【そして今の三人】
アナトールが最終的に弟を館から出すって選択をしたことに対して、まだ後悔の念を引きずってたある日のことだったよ。ふたりが館に来たのはね。
カゾットとシャルロット。
明るいと言えば聞こえはいいが、なんとも軽い性格の兄をしっかり者の妹がたしなめる。
そんな兄妹だったよ。
カゾットはこの時、十歳。館を訪れたときのアナトールと同い年。
青みがかった綺麗な黒髪してね。暗い茶色い目をしてた。
シャルロットはひとつ違いで九つ。そのくせ、兄よりよっぽどしっかりしてたね。
こげ茶色の長い髪を三つ編みにして、真っ黒い、大きな瞳したかわいい子だったよ。
無粋だがまた言い足しとくよ。この時点でカゾットはまだ黒髪。銀の髪なんかじゃない。
ましてや、目隠しみたいな布きれなんぞ、顔に巻いちゃいなかったよ。
さて、年の近いアナトールと、面倒見のいいシャミッソーのおかげだろうかね。
ふたりは幸運にも、この館でこれといった怖い思いはしなかったように思うよ。
ただまあ、このふたりの決断の早さの原因がもしそれだったとしたら、考えようによってはある意味じゃ不幸だったかもしれないね。
カゾットが館に残る決断をしたのは、館に来てからわずかに二か月後だ。
ちょうど館での(変化)について、すべてを聞き終えたあとだったよ。
(変化)に対しては、普段はしっかりしてたシャルロットのほうが明らかに動揺してた。
ま、これも当然さね。
姿かたちがさて、これからどう変わってしまうのか。さらに、その先にはどうなるか。
自分が自分でなくなることに何の恐怖も感じない人間なんて、そうはいないさ。
だからこそ、カゾットは決めたんだ。
九年間一緒にいて、一度も見せたことのない妹のおびえた様子に、彼もまた(兄としてのプライドに負けた)のかもしれないね。
それに、心のどこかで思ってたんだよ。
こんな自分が家に戻るより、ちゃんとした妹が館を出たほうが有益だろうって。
しかしさ、皮肉なもんだよ。
実際はそう考えてる時点で、カゾットもほんとはしっかり者なんだ。
見た目や態度は別にしてね。
だからって、この選択が間違ってたなんて言うつもりはないよ?
加えて言うなら、正しいとも思わないがね。
しかし、ちょっと決めるのが早すぎたんじゃないか。そんな風に感じるだけさ。
こういうのを老婆心て言うのかい?
と、まあいろいろあったがね。最終的には館は三人に落ち着いた。
アナトール。カゾット。シャミッソー。
それから四年。館は彼らに何を与え、何を奪ったか。さあ、ようやくに本題だ。
すまないね。とんだ長話につき合わせちまって。まったく、これでようやく本題なんだ。
悪いけど、お茶でも飲んでゆっくりしておくれ。
あんたにゃ気の毒だが、話はまだまだ終わらないからさ。