第一章:自由奔放
初めに。ここは歴とした学び舎である。
僕らは、これから自分達が通うこととなった学園に来ていた。
そこは……一言で言うと、『豪邸』。
だが、豪邸と言っても最近は色々な趣味の人がいるため、実際デザインは多種多様なのだが、まあそれは置いておくとして。とにかく、明治時代風のデカい建物――いわゆる東京駅のような建造物ものという表し方が一番正当である。
そんな建物を、僕ら二人はゆっくりと見回していた。
赤レンガのレトロな壁。
中世風の優雅な窓。
そして、この学園――私立花宮学園の立派な校旗。
……そう。僕らは聖域に足を踏み入れていた……いや。
セレブ学園という名の聖域へと、足を踏み入れようとしていた……。
「陽向、待ってよ」
……踏み入れることすらできていなかった。
「聞いてないよ汐莉! これじゃまるで僕が金持ちみたいじゃないか!!公立高校って言ったのは嘘!?」
「だって私、陽向と一緒に高校行きたかったから……もしかして、私と一緒の学園生活はイヤ? 充実したスクールライフを送らないと、人生楽しくないよ」
非・庶民に人生論を説かれる筋合いはない。
「その前に幼馴染に入学初日から暴行を加えられてるのが充実したスクールライフと呼べ(ゴキッ)ぎゃあっ!」
一瞬痺れるような痛みが走ったかと思うと、右腕の肘から下の感覚が消えた。
……ヤバい。相当ヤバい。関節外された。
「あ、ゴメン陽向(ゴキン)」
「ゴメンで済むなら警察が要るかっ!!!!」
汐莉がはめ直した所為で腕の痛みが再来した。
「いたいのいたいの、ひなたくんにとんでいけ~」
「僕に飛んできても意味ないって! 現状と何ら変わりはないじゃないか!」
「変なこと言わないで」
「その言葉、そっくりそのまま返してやる!」
――朝から幼馴染の神無月汐莉と大胆に口論をしている僕、青樹陽向は非常に困っていた。
……よし。ここで僕の置かれている状況を確認しておこう。役立つものがあるかもしれない。
僕が今いるのは私立校。しかもあの有名な花宮学園。※セレブ校。僕は異端者扱いされるだろう。社会的な死を遂げることとなる。
そして、僕の後ろには入学してきた同級生たちが迫ってきていた。なんという生徒の数だろう。まさに人の波だ。こんなところに巻き込まれると、現実的に踏まれて死す可能性が。
――つまり、結論を述べると、
「……死は、免れない……」
状況を見たところ、役立ちそうなものは何一つ無かった。
人生、終わったな……此処でまた儚い命が消えるのか……。
「陽向、だいじょぶ?死んだ魚の目してるじゃないの」
「汐莉が作り出した状況のお蔭で僕は死ぬ……」
「怖いこと言わないでよ。ほら、早く行くよ(バチィッ)」
「ギャッ!」
電撃により気を失った僕は、汐莉に引きずられながら校舎内へと侵入した。
☑
目が覚めると、保健室にいた。
僕が起き上がると、知らない人の声がした。
「目が覚めましたか、青樹君」
「あ、はい……」
目の前に現れたのは、知的な感じの和風美人だった。
ネクタイの色から同級生だと分かるが、そうとは感じないぐらい大人っぽかった。
初めて校風に合った生徒に対面した……。
「? どうかしましたか? わたくしが何か?」
まじまじと見つめてしまい、彼女が戸惑いの声をあげた。
仕草とか口調とかから、根っからのお嬢様的な雰囲気がする。そして、名札に書かれた『西園寺』という名前からも、いかにも金持ちな感じを受ける。
金持ちとは関わらない方が身の為だ。汐莉のような性格だと困るし。
「あの……、西園寺さん、なんで此処にいるんですか?」
とりあえず敬語で話しかける。
「それは貴方がいるからですわ」
「いや、だからどうして……」
「神無月さんに頼まれたのです。私がいない間、陽向を頼みます、と」
いや、そんな保護者みたいなこと言われても困るよね西園寺さん……。
――僕は幼馴染に呆れて言葉が出なかった。
「目が覚めたのなら、神無月さんに連絡したほうがよろしいかと思いますが、どうなされます? まだ体調がよろしくなければわたくしを使い走りにしてくださってもよいのですが」
そんな申し訳ないことができる訳がない。ましてや女子にパシリを頼むほど僕は非常識じゃない。
「……いや、僕が行きます。西園寺さん、ありがとうございました」
それにしても、この学園に真面目そうな人がいてよかった。
ドアを開けて保健室から出ようとすると、西園寺さんが僕を呼び止め、一礼して言った。
「……わたくしと保健体育の実習がしたければ、いつでも保健室においでくださいまし。青樹君」
…………僕はこの日、絶対に保健室に近寄らないと神に誓った。
☑
「皆さん、それでは自己紹介を始めましょうか」
一年二組教室――。
クラス担任である北城美紀先生の声が響き渡る。
自己紹介。今後の学園生活に影響してくる一種の行事だ。
「――では、一番右の城ヶ崎さんから順番に言ってください。あ、いえ、立つだけでいいんですよ」
気を張り詰めていた城ヶ崎さんが黒板の前に小走りで行こうとしたので、先生は慌てて止めた。
緊張して引きつった顔の彼女は、俯いて頬を微かに赤らめた。
なんというか、可愛い。
凄く、可愛い。
周りの男子生徒も同じ気持ちらしく、居心地が悪そうにもぞもぞしたりそわそわしたりぺろぺろしたり…………あ、約一名変態がいる。
「あああのっ!!二組代表の城ヶ崎ユイと申しますっ!!不束者ですがどうぞ宜しくお願い致しますっ!!」
城ヶ崎さんが一気に叫んだ。
なんか聞き慣れない言葉出てきたし……。
要領悪そうに見えて実は賢いんじゃないだろうか。一時間前の西園寺さんの時のように、見た目と中身は違う、みたいな?
