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figlio figlia  作者: 花街ナズナ
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【ひとつの部屋、ひとつのドア】

部屋に入ると、先に食事を始めていたカゾットが意外な効果を発揮したよ。

なにせ得体の知れない館とはいえ、人様のうちで食事となるといろいろ遠慮が出る。

まあ、これはその子がそこまで気のつく賢い子であることが前提だがね。

そしてフィリオもフィリアも、困ったことにふたりとも賢い子だったのさ。

下手をすると、遠慮してなかなか料理に手をつけられないところだったろうが、そこにきてカゾットの性格がいいほうにことを転ばせたよ。

「そら、フィリア!」

急に声をかけられ、びっくりしたのもつかの間、いきなり目の前にパンを投げつけられたフィリアは、とっさにそいつをつかんだね。

すると席にも着かず食卓の食べ物に手を伸ばしては口へ放り込むカゾットが目に入った。

こっちを見てニヤニヤしながら。

「村じゃ見たことも無いだろ。白パンってやつだよ。柔らかくてうまいよ? ほら、席なんてどこでもいいから好きなものがあるとこに行って、好きなものを好きなだけお食べ」

こういうのがひとりいると、安心することもあるもんだよ。

さすがにこれほどの無遠慮が通るなら、ごく普通に飲み食いする分には自分たちは変な遠慮をしなくて済む。そういう計算は常々、賢い子はしてるものさ。

気が楽になったふたりは、仲良く隣り合った席に座ってさ、フィリアはカゾットが投げたパンを半分にちぎると、一方をフィリオに渡したよ。

食卓は豪華だったね。ふたりの家の貧しさを理由にしても、そりゃほんとに豪華だった。

実際カゾットの言う通り、白いパンなんて初めて見たよ。

柔らかくて、ふわふわして、まるでウサギでも捕まえたみたいな手触りだった。

並ぶのは歌の通りの品物。

キャベツとニンジン、白インゲン豆のスープ。豪勢に、肉まで入ってる。

カゾットに渡されたのと同じ白パン。

ライ麦で作った黒パンとは比べ物にならないほど柔らかく、よい香りのパンだよ。

これを食べたら、とてもじゃないが、もう黒パンなんぞ食えないだろうね。

そして暖かなミルク。

香りを嗅いだだけで、胸がとろけそうになるほど、たっぷりと蜂蜜が入ったやつさ。

実際にはその上、ほんの少しバニラの種が入ってた。子供にはたまらないだろうよ。

そのほかにも料理の皿はいくつもあった。

ジャガイモと腸詰のソテー。ソラマメ入りのパンケーキ。

塩漬け肉の中心に、チーズと刻んだ玉ねぎを詰めて焼き上げたもの。

新鮮な果物も山とある。リンゴにオレンジ、白ブドウに野イチゴ。季節を疑う品揃えさ。

「カゾット、いつも言ってるだろう。いくら好きでも果物ばかり食べてたら体を壊すぞ」

いつの間にか席に座っていたアナトールが、食卓をぐるぐる回りながら果物ばかり口にしているのをとがめたよ。でもさ、

「はいはい、お父さん。私の健康の心配までしてくださってありがとう」

気にも留めずに冗談を言いながら、カゾットは笑って野イチゴを口に放り込んでたね。

カゾットが話を聞かないと見るや、アナトールは諦めたように両手を小さく挙げると、今度はフィリオとフィリアに話しかけたよ。

「ほら、冷めないうちにおあがり。そう、まずはミルクをひとくち飲むといい。それで食欲がぐっと出るはずだ」

なるほど、カゾットは冗談でアナトールを(お父さん)と呼んだがね、実際アナトールときたら、ほんとにお父さんみたいなところのある男だったよ。

気を回されたフィリオとフィリアは言われるまま、暖かいミルクに口をつけた。

するともうたまらないね。言われた通りさ。

今まで血が通ってなかった腹ん中に、ぐんぐん血が巡ってくる。

