【食事のあと】
食事が済むと、アナトールがまた口を開いたよ。
「さてと、満腹になったかな? おふたりさん?」
まあ、この質問は愚問だったけどね。
フィリオもフィリアも腹に詰め込みすぎた苦しさで、椅子にもたれてたんだからさ。
聞くまでも無い質問とはこのことだろうよ。
「アナトール。あまり意地悪をしたらいけないよ。ふたりをごらん。どう見たって今返事をしたら、言葉の代わりに詰め込んだ食い物がわんさか出てくるよ」
相変わらず席にも着かず、オレンジでお手玉始めたカゾットが笑いながら言ったね。
アナトールといえばさ、少々腹立たしげな風になってたが、それもまた当然だ。
(物も言いようで角が立つ)ってね。
正しいことでも、言い方ひとつで無用に人を怒らせることもあるのさ。
と、また話がそれちまった。
いけないね。すぐに話が横にいっちまうのは、私の悪い癖さね。
ともあれさ、ふたりが満腹なのは承知したアナトールは、カゾットのからかいは忘れることにして、こう続けたよ。
「それじゃあ、今日はもうゆっくり休むといい。寝室に案内しよう」
そう言って、やおら席を立つとさ、ドアの前までやってきた。
ひとつの部屋にひとつのドア。さっきの話がフィリオとフィリアの頭ん中でよみがえる。
「寝室はベッドがふたつの部屋にしよう。それとベッドの上には寝巻きを。着替えは明日の朝、目が覚めたら私を呼んでくれ。衣裳部屋に案内するよ。それが終わったら朝食だ」
きっちり予定を決め付けてさ、アナトールはドアを開けたよ。
するとはい、お見事。言ったとおりのお部屋がお出ましだ。
ベッドがふたつ。それぞれのベッドの上に寝巻きもある。
家のベッドとは大違いなのは見ただけで分かる、上等のベッドだよ。
「さあ、ではフィリオにフィリア、ふたりともお休み。今日は本当にお疲れさま。明日は好きなだけ寝坊するといい。ここでは時間を気にしなくていいからね」
言われてふたりは席を立つと、ヨタヨタとおぼつかない足取りでアナトールの開けたドアへ向かっていったよ。腹がきついのもそうだが、それ以上に張り詰めてた気が緩んだせいで、どっと眠気が襲ってきてたことのほうが大きいね。
少なくとも、とって食われるようなところじゃないと感じたせいで。
それに思ったより連中が普通だったってのも安心させられる理由になったろうさ。
そう、見かけを除けば、ほんとに普通だよ。
「アナトール。ひとつ大事なことを話してないよ」
またクスクス笑いでカゾットが言い出した。
「大事なこと……? ええと、風呂のことかい?」
「残念。近いが惜しい」
「?」
「ふたりがトイレに行きたくなったら、どうするのか考えてたのか?」
はっとした顔するアナトールを見て、またカゾットは大笑い。
態度さえ別にすりゃあ、ある意味アナトールより気が利く奴なんだが、まったく欠点ていうのは補うのが大変さね。
「あ……気がつかなくてすまない。ふたりとも、これも気にせず私を呼んでおくれ。いつでも構わない。私がもし寝ていたらカゾットかシャミッソーが代わりに案内してくれる」
「別に私は構わないけど、せめてそういうのは本人に確認してから決めてもらいたいね」
寝室へ向かうふたりの背に、カゾットの楽しげな笑い声がドアを閉じるまで響いてたよ。