気持ちの変化
あれから姫の部屋に入るのは、俺とメイドのウイナ、姫の付き人のハンだけとなった。
ウイナは同じ女性同士という事もあり、着替えや体を拭いたりなどをしてもらっている。
ハンは元々付き人だった訳じゃなかったらしく、薬師だったと聞いた。
昔の姫の話を聞く事が増えた俺は、やはり姫だけが特殊な王族なのだと知った。
ハンはまだ力の為に話す事ができない。
だが、この中で一番姫の事を知っている人物。
城を抜け出して薬を配っていたと聞き、アルゴナ国王族の中で、姫だけは評判がいいとも聞いた。
ハンの話を聞いていると、アミカ殿は昔から他人を思い遣る人だとつくづく思う。
城下町へ頻繁に赴き、力で病を癒し、薬を配り、泥水のような水を浄化する。
(それは民からの人気が上がるだろうな)
国王が貧しい民と同じ目線になる事は滅多にない。
スリカワス国王のマイク様とて、町に赴く事は殆どない。
赴く場合でも、休憩所などを設ける為や護衛などに金がかかり、頻繁に行えるものではない。
マイク様の顔を知らない民もいるだろう。
アミカ殿は護衛を連れて歩く事はなかったらしい。
髪と瞳を力で色を変えてたとはいえ、まだ子供のうちから町へと赴き、力で癒していたと。
一度でも力を使えば、王族だとバレる。
それでも構わずに力を使い続け、悪巧みした奴も現れただろうに、それでも毎回護衛を付けず、ハンを付き人にしてからはハンだけを連れて町へ向かっていたらしい。
ハンが姫と初めて会ったのは、姫が10歳の時らしい。
姫は17歳だからハンとは7年の付き合い。
その間、一度たりとも姫は傲慢な振る舞いをせず、付き人のハンの髪を結ったりもしていたらしい。
付き人にそこまでする主は聞いた事がない。
やるなら逆だ。
俺の中でも、姫に対する想いは変わった。
初めはあんなに憎らしかったのに、今はそれを恥じ、自分にできる事はしたいと思う。
俺のできる事など微々たるものだろうが。
あまり目を覚まさなくなった姫は、それに伴って食事を摂る事も減った。
見た目はもっと痩せ細り、たまに来る王子は痛々しい顔をして姫を見ている。
(本当に力を取り戻せるのか?)
その見た目は本当に病人にしか見えず、疑いが晴れない。
それはウイナも同じようで、俺が考えている事と同じ事を聞いてくる。
ハンだけは疑いもしていないらしく、甲斐甲斐しく姫の身嗜みを整えている。
そんなハンと姫を見ているのが日課となった俺。
でも、それを面白く思わないのか、ナクリが文句を言ってくるようになった。
「毎日毎日、どうしてそんな死にかけた姫ばかりを気にしているの!?
セルスは私の婚約者でしょう?」
姫の部屋にいる俺を見る度に、そう言って目くじらを立てる。
「つまらない嫉妬をするな
姫は17歳だぞ?」
「だから何?
立派に恋愛できる歳じゃない!」
いつもヒステリックに怒鳴る。
そんなナクリが、次第に鬱陶しく感じてきた。
姫はまだ17歳なのに、しっかりしている。
スリカワス国の為に親を止めると、言ってくれた慈愛に満ちた女性。
もう25歳なのに、いつまでも子供のように我儘を言うナクリ。
どうしても比べてしまう。
そして、それを自覚するのと同時に、俺の中で姫の存在が大きくなる。
元々ナクリに恋愛感情はない。
未だ妹としか見れない。
でも、それを悟ったのだろう。
つくづく、女の勘は怖いと思う。
ナクリはとんでもない事をしでかした。
ナイフを手に、姫の部屋へと押し入った。
ハンはあんな細い体をしていたのに、少々の護身ならできたらしい。
ハンに取り押さえられたナクリを見て、俺はナクリに対する感情が冷めていくのが分かった。
すぐにナクリの父親へ連絡を入れ、ナクリをつき出した。
ナクリの父親も貴族。
第5部隊隊長で俺よりもかなり偉い立場。
だが、今回の事は怒り任せに冷淡に対応した。
「貴方の娘が、姫を殺そうとナイフを手に部屋へ押し入りました
姫の付き人が取り押さえたから良かったものの、下手したら今すぐ戦争になっていましたよ
この責任、どうとるおつもりですか?」
ナクリの父は目を瞠って娘を見ていたが、連帯責任を取るのが嫌だったのか、あっさりと切り捨てた。
本当に親子なのかと疑いたくなる程、簡単に。
未遂とはいえ、国を危険に曝す行為をしたナクリは牢に入れられ、俺は婚約を破棄した。
流石に犯罪者を婚約者にさせておく事はできない。
ナクリの父も了承した為、婚約破棄は簡単に終わった。
ナクリの父は貴族間で立場を危ぶまれたが、縁を切っていた娘だと宣い、今も貴族の地位に就いている。
暫くして、ナクリが牢の中で命を絶ったと聞いた。
悲しみを感じず、涙も出なかったが。
そんな間にも、期限は近付いてくる。
でも、姫は益々痩せ細り、回復しているようにはどうしても見えない。
たまにくる王子はいつも悲壮感を漂わせている。
最近、姫が目を開けるのは五日に一度。
少量の粥を食べたかと思うと、また眠りに就いてしまう。
話す事もない。
笑顔を見せる事もない。
ずっと眠りっぱなしの姫は、一体何を思っているのか……
穏やかな表情で姫の髪を梳くハンは、一体何を思っているのか……
待つだけしか出来ないのが歯痒い。
俺に出来る事は、それ以外に何もない。
とうとう明日、期限の日を迎える。
夜に目を開けた姫は、その見た目からは想像できない程俊敏に起き上がった。
そして、目を瞑り、手を合わせる。
眩い光を放ち、直視できない。
暫くして、そこには先程までの外見の眠っている姫と、元気そうに立っている姫がいた。
「これは人形です
あの人の目まで欺けるかは分かりませんが、時間稼ぎにはなるかも知れません」
今まで話す事のなかった姫の言葉。
ハンはそんな姫の様子に涙を流している。
「ハン、遅くなってすみません
封印を解きます」
手をハンの喉に当て、力を使っているのだろう、髪が揺れている。
「アミカ様……」
ハンの言葉に、封印が解けたのが分かった。
「この人形を持って城へ向かって下さい
私の事は御付きの者として連れていって下さい
ウイナさん、メイド服を貸して下さい」
姫の言葉に頷く。
勿論ウイナも。
「私も連れていって下さい」
ハンの言葉に、首を振る姫。
「ハンが城に捕らえられていたのは、私のせいです
もう私の付き人として側にいなくていいんです
これ以上迷惑をかけたくありません」
「私はアミカ様の付き人です
それは自分で望んだ事です
強制された訳ではありません」
だが、ハンはそれを受け入れない。
「私の主はアミカ様だけです
アミカ様のいる場所が、私のいる場所です」
意志は固そうだ。
姫はそれ以上何も言わず、暫くして頷いた。
「明日、総てを終わらせます」
そう宣言した姫の言葉の真意を、理解していたのはたぶんハンだけだったのだろう。




