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第二章:奇想天外

「…………」


「あの、湖城こしろさん? それってどういう……?」

 先輩にとって少々痛いであろう沈黙を破り、北城ほうじょう先生が思案顔で呟く。

「いい質問ですね、先生! ではまずみんなに質問っ! CPとはなんだか分かる?」

 CP……? カップリングの略だったような気がするが。意味は不明だ。

「CP――それはカップリングの略よ。あたしたち生徒会が、学校内をお化け屋敷に改造したの! 要するに、校内を男女ペアで回って、このスタンプシートにスタンプをポンって押して来ればいいのよ。簡単でしょっ?」

 正直、予想の範疇だった。

『おお~っ‼』

「うん、いい反応♪」

 皆想像はついていただろうに、先輩を傷つけることの無いよう、目を輝かせている。

 湖城先輩は反応に満足したように、音符マークを浮かべた。

「勿論お化け屋敷では叫んでも何でもしていいわよっ! 声が通らないように壁に加工を施してるの。あ、でも、装置を破損しないでね? 生徒会の傑作なんだから」

『はーいっ‼』

「じゃ、適当に男女ペア組んでちょうだい‼」

『はーいっ‼』

 皆、ざわざわと異性を誘い始めた。

 ふぅ。どうせ僕が入る隙など無い。人種が違いすぎるのだ。

「僕は一人でいいや……ぁぁあ⁉ 汐莉しおり!?」

「何よ人を化け物みたいに……。それより陽向ひなた、ペアどうするのよ。逃げるつもりなら、そうね……それなりの代償を払わなきゃね」

「いやいやいや、僕とは違う世界の人達とペアなんて組めないよ‼ 言っとくけど、誰を紹介されても誘えないからね⁉」

 僕が顔の目の前で手を勢いよく振りながら言うと、汐莉は眉を吊り上げた。

「紹介、ねぇ……。私がわざわざ他の人を紹介して競争相手を増やすとでも? 陽向、私薄々感じてたんだけど、あんたってホントに鈍いし馬鹿だし阿呆だし……」

「ええぇ⁉ 君は何故なにゆえいきなり罵倒するの⁉ 僕何かした⁉」

「はぁぁ……」

 そして大きな溜め息まで吐かれた。

 理不尽極まりない。

「あんた、周りが見えてないわけ? 陽向の周りに一人、フリーの女の子がいるじゃないの」

「城ヶ崎さん?」

「殴るわよ。そして何で即答なの」

 いやだって汐莉の後ろにいたし……男子たちが今ジャンケン大会開いてるから実質フリーだし……殴られる筋合いあるの?

