【最後の住人】
「カゾット……」
様子を見かねてアナトールは声をかけたね。まあそうだろうよ。
ようやっと普通に話くらいならできそうになったフィリオとフィリアが、また少しばかり固まっちまったんだ。原因を作ったやつに文句のひとつも言いたくなるだろうさ。
「どうして君はそう、いちいち引っかかるものの言い方ばかりをするんだい。まだここへ来たばかりの子たちを無駄に怖がらせてどうする」
「おや、これはすまない。なにせもう半年ぶりにはなるお客さんだ。私もついうれしくなって、少々軽口をきいてしまったね」
言いながら、カゾットはおどけたように肩をすくめてみせたよ。
「だけどアナトール。『無駄に怖がらせて』ってのはちょっとひどいね。私は私なりに、ふたりへ早くここに慣れてもらおうと思って言った言葉だ。悪意でとられちゃ悲しいよ」
「君の言い分も、気持ちも、よく分かるさ。だがね、少なくともこの子たちに今、まず必要なのは落ち着く時間だ。急ぐ必要は無い。それは君だって分かってるはずだろう?」
見知った人間の口論も見てて楽しかないが、見知らぬ人間の口論はさらにひどいもんさ。
なにせ話がよく分からないからね。
聞いていてこれほどつまらないものは、恐らく世の中にそうあるもんじゃないだろうよ。
しかもさ、なんとなく分かる部分だけ集めて話を思うと、どうやらアナトールとカゾットはこれからの自分たちについて話しているらしいのは理解できちまうわけさ。するともう気が気じゃないよ。実際、フィリオもフィリアもそこが気になって仕方無いんだからね。
「とにかく今はまずふたりが館に慣れるのが先だ。他の話はそのあとおいおいに……」
いきなりだったね。急にアナトールは今までの会話を無視するように、突然口を止めた。
そしてそんなアナトールに合わせるみたいに、カゾットが一言、小さな声を出したよ。
「……シャミッソーだね」
途端、また左のドアが開いた。
今度はさすがにフィリオ、フィリアともに飛び上がるってことは無かったよ。
とはいえ、ふたりともアナトールの背中に隠れるくらいはしたけどね。ほんとに、現金なもんだよ子供なんてのは。さっきまで怖がってた相手の後ろに今度は隠れるんだからさ。
とさ、いきなりアナトールは早口にふたりへこう言ったね。
「フィリオ、フィリア。怖がらなくていいよ。彼もまた、私たちと同じだ」
言い終わるが早いか、開いたドアから現れたのは、なるほどアナトールの注意が無ければ少しやばかったかもしれない人物だったよ。
ぬっとドアから出てきたのはさ、アナトールよりもさらに頭ふたつほどでかい、まさしく大男って感じの人物だった。背を小さく丸めてドアを抜けてきたとこから見ても、こいつがいかにでかいかは、ある程度なら想像できるかい?
そいつがさ、真っ黒な燕尾服を着て両手も黒の手袋。革靴も真っ黒の姿で出てきたのさ。
顔かい? ああ、頭からドアを出てきたからね。顔は真っ先に見えたとも。
けどね、それが難しいのさ。果たしてそれを顔と呼んでいい代物なのかってところがね。
質問だが頭から首まで、すっぽり麻袋を被ったものを普通は顔と呼んでいいものかね?
まあ、そこは人によって受け取り方も違おうから、深く考えるのはよしとしようか。
ともかくさ、これでまずは一段落さ。何がって?
「彼はシャミッソー。私たちの中ではもっともこの館に古くから住んでいる。ただ、残念ながら彼は口をきけないんだ。挨拶は勘弁しておくれ」
アナトールがそう言うと、続いてカゾットも口を開くよ。
「そして彼、シャミッソーが最後の住人。今現在、館にいるのはこれで全員。アナトールにシャミッソー、そして私の三人だけ。でも今日からは違う。少なくともしばらくの間は館の住人が五人になる。改めてようこそ、フィリオにフィリア。心から歓迎するよ」
部屋に集まった奇妙な住人が三人。それとフィリオにフィリア。
ひとまずこれで役者は揃った。そういう意味だよ。一段落ってのは。
たださ、そのうちで唯一、笑っていたのはカゾットだけだったがね。