうだというこの状況で、俺の思考はと言えば、どうすればコイツを追い返すことが出来るだろうかという方向に傾いていた。
レイクをこんな奴のところに行かせるわけにはいかない、そればかりが、頭の中にこだまする。
キレて殴るか、蹴るか、とにかく攻撃を仕掛けてきてくれれば、俺の勝ちなのだけど。
幸いコイツは沸点が低そうだ。既にこめかみに青筋を立てている、後一少し押せばそれで――
「うちの大切な商品からその汚い手を離せ」
「汚い? 何だと小僧、それが客に対する態度か!」
案の定、男性は一瞬でキレた。
今までの穏やかな様子など、もはや微塵も感じられない。
俺がイメージしたとおりの“奴隷を買う人間”そのものだ。
後は、手を出させられれば。
「お客さまは神様だと教わらなかったのか!」
「はあ、あなたが神? 紙の間違いでしょう? 丸めて捨てられる。それかせいぜい髪ですかね? 纏めて捨てられる」
「貴様ぁっ!」
「ああ、つまりあなたは“カミ”ではなく“ゴミ”ですね」
「店主を出せ! お前など即解雇にしてやる!」
「店主は俺ですが。何かご用ですか?」
俺が勝ち誇った顔でそう言うと、眼前の男は悔しそうに歯を食いしばり、拳を握る。
「さあ、金を持ってさっさと帰れ。あんたはもうお客様でも何でもない。あんたに売る商品なんてうちには一つもない」
ダメ押しの最後の言葉で、男性の怒りは限界を超えた。
「クソがァァァァァァァァ!」
狂ったように絶叫しながらながら、拳を握り締め構える。
ただそんな彼を前にして俺は、臨戦体勢をとるでもなく回避行動をするでもなく、黙って男性を睨み付けた。
それを好機と思ったのか、彼は構えた拳を容赦なく俺の顔面へと振り下ろす。
拳が、俺の鼻先に触れかけた――しかし次の瞬間、男性は見えない何かに引っ張られるかのように、凄まじい勢いで後方へと吹き飛ばされ、そして自動的に開いた扉から、店の外へと放り出されてしまった。
「な、ななな、何なんだっ」
地面を転がり泥だらけになった男性は、何が起こったのか分からない恐怖からか震え上がっている。
「早く帰れ。次この店に足を踏み入れたら、これくらいじゃ済まないからな」
「ひっひぃ……」
「あなたも」
俺は、お金を数える手を止め、ぶっ飛んでいった主を目を丸めて見つめる奴隷の男性に声をかけた。
「痛い目を見たくなければ、お金を持って帰ってください」
その言葉に数度首を縦に振ると、奴隷の彼はお金を慌ただしく鞄に詰めそして店を後にした。
二人の背中が見えなくなるのを確認してから、俺は店の扉を閉めた。
そして静まり返った店内で、ふぅっと深呼吸をしてみたのだが、
「あぁぁぁぁ! やってしまったぁぁぁぁ!」
冷静になることは、とうとう出来なかった。
実は最初に来たお客さんも、こんな具合に追い返してしまったのだ。
元の世界に帰るためには彼女を売らなければいけない、売るためにはどんなことでもしよう。
そう思っているのに。
「はぁ……また売れなかった……」
彼女が売られた先でどんな目に合うのか、それを考えるとどうしてもこうなってしまう。
目の前であんな乱暴に扱われる光景を見せられれば尚更。
偽善だ。分かっている。
どうせいずれは売ることになる、今はそれを先送りにしているだけ。
本当に彼女のことを思うのなら、今すぐにでもこの店から逃がしてあげるべきなのだ。
でも自分の身可愛さに、それも出来ない。
「売れなかったんじゃなくて、売らなかったんでしょイッくん」
入り口前でうなだれる俺に、レイクが歩み寄ってくる。
「分かってるよ」
そういう意味での“売れなかった”だ。
「バカだねイッくんは、どうして売らないの? 故郷に帰りたいんでしょ? 売らなきゃ帰れないんでしょ?」
