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蓼食う虫  作者: 園田 樹乃
番外
7/7

men's talk3

 締めのうどんまで食べつくし、『婚約祝いだ、貴文は払うな』と大人3人が会計をして。

『電車の連絡が悪くなるから俺は帰るよ。今夜は、ご馳走様でした』と貴文が帰ったあと。 

「もう一軒いきますか?」

 というRYOの言葉に大人たちは、彼の行きつけの店に流れた。


「で、桐生さん。”あれ”はなんだったんです?」

 ウィスキーのロックと烏龍茶。それぞれの注文が揃ったところで、やはり納得していなかったRYOが、さっきの店から引きずってきた質問を達也に投げた。

「その前に、ちょっといいか。なあ、ジンよ、お前、貴文の雰囲気が高校ぐらいから変わったことに気づいていたか?」

「雰囲気ですか?」

 達也の質問に、JINが考える。

「若干、遠慮がちな気はしてましたが……美紗が結婚したせいかと。すいません。タカが高校に上がるころは正直自分のことで一杯で、細かいところまでは見てませんでした」

「そうか。活動休止をしていた時期か」

「はい。すいません」

「いや、謝らなくて良いけどな」

 一口、酒で口を湿らせて達也が言葉を続けた

「貴文が高校一年生のころか、沙織が言い出したんだ。時々意識を切り替えて一歩ひいたところから周りを観ているようなことがある、とな」

 達也の口から出た義姉の名前に、JINは心の奥底を見透かすような彼女の眼を思い出した。

 ── さすが、義姉さん。高校生男子なら、親に見せないことも増えてくるだろうに。よく観ている

「意識の切り替えって」

「そうだな。テレビカメラが、主観から客観に切り替わる感じって言ったらわかるか? 自分も含めて、登場人物全体を俯瞰で見ているような感じだろうと、俺たちは思っている」

「それは、最近でも?」

「今日もしていた。つまり、十年近くやっているわけだ。その気で見ていると、向かいに座っているお前らの視線が外れると、フッと意識をずらすようにして場を見ているのが判るんだ。沙織は、『昔の美紗の感じに似ている』と言うんだが、美紗ちゃんの人嫌いを知っているお前は何か気づいていていたかと思ってな」


 ── これは、確かにあの席では話せない話題だ

 ひっそりと横で話を聞きながらRYOは思った。

 その間も二人の話は進む。

「それだったら、美紗のような拒絶がない分、お義姉さんが人を見ている眼に近いのではないですか」

「いや、沙織のは観察。本人の趣味みたいなもんだし、むしろ一歩近づく。貴文のは距離を置く分、値踏みに近い気がするんだ」

 値踏みですか、と達也の言葉を繰り返し再びJINが考え込む。

「どこまで近寄らせるかを判断するために、観ている、のか?」

「美紗ちゃんはなかったか、それは?」

「あいつのは他人を拒絶してましたから。値踏み以前にすべてシャットアウトですよ」

 見事なほど完全に、と、腕でバツを作るJINに達也は半分呆れたような声を出した。

「お前、よく落とせたな」

「おかげさまで」



 そこで身内同士の会話を一旦終わらせた達也が、おとなしく飲んでいるRYOに視線を向けた。

「と、言うことだ。亮」

「了解です」

「お前も沙織と同類だと思っているが、今日のあいつ、どう見た?」

 話を振られたRYOは、今日の貴文の行動を思い返す。


 ── 空いた皿を片付けたり、酒がなくなる前に注文を入れたり。どこか桐生さんの仕草に似ていて大きく動くわけではないから目立たないが、結構こまめに動いていたよな。場を客観的に俯瞰しているからいろいろ見えているのか。


