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蓼食う虫  作者: 園田 樹乃
番外
6/7

men's talk 2

 彼らの本日の宴会メニューは、ちゃんこ鍋。流行のエスニック鍋ではJINが食べないので、刺激の少ない鍋……ということで決まったらしい。達也が妻に『貴文に野菜を摂らせるように』と指令を受けたという裏事情もあるのだが。



 貴文をおもちゃにしている間に、程よく鍋が出来上がった。

 飲みに軸足を置いている達也とRYOは、ツマミ程度に箸をつける。その間に飲まないJINと、飲みつつ食べる貴文が主に箸を伸ばす。

 

 それを見ながら、貴文の食欲に呆れたようにRYOがつぶやいた。

「若いとさすがによく食うな」

「亮の息子もそろそろ中学だろ? もっと食うぞ、きっと。お前に似たら、でかくなるだろうし」

 そんな達也の言葉に

「俺は身長と食べる量が比例してないけどね」

 と、どこかすねた言葉が貴文から出てきた。

「なんだ? そりゃ」

「千穂に初デートで言われた」

「本当に、言いたい放題な子だな」

 腹を抱えて、RYOが笑う。

「あの子もちっこかったろ? あまり食べないのか?」

「んー、食わず嫌いが多いな」


 達也の問いに返事をした貴文の箸が止まって、なにやら考え出した。大人たちは目を見交わしたが、そのまま考える貴文を酒を舐めながら眺めていた。素面の一人は、箸を動かしながら。


「ジンさん」

「ん、なんだ?」

「結婚式で歌ってって、頼むのは有り?」

 突然の依頼に面食らったJINは、RYOと顔を見合わせた。

「”カラオケとして既にあるもの”は有り、かな?」

「JINの結婚式みたいな限定オリジナルなら生演奏でないとNG」

 契約の絡みを考慮してRYOが補足を入れた。

「どうした? 突然」

「千穂にさ、ジンさんの本当の歌声を聞かせてやりたくって」

「本当の歌声?」

「あいつ、『声が変わったところで織音籠(オリオンケージ)聞かなくなった』って。」

 あいたたた、と呟いたRYOは片手で額を押さえて天を仰ぐ。

 

 そんな友人をちらりと見やったJINは、詳しく聞こうと質問を重ねた。

「千穂ちゃんは、なんて言ってる?」

「『腹ん中撫でるみたいな声が苦手だ』って。俺も今の声になって活動再開した時の”REーbirth”は背骨撫でられた気がしたから、わからなくもないんだけど。ベスト盤で”Hushーaーbye”って、あっただろ? あれは好きだったらいしいから、その中の一曲でも歌ってもらえたら感じ方が変わらないかな、って思って」

 んー。うなり声を上げて、JINが考え込んだ。


「だめ、かな?」

 貴文が、そろりと伺うような声をかける。

「根本的に、無理だそれは」

「そうか、駄目か」

 肩を落とす貴文に、RYOが言葉を足す。

「”Hush~”は、逆効果だと思う」

 ぱちくり。音がしそうなほど目を見開いた息子の顔を、RYOとJINが、どちらが話すかを互いに譲っている間、部外者の達也は黙って眺めていた。



 あのな、と結局RYOが口を切る。

「”Hush~”は、そもそもベストじゃなくってセルフカバーな。JINが美紗ちゃんに片思いしている頃に『なんだかJINが色気づいたな。これを生かせられねぇかな?』でつくられた物なんだ。だから、まず美紗ちゃんが在ってこそのアルバムな」


