雨だれ石を穿て
「あ、雨だれが石を穿ってる!」
雨宿りしているお寺の賽銭箱の脇でカナちゃんは喜んでいた。
「穿ってる! 穿ってる!」
「ほんとだ、穿ってるね!」
私も一緒になって喜んだ。平べったい形をした石に小さいけれど深い穴が空いている。そして、屋根から滴る雨だれはその小さな穴にピンポイントで吸い込まれていった。
カナちゃんは雨だれ達を応援し始める。
「穿て! 穿て! ねえ、こんなに穿ってたらもうちょっとで貫通するんじゃない?」
「うん、また見に来たいね! いつ頃だろう。私達が中学校卒業するまでにそうなるかな」
「そんなに待てないよ! あたしが雨だれ達を手伝う!」
そう言うと、カナちゃんはスクールバッグをごそごそやって、電池式の電動ドライバーを取り出した。先端にはドリルが装着されている。
「カナちゃんなにそれ!」
「護身用! 痴漢に襲われそうになったらこれで相手を穿つの!」
「うわー。でもダメだよ、カナちゃん、それじゃきっとドリルの方が砕けちゃうよ」
「大丈夫、こんなこともあろうかと」
そういうと、カナちゃんは、三秒で先端のドリルを違うのと交換した。
「鉄工用! アサシンに襲われそうになった時の為の切り札だよ!」
「わー、かっこいい」
見た目的には変わんないけど、用意周到なカナちゃんはなんかかっこ良かった!
それにしても、木工用ドリルでも負けちゃうような石を削ってしまう雨だれはすごいと思った。
「さあ、今こそ雨だれ達の歓喜の時!」
両手で電動ドライバーを構えるカナちゃん。
その時、私のつむじに一匹の雨だれが急降下してきた。
ちょっと冷たいだけで全然痛くない。
ただ、なんだか言いようのない何かを感じた。言いようがないので、何かは何かなのだ。
「ちょっと待って!」
カナちゃんに叫ぶけど、カナちゃんは電動ドリルに集中しすぎていて何も聞こえていないようだった。トリガーを握られた電動ドリルが回りながら件の石に急迫する!
もう一つ雨だれが私の頭を打った瞬間、私は自分が感じていたものがなんだかちょっとだけわかった。
それは雨だれ達の想いだ!
「まってー!」
思わず電動ドリルと石の間に右手を差し入れた。
「ぎゃあっ! 何するの! 危ないよ! 死ぬよ!」
「まって……私、わかったの……」
ドリルの先端は私の右手の寸前で停止していた。
「ねえ、カナちゃん。本当にそんなことして、雨だれ達は喜ぶのかな」
「えっ!?」
「だって、これってさ。なんだかずるいよ」
「石はすごく硬いんだからずるくないよ!」
「じゃ、聞いて。少年野球にプロ野球選手が代打で出てきたらずるくない?」
「あたし野球に興味ないからわからないよ!」
「いいから聞いて! きっと雨だれ達はすっごく頑張ってきたの。試合で例えるなら、弱小チームの雨だれーズが、超強くって全国優勝ばっかりの強豪…………強豪、石ズをね……」
「ストーンズにしよう」
「あ、うん、そうそれ。じゃあストーンズね。ともかく、ストーンズを地道すぎるほど地道な努力の果てに追い詰めてるの! 最終回ツーアウト満塁なの! 点差はわかんないけど一発出たら勝てるの!」
「うん、うん」
「そこで、急に代打で大人の人が出てくるの。しかもプロ! それでホームラン打ったって、雨だれーズは喜べないんじゃないかな」
「でも、雨だれーズはプロの人と試合ができて一生の思い出になるんじゃない?」
「……カナちゃん、野球に興味ないくせに的確なツッコミはやめて。とりあえずダメなの! アンフェアなの!」
「……うん、あたし野球に興味ないけど、言いたいことは熱意だけで伝わったよ。確かになんだかずるいね」
「カナちゃんは、雨だれ達が今までにどれだけ頑張ってきたかわかってるの? 一体何滴の雨だれ達が、雨だれとしての生涯を終えて水たまりに虚しく消えていったか……」
「何滴?」
「……概算でもいい?」
「うん、いいよ」
「計算するからちょっと待ってて。えーと、だいたいさっきから見てると一秒に一滴ぐらいのペースで……」
「あ、雨けっこう弱くなったね」
「ちょっと待って、今考えてるから。一時間に三千六百で……でも、雨のペースは一定じゃないから……あ、一年で雨の振る日は何日ぐらいだろう……」
「難しいなら電卓使う?」
「うん、使う使う、ありがとう」
カナちゃんはスクールバッグを開くと電動ドライバーを戻し、奥のほうをごそごそした。
「あ、だめだ……。雨の中で使ったらあたしの電卓壊れちゃうかも」
「むー……。仕方ない、防水の電卓を買いに行こう!」
「うんそうしよう!」
私達は小雨の中で傘をかざすとお寺の屋根の下から飛び出した。防水用の電卓を求めて。
簡単に買えると思っていたのが甘かった。
足りないお小遣い……。学校帰りの買い物を咎める同級生の目……。防水機能のない電卓を掴ませようとする文房具屋のばあちゃん……。知らない間に靴に入ってた小石……いたい。
私達の買い物は熾烈を極めた。
だが、ついに二丁目の文房具屋で、私達は防水機能のついた電卓を買うことに成功した!
「やった! やったね、カナちゃん!」
「うん、頑張ってよかったね!」
私達は抱き合って喜んだ。そして、文房具屋から出ると、私達を祝福するように空はすっきりと晴れ渡っていた。
「すっごく晴れてるね! じゃ、帰ろうか!」
「うん、帰ろう! あたし見たいテレビがあるの!」
私は達成感を噛み締めながら家路へと歩き出す。
隣にはカナちゃんの笑顔。
腕には探し求めていた防水機能付きの電卓。
全てを忘れて夢中で探し求めた電卓は、きっと私達だけの宝物だ。