「バカってレイク、そういうこというかお前」
「ふふ、冗談だよイッくん。売らないでくれてありがとう。助けてくれたとき、わたし凄く嬉しかったよ」
言って、彼女は満面の笑顔を俺に向けた。
「……」
これだ。破壊力抜群のこの笑顔。
もっと、奴隷らしくしていてくれれば。
お客さんが来たときみたいに、普段から死んだ目をして、生きているのか死んでいるのか分からないような反応しか示さないでいてくれれば。
そうすれば俺だってこんな悩まずに、もっと楽に売り捌くことが出来るかもしれないのに。
こいつも、そして奥にいる他の商品たちも、全然奴隷らしくない。
それどころか、そこら辺の人間より生き生きしてるのだ。
まあ彼女たちが普通の反応を示すように働きかけたのは俺であって、そうなってくると自業自得だし。
それに彼女たちがこうやって話をしてくれなければ、異世界に一人という寂しさに押し潰されていたかもしれないということを考えると、文句も言えないが。
「それにしてもイッくんて、ただの人間なのに本当に強いよね。前のお客さんもあんな感じで吹っ飛ばしてたし。何か魔法でも使えるの?」
「使えたらこんなに苦労してないよ」
何でも童貞を三十年貫けば魔法使いになれるらしいけど、生憎俺はまだ童貞暦十七年の初心者だ。
ただ、あの客の男が吹っ飛んだのは、確かに魔法の効果によるものだ。
しかしその魔法は俺が使ったものではなく、この店が使ったものなのである。
アリスさんの説明によると、この店には、例の魔道書を買った知り合いの魔女によって、さまざまな魔法や結界が施されているのだとか。
さっきのはその魔法の一つ、名を『売り切れ』というらしい。
魔女が命名したらしいこの恥ずかしい名前の魔法は、害意を持って俺に攻撃を仕掛けてきた対象を、強制的に店から排除できるという効果を持っている。
この魔法のおかげで店内において害意を持って俺を傷つけることは、何人たりとも不可能だ。
もちろん対象の放った銃や弓などの飛び道具でさえも。
「それよりレイク、お前膝大丈夫か?」
「だ、大丈夫じゃない、痛いよぉ……イッくんお注射して?」
「下半身に手を伸ばすな、そんなところに針はついていない」
「そうだね、そこについてるのはハリじゃなくてカリだね」
「ちょっとは自重しろよ!」
「ししししっ」
まあこの具合なら、問題ないのだろう。
「ん?」
「どうしたの? イッくん」
「いや、ほらあれ」
カウンターの下に、何やら紙切れが一枚落ちているのが見えた。
「お金かな?」
「ああ、金だな」
近づいて拾い上げてみれば、それは五千リン札だった。
きっとあの奴隷の男性が、逃げるときに慌てて落としていったものだろう。
「俺が奴隷商人になって初めての収入だな」
いや、これは収入などとでは全然なく、ただの拾得だけど。
それにたとえこれを収入と呼んでいいとしても、俺がアリスさんに課せられたのは店の商品の全売却、額にして約二千四百万リンだ、たった五千リンではその足元にも及ばない。
「さてレイク、お客様もいなくなったことだし、駄弁るとするか」
「やったー」
まったく、この調子では、俺が元の世界に帰るのはまだまだ先のことになりそうだ。
お読みいただき、ありがとうございました。
本作は、現在自分が連載しております【異世界で奴隷商人になったけど、商品が可愛すぎて売れない!】の元になった作品です。
単体で完結もしておりますが、もし気に入っていただけたなら、本作に加筆修正を加え連載している作品の方にも足を伸ばしていただけたらと思います。
URLはこちらです【http://ncode.syosetu.com/n1498da/】