【長話のはじめ】
「私とシャミッソーが出会ったのは、そう、ちょうど君らとよく似た状況だった。彼はとても親切でね。私たち兄弟……ああ、この館には私と弟でやってきたんだ。私と弟を本当によく面倒みてくれたよ」
「弟さん……?」
ここではフィリオに代わってフィリアが質問した。すでに場の空気は変わってたからね。聞きやすかったってのは確かだよ。
「そう、弟。私がここに今いることで分かるだろうが、私たち兄弟は弟が館を出る選択をした。正直ひどく悩んだが、最終的には私が兄としてのプライドに負けた感じだね」
アナトールのこの言葉は、ひどくフィリアには重たく感じたよ。
なんせ立場がやたら似てる。気持ちもよく分かる。
それだけに、(プライドに負けた)って表現が痛いくらいによく分かったのさ。
「さて、私たち兄弟が決断に至るのにかけたのは約一年。それからずっと彼は私の世話を焼いてくれた。今から数えると、もう三年くらいにはなる。この館で無事に四年間を過ごせたのは、間違いなく彼のおかげだ」
と、ここでまた疑問だよ。
フィリアは少し頭の中で計算してから、抱いた疑問を口にしたね。
「あの……アナトールさん」
「うん?」
「……アナトールさんって、今、いくつなんですか?」
アナトールは一瞬、テーブルを無意識に指で軽く叩きながら、少し計算してたよ。
そして言った。
「ここに入った時がちょうど十歳だったから、もうすぐ十四になるかな」
この答えには、フィリオもフィリアも危なくひっくり返りそうになったよ。
十四歳。口で言うのは簡単だね。
しかしさ、それがどう若く見積もっても二十は軽く過ぎてるようにしか見えない人間だとしたら、ただ単純にサバを読んでるってだけで済む話じゃあないだろう?
するとさ、自分の答えに混乱しているふたりの様子を見てか、アナトールは補うように話を続けたよ。
「これは昨日話さなかったことなんだが、この館の中ではどうも肉体の成長……いや、成長はあまり適切な言い方じゃない。あえて言えば(変化)だ。それが異様に早いんだよ」
この答えについちゃあ、今度はふたりして背筋が凍ったね。
フィリオもフィリアも、ほぼおんなじこと思ったよ。
(急がなくっていいとか、時間は気にしなくていいとか、全部うそじゃない!!)ってさ。
だけどね、そこはアナトールだ。ちゃんと理由は用意してたよ。
「変に心配させてしまったかもしれないが、そう怖がらなくていい。(変化)はそうすぐには起こらない。そうだね、私がシャミッソーから聞いた話と実際に弟と過ごした時間を思い返しても、まず(変化)は一年前後経たないと始まらない。だから時間に余裕があるのは本当だ。少なくとも君たちは一年間、いろいろと考えることができるわけだからね」
アナトールの補足説明にふたりは少しばかり安心したね。
が、だ。次いで発したアナトールの言葉が、ふたりの安心をまた切り崩したよ。
「ただし(変化)は一度始まると早い。私を見ても分かるだろう。たった四年でこのありさまだ。だから覚えておいておくれ。どんな選択をするにせよ、それは一年以内だ。それを過ぎれば最悪の場合、ふたりとも館に残らなければならなくなる可能性もある」
フィリオとフィリア。今日も朝から緊張の糸を張ったり緩めたり。
起きたばかりでもう疲労困憊さ。
まったく、アナトールも別にいじわるで言ってるわけじゃないんだが、こういうのは逆に自覚無くやられるほうが厄介なもんさね。