5日目
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昨日エリスと遊んでいる最中にダンジョンに入って来た侵入者は冒険者ではなくコカトリスという鶏の魔物だった。どうやら迷い込んできたらしく、敵対意識は特になかったようなので、スライム達には手を出さないように厳命し、コカトリスの好きにさせた。迷い込んできたコケトリスは2羽で、ちょうど番らしく仲睦まじくダンジョンの入り口で互いの羽を繕っていた。外は雨が降っていて雨宿りのつもりだったのかな。残念なことにダンジョンの魔物でないからコカトリスの言葉がわからないので、そっとしておくことにした。
そういえば、コカトリスって鶏見たく穀物を食べるのだろうか、それともファンタジーよろしく肉を喰うのだろうか。
選ばれたのは雑草でした。いや、正確に言えば雑食なのかな。特に何かすることもなかったので寝ながらコカトリスの様子を観察していると、雄の方がダンジョンの隅に生えていた草に向かって息を吹きかけ、雌の方がその間に体の中にため込んでいた石を吐き出していた。雌が吐き出した石はどこかで拾ってきたものというよりはどこかからか取ってきた肉を吐く息で石化させたもののように思えた。雄が息を吹きかけた草はぽろぽろと石になって自重に耐えかねて根元からぽっきりと折れた。雄がそれを嘴で咥えると雌が用意した石のところに運び、夫婦仲良くそれらを分け合って食べていた。
僕はそれを見てなんだか羨ましく思えた。人恋しい気持ちになった。
だから僕は、モモの体を胸に抱いて夜を過ごした。僕の気持ちに気付いたか否かわからないが、モモはされるがままだった。
次の朝。
僕はいつの間にか眠りについていたことに驚き、目の前にモモがいることに軽く驚いた。あぁ、僕はモモを抱き枕にしていたんだなと。こんな僕に人恋しく思う気持ちがあることに驚きを覚えた。前の世界だったらきっとありえなかっただろう。この世界に来たせいなのかな。
さて、これから昨日捕まえたポニーテールの女の子、ミリンの調教を行おうと思ったのだが、先に唯一の男:サトウに会いに行こうと思う。ミリンはもうここから出すつもりはなく、このまま魔物化してしまおうと思っている。だからこそ、ミリンに関して焦る必要はない。
しかし、問題はサトウの方で、正直このまま捕まえておく理由がない。それじゃあ、殺してしまえばいいじゃんと思うんだが、せっかく生け捕りにしたのだから殺してしまうのはなんとも忍びない。もっとも殺人は禁忌だと小さい頃から教え込まれてきたせいか、どうにも異世界に来たからといって容易く殺人ができるほど僕は壊れちゃいない。そういうところはまだまだ僕は人間の範疇だ。僕のクラスメートたちはどうなのかな、そのところ。
それはさておき、だからといってサトウに何を施すか、という点が問題になる。あー洗脳でもしてダンジョンの呼び込みでもさせれたらな。ダンジョンからの生還者という点で、結構このダンジョンの名前を売るにはもってこいの人材なんだよね。でも、下手に名前を売って強い冒険者でも来られたらあっさり負けてしまうな。その塩梅が難しい。うむ……
そうだそうだ、自分の能力を確認しておくのを忘れていたよ。
この世界に来てからというものの、毎朝のように自分の能力について確認するようにしている。ダンジョンマスターとしての能力なのか、自分の『ステータス』が確認できるようになった。『ステータス』とは、自分の各能力・職業・技能などを数値化や文章化して脳裏に表示するスキルである。これは自分の配下の魔物たちにも適応できるが、配下でない魔物や野生動物、そしてやって来た冒険者には表示できなかった。
俺の『ステータス』に表示される能力値は至って普通で、男子高校生ならばこれくらいであろうという値だった。良くも悪くも平均的な人間だったからな、僕は。職業は学生ではなくダンジョンマスター。これは当たり前だね。
で、スキルの欄には『ダンジョンマスター』と『初等魔法技能』があった。そもそも職業とスキルが一緒っていうのも微妙な感じがするが、これはダンジョンに関する様々なことができるってことだろう。このスキルには名前こそあれど、それがなんなのか全く説明がないため、スキルの使い方は自分で見つけ出さないといけない。古いゲームみたいでわくわくしてくる。『初等魔法技能』とはその名の通り、簡単な魔法が使えることで、魔力を扱える者ならば当たり前に持っている技能のようだ。手の平に水の塊を出したり、そよ風を吹かせたり、はたまた握ったものを温めたり。そんな日常生活に役立ちそうな簡単な魔法だった。