 ── 何の罰ゲームだ。五十歳近くにもなって嫁さんに片思いしていた頃の色気がどうのって。かわいそうに。

 邪魔をしないように達也は手酌で飲みつつ、そう思った。

 その横で、RYOの昔語りは続く。


「その上、声が出なくなって入院している間にエンドレスで聞いてやがったから、コイツの中であれは、美紗ちゃんと同化しちまってるらしくってよ」

 そんな話の内容に、JINは居たたまれなくなったらしく、黙ってウーロン茶を舐めるようにしながら、あらぬほうを向いている。

「で、だ。退院後はいわゆる”色っぽい”ハスキーボイスになっただろ? その”声”を美紗ちゃんを落とすため武器に使ったおかげで、やっとこさ想いが通じて更に色気倍増、って時に作ったのが”RE~”なんだ。お前たちが『身体ん中撫でられた』ってのは、コイツの色気にやられたんだよ」

 そう、話を締めくくったRYOは、達也のお猪口に酒を注いだ。 

 

 箸を止めて聞いていた貴文は、何かに気づいたように考えながら指を折り出した。

「コラ、数えんな」  

「だって、何年片想いしてたんだよ。てか、その前から同棲してたよな?」

 向かいから、数えていた手をつかまれた貴文は口で反撃した。

「いや”同棲”じゃなくって、”同居”だったらしい」

 RYOに追い討ちをかけられて、JINが座敷に沈む。

「はぁ? 一緒に住むって引っ越した時にはミサ姉、ジンさんの指輪していたじゃないか」

「あぁ、あれな。俺が買ったって、気づいてたのか」

 JINはその昔、(おとこ)除けに美紗につけさせていた指輪を懐かしく思い出す。自分の存在を言外に主張するような太目の指輪。

「気づくだろう? 普通。ジンさんの名前が書いてあるみたいな大魔神指輪だったのに」

 『でたー、大魔神』とRYOが笑う。

 そのうちに、銚子でもひっくり返しそうだ。


 あいた銚子を集める達也を、JINの話に意識を向けつつ貴文が手伝う。

「美紗のガードが固くって、あいつ”他人に触るのも触られるのも嫌”ってやつだったから攻めあぐねて……って、俺の話は良いから」

「触るのも嫌って……。ミサ姉って潔癖症、じゃなかったよな」

「人嫌い、かな? 翔を産んで大分マシにはなったが、基本的に肉体的にも精神的にも人との接触が嫌いだな。美紗は俺と出会うかなり前から、被り物みたいに表情を作ることで他人との距離を保ってきたんだ」

 JINの言葉に思うところのあった貴文の肩がこわばる。

 ── ジンさん、ミサ姉の仮面を知っていたんだ。


 そんな、貴文の胸のうちを知らず、JINの話は続く。

「話を戻すぞ。今の俺の声で”Hush~”を歌うと、”RE~”みたいになる可能性がある」

「いや、もっと性質(たち)が悪いだろう。食わず嫌いを治す為なら彼女が聞きやすい曲を作るのがベストかもな」

 やっと、笑いから戻ってきたRYOが提案する。貴文も、目の前の自分の結婚のことに意識を戻した。

「でも、それだったらカラオケにできないんだよね?」

「そうだな。別の機会にデモテープみたいな形で聞いてもらう、とかかな」 

 『やっぱり無理かー』と、がっかりする息子に達也が助け舟を出した。

「亮も披露宴に招待すれば良いんじゃないか? 二人居たら、できるだろ? おまえら最初は二人だったんだし」

「まぁ、出来なくは、ない?」

「かな?」

 二人が顔を見合わせて返事をするのを受けて、達也が笑う。

「まだ、招待客はどうにでもなるだろ?」

「何もまだ決まってないから、どうにでもも何もないけど。亮さんも”親戚席”でいいの?」

「友達席は、勘弁して。ジェネレーションギャップが」

「爺さんたちとくっつけるより、おじさん同士でまとめたほうが良いだろう」 

 お前ら、俺の弟も知っているから大丈夫だよな、と達也が同意を求める。

「どれだけ、狭い世間さ」

「そりゃ、桐生兄弟が四歳差で同じ高校のバレー部という狭ーい世界に属していたから。丁度中間に俺たちが居たわけだ」

 貴文の独り言に、RYOが答えた。


 それを聞いて、貴文は更に思う。

 ── 狭すぎだろ、父さんも叔父さんも。

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