「場の雰囲気に飲まれきらない、乱れていない感じがありましたね。会社勤めの経験のない俺にはよくわからないので、あれは仕事のスキルくらいに思っていましたが」

「俺も医療職で会社勤めじゃないからはっきり言えんが、年不相応だろ?」

「でもそれはタカにとって、プラスになるでしょう?」

「仕事ではな。だが、一日中意識的に見方を切り替えているとしたら、疲れないか?」

「疲れますかね」

「沙織やお前は目の前に人が居たら、ほとんど本能的に観る。貴文は相手の様子を窺いながら、意識的に見る。そこの違いだよ」

「意識的なら、疲れたらやめるでしょ?」

「やめられるならな」

「やめられない、と?」

「人との距離が上手に取れなくて見ているなら、やめるのは怖いと思うぞ」


 うーん、と、メタルフレームの奥の目を細めて首をひねるRYOを眺め、グラスを揺らしながら達也は独り言のように言葉を続けた。

「今は一人暮らしをしている分、気を抜く事もできるだろう。さっきの話に出ていたように、時々、千穂ちゃんと一緒に過ごすにしてもだ。これが、結婚となったら二十四時間誰かと一緒に居るわけだ。あいつ、疲れないだろうか」

 そして、JINを見た

「美紗ちゃん、お前と暮らし始めてどうだった? 他人と一緒の生活は疲れていなかったか?」

「そう、ですね。疲れているというか……完全に”慣れた”と思えるまで、一年近くかかりましたね。俺の仕事柄、生活のサイクルが完全には一致してなかったのが、あいつには救いだったかもしれませんが」

「どうやって、慣らした?」

「一緒に住み始めたときに美紗の事情は知ってましたから、余計なストレスを与えないように気をつけたというか。俺がストレスを与えない事と、外からのストレスを抱え込ませないようにしたくらい、でしょうか」

「具体的に、何をしたか訊いて良いか?」

「こちらからは、触れない。そして、あいつが望むときに歌う事、で」

「歌、か」

「俺の、”声”に惚れてくれた()ですから」

 どこか誇らしげにJINは惚気ると、グラスを口元に運びながら艶やかに微笑んだ。



 じっと考え込んでしまった達也をそっとしておいて、後輩たちは小声で話していた。

「あの千穂ちゃんにさ、タカの疲れを取る決め技ってあるのかな?」

「”蓼食う虫も好き好き”っていうからな。俺たちには見えていねぇ”何か”をタカは見つけたのかもしれねぇけどよ」

「”何か”、か。あると良いよな」

 小声で話しているせいだろうか。しんみりと話していると達也の声が流れてきた。

「歌、なぁ」

 彼からこぼれたそんな言葉に二人は互いの目を見合わせた。

 我に返ったように、グラスを傾けた達也が改めてJINに話しかける。

「なあ、ジンよ。ひとつ、いいか」


 ── 出た。桐生(きりゅう)(ぶし)。これに俺たち後輩は逆らえないんだよな。

 高校生だった昔。見えない力で後輩たちを支配した、桐生 達也の言葉をRYOは懐かしく聞いた。決して理不尽な先輩ではなかった彼の言葉に存在する、抗えない不思議な魅力。



「なんでしょう。桐生さん」

 その証拠のように達也を『義兄さん』ではなく『桐生さん』と呼んだJINは、相婿ではなく後輩のジンに戻っていた。

「貴文と今日約束していた歌な。あれを、千穂ちゃんの食わず嫌いを無くす為だけでなしに、貴文の支えになるようなものにできるか」

「言葉を選べば、できなくもないでしょうが」

 ただ、とJINは付け加えた。

「俺自身がタカに値踏みされている状態では、どこまであいつに届くか。正直、自信がないです」

「ムリにとは言わんが。ちょっと心の隅に入れて考えてみてくれないか」


 ── ここで、ごり押しをしないのが桐生さんなんだよな。

 『降参』と、心の中で手を上げたJINは

「わかりました。やってみます」

 と、答えていた。

 ── 桐生節。健在。

 RYOは、かつての先輩が持つ変わらぬ”見えない力”にグラスを静かに掲げた。



 この3人が、次に顔を揃えるのは10月。



 貴文と千穂の結婚式の日。


 END.


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