「言い訳としては、現在フリーだからだよ」

「……本音としては?」

「可愛いからだよ」

「あーもう泣きたくなりそうだわ……私が何回ラブレター貰ったか知ってる?」

「知る由もない。分からないよ」

「五十回はあるわ。――他には?」

 なぜかドヤ顔で汐莉は僕に尋ねた。

 他とな? えっと……名前が出てこない……誰だっけ……? 僕の隣の――

「えと、彼女は?」

「……このアピールでも反応無いのね……」

「『彼女』ではない。私は茅野かやの 玲子れいこ……私に何か用か? 私は面倒なのでフリーで通そうと思うが……」

「あ、いえ、何でもないです……」

 美人なのに……誰とも組まないとか勿体ないなぁ……。

「……そこをなんとかお願いしてみようかなぁ……」

「何言ってんの馬鹿……ほら、とにかく早く組まなきゃ。私とでいいでしょ?」

 いや、僕も汐莉と組めたらいいな、とか思ってたけど……今後ろに勇気だして誘おうとしてる男子陣を華麗に無視したよね。

「てか汐莉、フリーだったのか。男子に囲まれてるからてっきり既にペア組んでるかと……」

「……私の方を全然見てなかったのは、その所為だと思いたいわ……」

「え?」

「なっ、別に……ほら、行くわよ‼」

「へいへい」

 ――生徒会一同のお化け屋敷大会が今、開会した。


 ☑


 四月七日、午前十一時十五分――。

 現在地、私立花宮学園高等部音楽室。

「あーもう……汐莉大丈夫? 生きてる?」

「大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫…………」

「ダメだ、目が死んでる。汐莉、生還してくれ……」

 僕ら『神無月かんなづき青樹あおきペア』は今、音楽室から退出を試みていた。

 試みていた、というのは、室内が暗闇で出口が見えないからだ。

 持っているのは懐中電灯のみ。僅かな光を頼りに進むしかない。

 時々ピカッと雷のように光る光線が出てきたり、人が電灯を顔の下から照らしていたりするのだが、今は音沙汰がない。正直、何処どこかが光るのを待っているのだが。

「ねぇ陽向……携帯持ってる……?」

 汐莉が震える声で僕に問う。

「持ってるけど……使用禁止だ」

 規則は順守しなければならない。

 僕の携帯は黒くてディスプレイ型で、汐莉が去年誕生日にくれたものなのだが、なぜか奇妙な機能がついていた。

 暗い場所でも問題なく見える高性能カメラ、周りの人の現在地が手に取るように分かるセンサー機能など、とにかく用途がよく分からない機能の付いた携帯端末なのである。

 とどのつまり、ここでは有利な機能なわけだが、規則に違反する気もないし、第一そんなものに頼っていてはいけない。ということで、携帯は出さないということに決めた。

「きっ、規則が何よ。私は私の規則に従い、その規則は私が決めひぃぃぃ……」

 気の強そうな台詞を吐こうとしたところでベートーベンの肖像画が光り、血の涙を流したベートーベンの姿が露わになった。

「汐莉って優等生じゃなかったっけ……?」

「別に良いじゃない。規則に縛られる私じゃないって言いたかっただけ。あと完璧みたいに言わないでよ。私、私はねっ……陽向みたいにできない……自分を……」

 何か言おうとしたみたいだが、語尾の方のボリュームが小さくなり、言葉は闇に消えた。

「な、何か足音が聞こえる……!」

 言われてみれば、確かに小さな音が聞こえてきた。

「大丈夫だよ。別に――」

「……あっ、青樹君ですよね⁉ よかったぁ、知り合いがいて……」

「ひぃぃっ!」

 いきなり城ヶ崎じょうがさきさんが暗闇から現れ、汐莉が本気で気絶しそうになった。

「ああっ、すっ、すみません‼ 大丈夫ですかっ⁉ ご、ごめんなさいぃぃ……」

「ありがとう……大丈夫」

「ははっ」

「なっ何がははっ、なのよ」

「あ、いや、汐莉も普通の女子なんだなって思って」

 いつも殴られてばかりだから、気付かなかった。

「……ふぅん……」

 小さく声を吐きだした汐莉は、見なかった事にしよう。

「それはそれとして、僕、名前名乗りましたっけ?」

 そう。僕は城ヶ崎さんと話したことが一度もない。なのに憶えているなんて、凄い記憶力だ。

「あ、ええっと……自己紹介の時に、聞きました……」

 目を合わせず、躊躇ためらいながらも城ヶ崎さんは言った。

「記憶力いいのね。それとも、他に理由があるのかしら……?」

 汐莉が品定めするように城ヶ崎さんを眺める。

 そして、ふんっと鼻を鳴らして汐莉は呟いた。

「……陽向は……私の幼馴染よ……」

「な、何を言っているんです。私はっ……」

