【書庫】
人が手掛かりを残すとするなら、まずもっとも分かりやすいのは文字だ。
だが残念なことにフィリアは読み書きがそれほどできない。
まあ、フィリアの家の事情を考えりゃ、そんな勉強する余裕があるはず無いからね。
当然ではあるんだが、難儀なのは確かだよ。
まず、確信をもって当たりを付けたのは書庫だ。
ああ、辞書やその他、いろんな類の本があることは確かさ。
でも過去に手掛かりを残した子がいたとしてその子が何故、書庫にその痕跡を残すと思ったか。
理由は簡単だよ。
他の場所からこの館へ訪れた子供たちも、恐らくは自分たちとさほど変わらない生活環境で生きてきたはず。
フィリアはそう推理した。
となると、不十分な読み書きの能力を補うため、絶対的に必要になる。
辞書が。
思えば、アナトールやカゾット、シャミッソーもそうして勉強し、知識を得たんだろう。
そうでないとつじつまがまるで合わないからね。
同じくらいの年の時に館へ入り、何年かの間にあそこまでの知識を得た理由がさ。
そして、知識は辞書以外のものからも間違いなく得てる。
それもはっきりしてる。館そのものの知識は辞書に載ってるわけじゃない。
となれば、館に関する知識はふたつの手段でしか手に入らないんだよ。
アナトールやカゾットのように(変化)こそ起こしていても、まだ口がきける状態の先輩方からの知識。
もしくは、これがフィリアの探している本命だが、文字に残された先人の知識。
どういう形で残されてるかは分からない。
ただ多少は、文字の形で残ってるだろうと推測できた。
すると自然、書庫そのものにも少なからず痕跡があると踏んだのさ。
予測はほぼ当たってたよ。
心の準備を整え、ドアを開けるとき、強くイメージした部屋。
(今までで、もっとも利用された書庫)
それがフィリアの目的地だった。
きっちりイメージして部屋へと足を踏み入れた時、フィリアの予想は見事的中。
そこかしこに過去の子供たちの痕跡が残ってたね。
辞書の類はまさに読み通りさ。
辞書以外にも何冊もの本が整然といくつもの本棚に収まってる書庫の中で、辞書の棚だけは他とは明らかに違ってた。
何十冊とある辞書のどれもが擦り切れるほど読み返され、何カ所もの単語に線が引かれ、ページの端が折られてる。
過去の子供たちがしたであろう猛勉強の痕跡。
それ自体が何かを教えてくれるわけじゃないが、まずこれで自分の推測が恐らく当たってるだろうっていう後ろ盾はできた。
学ぶには理由がいる。
そしてこの館で何かを学ぶ理由はひとつしかない。
生きる方法を学ぶ。
これはつまり、いろんな意味でってことさ。
館で生き続ける方法。
館を生きて出る方法。
メインはこのふたつだね。
で、フィリアが求めてるのは後者だ。
館で生き続ける方法は、ここから出れないと確信ができてからでも遅くない。今大事なのはとにかく館を生きて出る方法。
それもふたりで。
もちろん、ほとんど不可能だろうなとは思ってる。
だが、決定的な事実が見つかるまでは、あきらめない。
言ったろ?
フィリアはそういう子だって。
だから今度は具体的なものを探し出した。
過去の子供たちが何かを残してるだろうことはまず間違いない。
じゃあ、あとはそいつをしらみつぶしに探すだけさ。
ただね……問題が無いってわけじゃないんだ。
いかんせん探し物が漠然としてて、その場所を具体的にはイメージ出来そうになかった。
(館からふたりして出る方法を記した何かがある部屋)なんて言葉で言うのは簡単だが、実際に想像しようとしたって、てんで具体的なイメージなんて湧きやしないからね。
しかし、さ。
何事も頭をひねれば答えには近づける。
要は最短距離を求めず、多少遠回りでも確実にゴールへ近づく道を行くことなんだよ。
で、じゃあその確実にゴールへ向かう道ってやつはどういった道か。
少しばかり悩んだが、フィリアはそれほど時間をかけずに答えにたどり着いた。
シャミッソーだよ。
自分が知る限り最古参の住人。
彼からさらにさかのぼって過去の人物を探る。
ひとりずつ、確実にさかのぼり、それらの人物が残した何かを見つけていけば、最終的には自分が求めている答えに到達できる。そう考えたわけさ。
とはいえ、本当にあるかどうかも分からない答えを探しての長い探索だ。
不安は山ほどある。
だが探すしかない。
覚悟を決めた時のフィリアの行動は素早いよ。
即座に書庫から次の部屋へと移るため、ドアの取っ手に手をかけた。
行き先はもちろん、
(シャミッソーの部屋)だ。




