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figlio figlia  作者: 花街ナズナ
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【二人目の住人】

「……あ、あの……」

フィリアは混乱した頭をどうにか静めながら、男に質問しようと口を開いたよ。

ただまあ、ここまでの経緯が経緯さ。

うまくしゃべれなくって、声も出ないのに口だけパクパクさせてたね。

するとさ、

「急がなくって構わないよ。ゆっくりお話し。私はちゃんと聞いていてあげるから」

アナトールって名乗った男はひざを屈めてさ、フィリアとおんなじ高さに顔をもってくると、そう静かに言った。

フィリアはいっそう安心したよ。ま、無理も無いさね。

ここまでただのふたりっきりの子供だけだったんだ。

そこにきて、姿こそ不気味だが、もしかすれば自分たちの味方かもしれない人間に会ったなら、誰だって安心するだろ?

それにさ、アナトールは言ったとおりずっと待ってたよ。辛抱強く、ただ屈んだままで。

信頼ってのはたいてい、こういう何気ないことで生まれるもんさ。

そうさね、時間としてはそれほどじゃなかったと思うよ。

一分か、二分か。とにかく、そんなもんさ。

ようやくフィリアは落ち着いてね、まともに言葉を言い始めたよ。

「ア、アナトールさん……?」

「そう、アナトール。私の名前だ。君らの名前は?」

相変わらず屈んだまま、もう一度ふたりの名を尋ねたよ。

今度はふたりとも聞いていた。しっかりね。

「あたしは……フィリア。こっちは弟の……」

「……フィリオです」

安心したフィリアの様子が分かったんだろうね。

普段なら自分で名乗るような子じゃないんだが、このときはフィリアの言葉を先回るように、自分からアナトールへ答えたよ。フィリオにしては大したもんさ。

まあ、それが床にしりもちついたまんまだったってのが、ちょいとおまけだったけどね。

「ふむ、フィリオとフィリアか……なかなか面白い名前だ」

ふたりの名を聞くと、アナトールはこれまたゆっくり立ち上がったよ。

するとさ、またカツカツコツコツ。床を鳴らして今度はフィリオのところにやってきた。

アナトールの影が自分に落ちてきたときのフィリオときたら、完全に予想通りだったよ。

床にしりもちついて、顔だけアナトールを見上げて、もう今にも泣きそうになってたね。

フィリアの心配はここまでは見事的中さ。

だがね、次の瞬間、ふたりは心底ほっとするよ。近づいてきたアナトールは一言、

「さあ、手を貸そうかフィリオ。それとも、男の子にこういうことは逆に失礼かな?」

床のフィリオに手を差し出しながらそう言ったよ。

フィリオはといえば、そこはなんともフィリオらしかったね。

男の子に変なプライドが無いのは、関わる大人にとっちゃあ、逆にありがたいもんさ。

遠慮なく差し出されたアナトールの手へ自分の手を伸ばしてね、すると、すいっと小さなカバンでも持ち上げるように、アナトールはフィリオを片手一本で持ち上げると、今まで座り込んでた床の上へひょい、と立たせてやったよ。

「……ありがとう」

「どういたしまして」

と、フィリオに礼を言われて、言葉を返しながら手を離したアナトールは、ふと急に自分が入ってきたドアに目をやったね。

「……どうやらお客人の到着に皆、気付いたらしい」

ドアを見ながらそういうアナトールの言葉の意味は、すぐに理解することになったよ。

アナトールが出てきたドアがさ、また開くのが、ふたりに見えたからね。

「またお客さんかい? アナトール。なら先にこちらへも声をかけてくれたってよかったろうに。おかげで挨拶するのが二番目になったじゃないか」

「小さいことを気にするなカゾット。もう子供でもあるまいし。第一、挨拶の順番なんて競ってどうするって言うんだい?」

まだ開ききらないドア向こうの相手と、アナトールはしゃべってた。

そして、しゃべっている間にドア向こうの相手はこちらへ完全に出てきたよ。

これまた、姿だけ見たら奇妙な人物がね。

こっちもまた、室内だってのにやたらでかい水色のコートを着込んでさ。手は袖に隠れて指がかろうじて見える程度。下は恐らくオレンジ色のパンツ。

なにせコートが馬鹿みたいに長いのさ。おかげで足元もちらちらとしか見えない。

ただ、足音から靴を履いてることだけは分かったね。

カツンコツン、カツンコツン。アナトールに比べるとなんとなく優しげな歩き方だった。

でさ、まあ当然ながらアナトールと同様、ふたりに歩み寄ってきたんだ。

近づいてくると、奇妙な点がはっきりしてきたね。

理由についてはコートに関しても聞きたくなるところだが、それ以上に奇妙だったのは、このカゾットって呼ばれた人物がさ、目元を完全に覆うように布を巻いていたことだよ。

まるで目隠しみたいに目元をぐるりと布で隠すようにしてさ、目が見えてるのかちょいと心配するような姿さね。

でもね、そうしたことを除けば、カゾットは不思議と綺麗だったんだよ。

目こそ布で覆われて見えなかったし、体もコートのせいでほとんど見えなかったけど、髪の毛は銀の糸みたいにきらきらと輝いててさ、目の下だけ見える顔も、白くって透き通るみたいな肌して、小ぶりな鼻と桃色した唇を見る限りでも、ああ、これはたいそうな美人だろうなと分かるくらいだったね。

ところがさ、

「紹介するよ。彼はカゾット。私と同じく、この館の住人だよ」

「よろしく、おふたりさん。アナトールはもう君らの名前は聞いたのかな?」

口元に優しい微笑みを浮かべてさ、カゾットはそう聞いてきたけど、

フィリオとフィリアはこのときのアナトールの表現がどうにも引っかかったね。

彼はカゾットを紹介するとき、(彼)と言ったけどさ、どうにもふたりの目にはカゾットって人物が男には見えなかったんだよ。

とはいえだ。他のことに比べたら小さな疑問さ。いちいち気にかけるほどじゃあない。

ふたりも実際、それほどそこに引っかかるわけでもなかったからね。単なる言い間違いの可能性だってある。

となると、ここですることは決まってるさ。

「はじめまして、私はフィリア」

「僕はフィリオ。はじめまして、カゾットさん」

慣れってやつは怖いね。さっきまであれだけおびえきってたふたりがだよ。

自分から名乗って挨拶したさ。

「ご丁寧にありがとう。フィリオ、それにフィリア。ようこそいらっしゃい。と、とりあえずは言っておこうか」

さて、このカゾットの物言いは、ちょいと油断したふたりにまた緊張を取り戻させるには十分だったよ。

(ようこそいらっしゃい)

この言葉の後に続く言葉が、ふたりの頭には勝手に浮かんだよ。

(ようこそいらっしゃい。ひとりしか帰れない館へ)

フィリオとフィリア。かわいそうに。

その背筋の寒さが取れることは、恐らく最後まで無いだろうね。


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