さて、いつものように何か変化ないかなと思いながら『ステータス』を見ていた。
能力値は、支配力が1上がっていた。にしても支配力とは何なのだろうか……
そして、スキル欄を確認すると今まで変化がなかったそこに追加されたものがあった。
『侵食』、と。
せっかく手に入れたスキルはぜひ試してみたい。試しに外から拾ってきた石にただ『侵食』を掛けてみても変化はなかった。これは何なのかとか思いつつ、せめてぼろぼろに風化してら面白いのにとか思いつつ『侵食』を掛けたら、石は海風に長時間晒されたかのようにぼろぼろになった。えっと、これが『侵食』の効果か。自分の思い通りになるってことなのか、だとすれば強力なスキルだけれどそんなものなのだろうか。石はあっさりこうなったけど、『侵食』の言葉通り、いや漢字違いで浸食されただけではないか。
うむむ……
よし、実験しよう。
対象は処遇を悩んでいたサトウ。
これでいこう。
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実験結果は面白いことになりました。あぁ、実験最中は退屈で男相手だったから実際にどうだったか詳細は省くね。
様子を見に来た僕にサトウは最初抵抗して見せたけど、丸一日拘束されて逃げ出せないことをわかっているためかすぐに暴れるのは止めていた。
どうするつもりだだとか、ミリンやエリスはどうだだとか、つまんないことを喚くから僕は思わず蹴飛ばしてしまったよ。抵抗できない相手に暴力を振るうのはどうにも堪らない快感をもたらすよね。ゲームで高レベルのパーティで弱い敵を蹂躙するのと似ている感じがする。
まぁ、抵抗してくれると実験はやりやすいんだよね。
僕はまず『侵食』が思い浮かべたものに相手を変えると仮定して、実験を進めていった。
いろいろ試行錯誤して結果、『侵食』は“相手の領域を自らの領域へ『侵食』し、自らの領域にあるものを思い浮かべたものへ変化させる”能力だということがわかった。
まず、最初の段階で相手の領域を侵食するのだけれど、最初にやった石のようなものならばあっさり侵食できるのだけれど、人間相手だとなかなか上手く行かない。時間を掛けてゆっくりゆっくりやってようやく思考を『侵食』することはできた。しかし、肉体の方は今回は無理で、かなり長い時間を掛けないと無理っぽい。せっかくサトウを女の子にしてあげようと思ったんだけど、無理だったね。
次のプロセスの、自らの領域を変化させることも同様にかなり時間がかかりその上制約があった。元ある姿を基準としてそれより一定のボーダーラインを以てそれを超える様な変化はさせられないということだ。例えばサトウの思考にしたって、女の子に変化させようとしても無理なように、元あるものからちょっと外れたものには変化させられることがわかった。いわゆる催眠術みたいな感じだね。誤認ならばできるが、変革はできない、みたいな感じだ。
実際サトウに施したものは、このダンジョンに潜り魔物と戦ったものの命危ういところでなんとか逃げ出したという状況認識と、スライムに倒されてから次に目を覚ますまでの間の記憶消去を施し、その上体内に監視用のスライムを仕込ませた。これでサトウは何事もなかったように街に戻り、僕が窺い知れない外の様子を届けてくれるはずだからね。
今回の『侵食』の実験は概ね成功した。後は数をこなして確かなものにしていく他ないな。
『侵食』を施したサトウは眠らせて、スライム達に命じてダンジョンの外に運び出させた。目覚めたらきっと僕の目として動いてくれることだろう。ダンジョンマスターは基本的にダンジョンの外に出られない。だからといって外の世界を知らないでいいわけがない。外の冒険者のことはもちろん、他のダンジョンに関しても情報を集めなければならないのだから。
あーぁ、今日は疲れた。何度も『侵食』を使うのはかなり体力を持っていかれる。
今日はもう寝よう。
僕はモモを傍に呼んで、その柔らかい体を抱きしめて眠りについた。この感触は僕の心を落ち着けてくれる。これから毎日モモには抱き枕になってもらおうか。もちろんモモが嫌がらない限り、だけどね。