 何故だろう。二人の関係が修羅となりつつある。

「と、とりあえず、城ヶ崎さんのペアはどこにいるんですか?」

「それが……はぐれちゃったみたいです。ところで、ここのスタンプがどこにあるか知りませんか?」

「ああ、それならあそこに……」

 指さした場所は、モーツアルトの真下。

 まあ言うなれば、ベートーベンの隣。

「ひぁぁ……」

 汐莉が変な声を漏らす。

 と同時に、モーツアルトが笑った。

 普通に、笑った。

 ――――人が良さそうじゃないか。

「い、嫌です……無理です……神無月さんはどうやって行ったんですか……?」

「……な、何……? えっと……陽向に行ってもらったわ……神よ、ご加護を……」

「あ、青樹君……一生のお願いですのでっ……行ってください……」

「え、別に良いですけど、モーツアルトさん、人懐っこそうじゃないですか」

「アホかっ! どこがよ! どんな感性してるのよ‼ 早く行って早く出る! 廊下は安全よ‼」

 汐莉に一喝され、僕は速やかにモーツアルトの下に行った。スタンプを押し、肖像画に笑いかけてみる。すると、微笑を返してくれた。

「はい、城ヶ崎さん」

「あ、有難う御座います!」

 そんなにいいことをしたわけでもないんだけどな……と思ったが、口には出さない。

 結局、僕らは点いた明かりを頼りに音楽室を脱出することができた。


 ☑


「流石に広かったぞこれは……」

 十二時三十分。昼過ぎになって、僕らは体育館に無事帰還した。

 体育館の中はまだ人が少ない。スタンプシートがペアごとに違うため歩むルートも違うのだが、僕たちのルートは比較的簡単だったらしい。

「あっ、柏木かしわぎ君! どこにいたんですか? 探しましたよっ」

 突如、城ヶ崎さんは入り口に向かって手を振った。

 ドアの前に、一人の男子生徒が見える。

 無愛想な顔をさらに不機嫌そうにしかめ、柏木君とやらは、うんざりしたようにこの場から逃れようと僕らに背を向けた。

「待ちなさい柏木君。城ヶ崎さんの言っていることが聞こえないの? それとも、あなたのその耳は飾り物? ――どうせあなた、どうせ独りのところを城ヶ崎さんに救われたんでしょ」

 汐莉の相変わらずの口の悪さに、僕は苦笑いをするしかなかった。

 柏木君から一瞬怒りマークが飛んだように見えたが、すぐに柏木君は顔だけこちらに向け、呟いた。

「……城ヶ崎、俺は別にお前と組みたいと言ったわけではないし、そう思ったこともない。よって、お前のそのご厚意に感謝する必要性は感じられない。それに神無月、無駄な分析は止める事だ。お前のその有り余るような才能は学園の為にある――と言っても過言ではないのだから」

 二人に文句(称賛?)を言いながら、彼は体育館の扉に手をかけた。

「どこに行く気? 言っておきますが私は首席よ。居場所なんて日本国内にいれば所在資料室で分かるんだけど、まあとりあえず聞いておくわ。探す気なんてないし」

 所在資料室とは、生徒が身に着けている何らかのアクセサリーのようなものがGPSとなっているのだが、それの総合資料がある部屋らしい。教師と首席以外入れない部屋なので、勿論スタンプシートにも載ってなかったし場所は不明だが、噂では最上階に在るらしい。

「――帰る。お前が首席だということぐらい熟知している。入学式で散々称賛を浴びていたからな」

 僕らに背を向けたまま柏木君は呟き、そのまま出て行った。

 と、

「……うわぁん……嫌われちゃいましたぁ……」

 さっきから無言だった城ヶ崎さんがいきなり僕の制服の上着を引っ張った。人に率直な悪意を向けられるのは、純真無垢な心を持つ城ヶ崎さんには耐え難かったようだ。

「うっ、うっ……青樹君……柏木君に嫌われちゃいましたぁ……」

「城ヶ崎さん……」

 人に冷たく振る舞われただけでこの反応……一体城ヶ崎さんはこの日本の社会を生きていけるのだろうか。とても心配になる。

 自慢じゃないけど、僕だって嫌われてるように感じることはたまにある。

「全く……」

 いよいよ泣き出してしまった城ヶ崎さんの頭を、汐莉は優しく撫でた。

「……すみません……もう大丈夫です……このままだと、青樹君が私を泣かせたみたいに解釈されてしまいますので……大丈夫です……」

 城ヶ崎さんは、ミルクティーのような髪を揺らし、精一杯に笑って見せた。

 確かに周りの視線は痛い。

 だが柏木君の言い方も普通に酷いと思った。

 だけど僕は……彼と城ヶ崎さんの関係がクラスにも影響してくるなんて思ってもいなかった。

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