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figlio figlia  作者: 花街ナズナ
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【瓦解】

衣裳部屋からカゾットを抱きかかえ、アナトールが立ち上がった時の台詞は、フィリアも耳を疑ったね。

「フィリア、すまないがどこか寝室を用意してくれ。やり方はもう分かるだろう?」

とてもアナトールの言う言葉とは思えなかったが、無表情な顔して、カゾットを抱き上げてるその姿を見ちまっちゃあ、まさか(いやだ)とは言えなかったよ。

変な心地さ。

多少大柄なアナトールが、カゾットの両足の膝裏に右手を。右肩を自分の胸に当て、左肩から上半身全体を左手で抱きかかえるようにして立ってるんだ。

俗に言う(お姫様だっこ)ってやつだよ。

しかもコートを取り払ったカゾットときたら、上は大きめの白いシャツ。下はオレンジのパンツ。どちらも素材が柔らかなせいで、抱き上げられて布の張り切った衣服の上から、はっきり体のラインが見えるのさ。

すっきりと整った女性らしい体のラインがね。

下着をつけてないから、胸元まで形はくっきりだよ。

加えて、目隠し取り払った綺麗な顔。

眠たげにうっすらと開いた眼が、長いまつ毛と相まって、変に色っぽい印象でさ。

銀色の髪はくしゃくしゃになってたけど、それでもまさに(お姫様)みたいだった。

アナトールに関しちゃ耳を疑い、カゾットについちゃあ目を疑う。

館に来てから現実感の無い光景はいくつも見てきたが、これはその中でも(館の腹)以来の不可思議な光景だったよ。

ま、その辺はさておき、だ。

ともかく気は進まなかったが、フィリアはアナトールの指示に従った。

覚悟が無かったってわけでもないしね。

状況からしてこうした役回りが自分にくるかもってことくらいは察しがついてたさ。

アナトールは両手が塞がってる。

フィリオは昼時の様子はどこへやら、ただうつむいて泣くだけで、役に立ちそうもない。

自然、フィリアにお鉢が回る。

だが、仕方ないこととはいえ、楽しくは無いね。

で、言われるままにご用意いたしましたよ。

気をきかせて少し大きめの、ゆったりしたベッドがひとつある部屋を。

「ありがとう、フィリア……」

感情の無い声でそう言って、アナトールはカゾットと一緒にドアを抜けてった。

ふと見ると、アナトールの足元が真っ赤に染まってた。

というより、アナトールの歩いた後には、点々と血が滴ってたよ。

考えるまでも無いことではあったがね、ことが急だったから少し驚いちまった。

完全に開いた傷口から血を流しながら、アナトールはそれを気にも留めずに歩く。

痛みが無いはずはないだろうね。

でも、感じてもいないだろうよ。そんなもの。

感覚の優先順位で言えば、恐らく今は最下位だろうさ。

下手すりゃ、今ならナイフで刺されても痛みを感じないかもしれないね。

ともあれ、そんなアナトールを追って、フィリオとフィリアも部屋に入っていった。

まるでアナトールの血の跡をたどるみたいに。

パンくずの目印ならぬ、血の目印さ。

なんともこの館らしいね。

で、ベッドまでたどり着くと、アナトールはカゾットをベッドへ静かに寝かせた。

そして、ベッドの脇に置いてあった三つの椅子をベッドを囲むように配置すると、そのひとつに腰かけて、ひとつ大きな溜め息ついてから言ったよ。

「ふたりとも、座っておくれ」

もはや言われるままだね。

フィリオもフィリアも、カゾットを取り囲むような椅子に腰かけると、同時にアナトールのつぶやきみたいな声を聞かされた。

「……私が追い詰めたんだ……」

今度の言葉にゃ、感情があった。

何かって言われるとなかなか難しいが、少なくともいい感情でないことだけは分かる。

負の感情ってやつだね。

雑に言っちまえば、悲しみや怒りの類さ。

周りを巻き込むほどの不快な口調。

そいつで言葉を続けた。

「私がもっとしっかりしていればカゾットまでこんな目に合わせずに済んだんだ……それを、私が役立たずなばっかりにこんな……」

フィリオもフィリアも、言いたいことはあったよ。

アナトール、そりゃ無茶だってね。

アナトール、カゾット、シャミッソー。

三人いたとはいえ、実質、ほとんどあんたが苦しいところは背負ってたんだろ?

しかも、あんたはシャミッソーを失ったばかりなんだ。

人間は万能機械じゃない。

そう便利に動けやしないよ。

だからこれだって仕方のないこと。

カゾットにゃ気の毒だが、仕方のないことなんだ。

言いたかったよ。

言って少しでも慰めてやりたかった。

しかし言えないね。そんな軽口。

この状況じゃ、形ばかりの慰めは逆にアナトールを苦しめる。

そのくらいの知恵はフィリオもフィリアも働いた。

ただまあ、フィリアはともかく、フィリオは別の理由でさらに言葉を口にできなかった。

そうさね。

少し複雑な感情だよ。

いわば八つ当たりに近い。

以前も言ったが、フィリオはアナトールよりカゾットになついてたところがある。

そこが問題さ。

それを言うのは酷だと分かってる。

だが分かっていても喉まで出かかる。

(なんでカゾットさんをここまで追い詰めた!!)ってね。

理屈と感情は別物さ。

だから心の中ではどうしてもこうした葛藤が生まれる。

理屈じゃ、アナトールに非が無いのは分かってる。

でも感情ではカゾットをこんなにしちまったアナトールが許せない。

どこまでも面倒な生き物さ。人間ってやつは。

……さて、恐ろしく重苦しい沈黙が部屋中を占めてどれくらい経ったころかね。

「……もう、こんなものは必要無いな……」

そう言って、アナトールはシルクハットと色メガネを外すと、ベッド脇のごみ箱へ無造作に捨てちまった。

「フィリオ、フィリア。すまないとしか言えない。が、実際、今の私にはもうそれしか言えない。君たちの力に少しでもなろうと私なりに手を尽くしてきたつもりだったが、結果はこれだ。結局は何ひとつできなかった。これから私はカゾットの世話に、私に残された時間すべてを使うつもりだ。もう……君たちに力を貸すほどの余力は無い。本当にすまない。恨んでくれ。この役立たずのぼんくらを。誰かの力になれるなんて思いあがっていたどうしようもないこの愚か者を……」

メガネを取り払ったせいで、うつむいてそんなことを長々としゃべってるアナトールが泣いているのはひと目でわかったよ。

もうさ、ぼたぼた、ぼたぼた。

カゾットを寝かせたベッドの端を、爪が食い込むほど握りしめながら、シーツにどんどん透明な染みを広げてた。

フィリアは、アナトールに対する心配と、今後の自分たちの具体的心配で頭がいっぱい。

フィリオは、そんなアナトールを泣き腫らした目で睨みつけてる。

カゾットは、

ぐるりと自分を取り囲んだ三人の異なる様子を、ただ微笑みながら見つめてたよ。


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