【足を撫でる若草】
「……ねえ、お姉ちゃん」
フィリオが不安そうな声を出したのは、そうさね、夕闇が近づいたそのころだ。
栗毛色の絹みたいな髪をした、かわいい子さ。
いつもまんまるで大きな緑の目をぱっちり開いてね、おとなしいせいもあって、男の子か女の子か分からない、ちっちゃな子さ。
よっぽどでなければ口も開かない子だったけど、まあ、怖かったんだろうね。
これから自分たちがどうなるか。当然といったらそれまでだね。
でもさ、姉のほうはといえば、弟とはずいぶん様子が違う子だよ。
フィリアは女の子だが、生まれつき気の強い子で、いつも小麦色の髪を振り乱して、そこいらを走り回るような子だったよ。
体も年のわりに大きくて、ふたつ違いのフィリオよりも軽くひとまわりは大きかった。
弟よりも暗い、苔のような深い緑色の目をしてね、またその目が力強くて、強気の性格と相まって、なんともしっかり者と思わせる子さ。
後ろからついてくるフィリオが、そうして弱気な声を上げると、さっと振り返って乱暴にこう聞いたもんだ。
「何? フィリオ。もう日も落ちかけてるときに、何か用?」
もちろん、腹ん中では分かってて言った言葉だよ。
さて、こうも不安な声を上げるとなると、こいつはどうにもびびってしまって、家に帰ろうなんて言いだす気かもしれない。
だが、そうはいかない。
おふくろさんは自分とフィリオを森へ送り出した。意味は十分に分かってる。
なにせおふくろさん、送り出すときにはつい、目に涙を溜めちまってたからさ。
フィリアはそこんところはほんとによく気のつく子さね。
となればだ。間違ったって、家には帰れない。帰れるわけがない。
いやに冷たい返事をしたのだって、フィリオにそんなことを言わせないための計算づく。
次の言葉を言わせないよう、わざとほっぽるような口をきいたわけさ。
ほんとを言えば、はっきり言ってやりたかったんだ。
(もう家には帰れないよ)ってね。
たださ、そうまで言っちまったら下手するとフィリオのことだ。泣き出しかねない。
そいつはさすがに面倒だからね。手心は加えたわけだよ。
泣くほどは追い詰めず、言葉を返させるほどの余裕は与えず。
なんともよく心得たものさ。
思ったとおりフィリオは口をつぐみ、不安そうな目だけをフィリアに向けるだけだった。
すると、また妙なことを言われる前に、フィリアは先手を打ったよ。
「ほら、もうすぐ森の真ん中。小さい館があるって母さん言ってたでしょ。そこにつけばもう安心よ。食べ物もある。ベッドもある。朝になるまでそこで過ごすだけ」
言い切って、フィリオの口を完全に閉じさせた。まったく、よくできた子さ。
しかしね、フィリアは不安になっていないかといったら、それはまた別の話だ。
本心を言えば、フィリアも相当に不安だったよ。思えば、当たり前さね。
いくらしっかり者でも、しょせんはまだ子供なんだ。
それもさ、行けば間違い無くひとりしか帰れないって場所へ、望んで足を運ぼうなんていうやつが、果たしているものかね。
でもそこはそれ。子供には子供なりの意地があるのさ。弟の手前、弱気は見せられない。
そういうもんなんだよ。子供ってのはさ。
ま、こいつは大人でもあることだがね。
さて、話を戻そうか。
いよいよ薄暗くなって、足元も危なっかしくなってきたそのころだ。
ふたりは館を見つけたよ。
ふっと今までの森が開けてさ、いきなり目の前にこじんまりとした館が現れた。
フィリオは大きな目を見開いてさ、聞いていても実際に目にするとやはり驚くもんだよ。
しかしね、こいつは内緒だが、前を歩いてたフィリアは、ほんとはもっと驚いてたんだ。
ただまあ弟の手前があるからね、そいつは黙っておくことにしようか。
ともかく、ふたりの子供が館についた。
大事なことはここだけさ。