そうなりゃもう、辛抱なんて無理ってもんだ。

ふたりは最低限の節度を守りつつ、片っ端から食卓の料理に手を出し始めたよ。

そりゃそうさ、実際、腹ペコだったんだからね。

そして、その様子を見て一番安心したのはアナトールさ。

まったくカゾットも、お父さんとはよく言ったもんだよ。

さて、まあいろいろとあったがね、とりあえずふたりがそれなりに落ち着いてくれたと判断したのか、アナトールは静かに話し始めたね。

「時に、フィリオにフィリア。これからちょっと大切な話をしよう。食べながらで構わないからよく聞いていておくれ」

ふたりとも一瞬、アナトールの声に手を止めたけど、言葉の最後を聞き届けて、再度手を動かし始めたよ。もちろん、聞き耳はちゃんと立ててね。ほんとに、利口な子たちさ。

「この館は常にひとつの部屋にひとつのドア。そういう造りなんだ。どうなってるのかについては聞かないでおくれよ。それは私だって聞きたいことだからね。とにかく、ひとつの部屋にひとつのドア。これは絶対だ。どんな部屋へ入ったにせよ、ドアは必ずひとつ。ふたつはありえない。ここまでは分かったかい?」

フィリアは口にパンケーキをくわえながらうなずいた。

フィリオは口にミルクの器をつけながらうなずいた。

無論、見事にこぼしたよ。

これには、カゾットは大笑い。アナトールですら、小さな笑いを漏らしちまったね。

カゾットが気を利かせてフィリオへナプキンを渡してると、アナトールは話を続けたよ。

「それでだ。じゃあどうやっていろいろな部屋へ移動するのか。疑問に思うだろ?」

今度はふたりとも慎重にうなずいたよ。

フィリオはべとついた口元を拭くのに手間取ってたけどね。話はちゃんと聞いてたさ。

「方法自体は簡単なんだ。ドアの取っ手を握り、行きたい部屋を頭に浮かべる。そしてドアを開ける。たったこれだけ。それだけで好きな部屋にいける。ただね、これには多少、練習が必要だ。実際にやろうとするとなかなか考えというのはひとつにまとまらないものなのさ。だからね、慣れるまでは必ず私を呼びなさい。どの部屋にいるときでもいい。一言だ。私の名を呼びなさい。ちゃんと聞いて、すぐに君たちのところへ来るよ。だからそれまでは絶対に自分たちでドアを開けたりしないでおくれ」

話を聞き終えると、その内容の重大さに気付いたフィリアは、今度は姿勢を正してはっきりとうなずいたよ。フィリオも一応うなずいた。

ただ、こっちはあまり話を理解してるか、少し心配だがね。

その時さ。フィリアがふと妙なことに気がついたのは。

しばらく自分たちが食べるのに夢中で、周囲のことなどほとんど見えてなかったけど、変なことに気付くときってのは、ほんとに急に気付くもんさ。

「あの……アナトールさん」

「ん?」

「どうして、シャミッソーさんは、食事に手をつけないの?」

「ああ……」

フィリアの指摘に、アナトールは溜め息みたいな返事で答えたよ。

そう、確かにシャミッソーは食事に手をつけてなかった。

というか、頭から麻袋を被った男がどう食事するかもなかなか想像すると面白そうだが、アナトールの様子はそういった冗談が通る空気を出してはいなかったね。

席につき、ただ目の前の料理をながめているだけのシャミッソーへ顔を向けると、アナトールは少し寂しそうな調子で話し始めたよ。

「シャミッソーは……もう食事をとる必要が無いんだよ。彼は(時期)が近いからね」

「時期?」

「……それについてはまた今度。覚えることは日にひとつで十分だ。とにかくあせらず、ひとつずつ。時間はたっぷりあるからね」

フィリアの質問をぷっつりと断ち切るみたいに、アナトールはここで会話を終わらせた。

まるで聞かれたくないことでも聞かれたみたいな様子でね。


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