「因みに、城ヶ崎さんはクラス委員長ですから、皆さんも協力してあげてくださいね」
『ええぇ……』
『すごっ……成績良かったのね……』
『マジかよ……震えてるぞ……? 大丈夫か……?』
『城ヶ崎さんマジ天使prpr』
口々に驚きと感嘆の声を漏らす級友たち。
てかみんな、いい加減ぺろぺろしてる奴にツッコんでやれよ。
「あ、え、ええっと……頼りないですが、改めて宜しくお願いします…………」
城ヶ崎さんがお辞儀をする。
と、
「……ホント頼りなさそう」
「う……」
突如、隣の席から声がした。
横を見ると、左手に包帯を巻いたツインテールの女子が頬杖をついて真っ直ぐ黒板を城ヶ崎さんを見ていた。
「あっ……えと……私ではない……この姫闇眼が……」
皆に振り向かれ、彼女は焦ったように左手を指さした。
……目が喋るらしい。てか何すかそれ。あ、
『『ただの中二病か……』』
みんな瞬時に正体がわかったらしく、一斉に呟く。
「な、それは我が同志の名称……主たちが何故それを……」
狼狽する彼女を痛い目でしか見られなかった。
「だ、だが私はっ、そんなことはない……中二病など克服してみせよう……」
彼女は赤い目を鋭く光らせニヤリと笑った。
……だが、彼女の頬を冷や汗が伝うのは確実に見た。
てかさっき『同志の名称』とか言ってたくせに、克服してみせよう、とか……。
「あのー……」
先生が恐る恐る声をかけた。
そういえば自己紹介の途中だったな。忘れてた。
「あら、もう残り十分なので、手短に済ませちゃいましょう。今日は専ら校内見学に向かいますから、遅れてもさほど差し支えはありませんけどね」
「「「はーい」」」
「では永谷君から……」
☑
「ようこそ、私立花宮学園高等部へ」
マイクで拡大された声が体育館に響いた。
入学式で見た頭頂部がすこーし薄い学園長が愛想のよさそうな顔で微笑んでいる。
「皆さんにはこれから校内を巡回してもらいま――」
「はいはーいっ! 新入生ちゃーんっ!! こっちだよ~っ!!」
学園長の淡々とした声を遮って、陽気な叫びが後ろから聞こえてきた。
皆一斉に振り向くと、体育館の二階とも言える部分……つまりギャラリー席にオレンジの髪の先輩が立っている。学園長の若干哀しそうな顔とは対照的に、眩しいくらいの笑顔だ。
ネクタイの色からして三年生の人だろう。
「あたしは生徒会書記の湖城アリナ。よろしくっ‼ この学園の現生徒会長に頼まれて新入生ちゃんの接待に来たよ~☆」
授業はいいんですか先輩。
「園長さんはもう仕事終わりね! 後はあたしに任せなさいっ!! そうそう、安心して理事長さんと飲みに行ってちょうだい!!」
既に動物園の園長扱い。なんだかこの学園の教師の立場が垣間見えた気がした。
てか学園長……飲むという単語にわずかに反応したな!?
「こ、湖城君、授業は……」
「じゅぎょ~? そんなつまんないの、はるっちにお休みにしてもらったよっ! それより、今日は新入生ちゃんたちにとある企画を提案しにきたのです!!」
「……奈津先生……生徒たちに甘すぎるんですよ……今度ゆっくり飲みながら話をしないと……」
完全に押され気味の学園長は、ブツブツと奈津先生とやらに文句を言いだした。本当に飲むのが好きだな……。
「あのぉ、行くのなら早く行ってもらえます?生徒が待っていますよ、学園長先生。ここは湖城さんに任せて、学園長は理事長と飲みに行くのが最善の道かと思われますが……」
「あー……もう……行けばいいんでしょ……みんなして追い出したがって……先生傷つくよ……?」
北城先生の一撃で学園長のダメージ20000。
学園長は泣きながらすごすごと退散した。
弱いのは教授陣じゃない。学園長なんだな……。
妙なとこで感心してしまう僕だった。
「さあさあうるさいのがどっか行ったところで、企画の提案を始めるね!企画のタイトルは……そうだなぁ――」
『生徒会主催! 祝・入学、CPスタンプラリーお化け大会‼』
意味分かんなかった。