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蓼食う虫  作者: 園田 樹乃
本編
3/7

3 疑惑?

 鬼さんたちに逢ってから、貴文の様子がおかしい。

 私の顔を見ながら何か考え込んでいたり、声をかけても生返事で心ここにあらずだったり。別れる直前の聡史もこんな感じだったかも。

 飽きられた? 呆れられた? やっぱり、”そのままの私”を受け入れる人なんていないのかな。


「貴文、最近どうしたの? なんか様子が……」

 意を決して訊いてみようとしたら、貴文はあの切れ長の目でじーっと私を見てきた。そのせいで最後まで言えずに口ごもってしまったけど。目をそらしちゃいけない気がして、見つめあう。



 ふっと息を吐いた貴文が言った。

「千穂、俺と結婚しようか」



 別れ話になる覚悟をしていたのに。まさかの、プロポーズ!?

「いきなり?」

「いきなりかな。俺は前から、考えてたんだけど。千穂とだったら一緒に居ても、上手くやっていけると思うし」

 そんなことを考えていたんだ。そして私は、考えている貴文の姿が不安だったわけだ。

「何よりも、このまま千穂を野放しにしておくのは俺が不安なんだ」

「何、それ」

「この前の電車の中みたいに、俺の知らないうちにどこかでトラブルを拾ってるんじゃないか、と思うと落ち着かない」

 ハイ、あの鬼さんとのことは、すみませんでした。自分でも、あれはまずかったと思う。

「でもな、千穂が悪いって責めているんじゃないんだ。千穂にはこのまま、変わって欲しくない。だから俺を安心させるためにそばに居て?」

「”このままの私”でいいの?」

「うん。そのままの千穂でいて。正直なままの千穂の言葉を、いつまでも俺に聞かせていて」

「一生、聞いていてくれる?」

「ん、約束する」

 やられた。

 貴文は言葉だけでなく、今まで見た中で一番の笑顔で私をコントロールした。



 年内に、互いの実家に挨拶に行った。

 我が家のほうは、『蓼食う虫も……』とか『千穂に貰い手があるなんて』とか。失礼なことを言いながらも諸手を挙げて賛成してくれた。まさに熨斗をつけられた気分。


 今日は貴文の実家へ。楠姫城(くすきのじょう)よりもさらに東、蔵塚市に貴文の実家はあった。


 貴文の両親は、眼が印象的な人たちだった。

 お父さんは、貴文そっくりの切れ長の目。そして、一つ一つの動作がなんだかキレイな人だった。

 お母さんは、小動物のような丸い目。じーっと見てくるのが、貴文とよく似ている感じ。


 緊張しながら自己紹介をして。

「俺たち結婚するから」

「よかったな、貴文。お前につりあう身長のお嬢さんで」

 貴文の報告に、からかいなのか承諾なのか解らない返事をお父さんがしている間。黙ってお母さんは私を観ていた。

 すごく奥深くを見られているような感じだけど、不快感がない。切られても一瞬は気づかないという切れ味のいい刃物みたいな視線。

 ふわっと、お母さんの視線が緩んだのを感じた。


 そして、お母さんは貴文と具体的な話を始めた。

「で、式はいつにするの?」

「んー。今から準備したら、夏から秋くらい?」

「急ぐ事情はある?」

 あのー、お母さん。それは一体何をおっしゃりたいので?

「いや、今のところは特に」

 貴文が苦笑する。

「来年は薬価改定よ。春から忙しい年でしょ? それに、参列者のスケジュール合わせに時間を置いたほうがいいわ」

「ああ、そうか。そうだった」

「そうよ。とりあえず、早めに伝えるところには伝えときなさいね」

「了解」

 私には理解不明の言葉を挟みながら貴文とのやり取りが終わると、お母さんはもう一度私のほうを見た

「本とバレーさえあれば幸せな男だから。構えずに気楽に付き合ってやってね」

「ハイ。どうぞ、よろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしく」

 にっこり笑ってくれた。

 あ、笑い顔はお母さん似なんだ。よかった。合格点もらえたみたい。



 駅まで、ぶらぶらという感じで道を歩く。そうか、ここで貴文は育ったんだ。

 来るときとは違って、緊張がほぐれた分かな。なんだか貴文を仲立ちにこの町とつながった気がする。

「ね、貴文」

「ん?」

 横を歩く貴文も心なしかリラックスして見えた。

「なんだか仕込み刀みたいなご両親だね」

 貴文が、くすくす笑う。

「二人とも医療職で、治す方なんだけどな。何か、武器が隠れていたか」

「お父さんは何か見えない芯があるみたい。悪戯っぽいけど仕草がピシッとしてる。貴文の食事姿とかと重なるね。きちんと食事の挨拶をする貴文のルーツを見た感じ」

「あぁ、そんなこと言ってたことがあったな」

 そうだよ。貴文と付き合うきっかけはそこだったんだから。

「で、お母さんは視線がね、すごく印象的。貴文の眼と似ている」

「似ているか? 母さんのは蜆みたいな丸っこい目だろ?」

「見た目じゃなくって、視線が。丸くてかわいい眼は、視線の切れ味を隠している仮の姿かな」

「だから、仕込み刀か」

 ふむふむ、と頷いている貴文。

 あのご両親あっての、貴文なんだね。



 年が明けて、結婚式の準備が始まった。会場を決めて、招待客を決めて、進行を考えてって、することはいろいろあって……。結婚式って、大変だ。

 そんな中、余興に叔父さんが歌を披露してくれると貴文が言い出した。

 うーん、田舎の結婚式で時々あるアレ?


「心配しなくっても、大丈夫。」

 いたずらっぽい目で貴文が笑う。

 田舎とは違うよね。違うと思おう。歌ってくれるという親戚と揉めるのも拙いかもしれないし。

「千穂の不安顔が当日、聞いてどう変わるか楽しみ」

「何か、隠している?」

「すっごく歌のうまい叔父さんを一人」

 ふふんっと貴文が笑う。なんだ、それは。かわいいじゃない。

 ここはコントロールされておくわ。



 準備も進んできた五月。世間は火曜日からの三連休だった。

 貴文は火曜日から一泊どまりで西隣の県のお祖父さんのところに、お彼岸に行けなかったお墓参りと結婚の招待状を届けに行ってくるという。そして、木曜は出勤当番。私は、月曜の定休に火・水曜休みのシフトをあわせた三連休で、見事に予定が合わない連休だった。

 仕方ないので、水曜日は万葉(まよ)たちと県境近くの大型ショッピングモールへ出かけた。


 近くに、子供向けの施設もあるせいで三連休の中日のその日は結構混んでいた。



 ご飯を食べて、服を見たり、お茶をしたり。

 夕方近くなり『そろそろ帰ろうか』と駅のほうへ歩いていると、トイレの前にいる貴文を見つけた。あの壁のもたれ方は、間違いない。


 あぁ、そうか。隣の駅は貴文が行くといっていた西隣の県になる。声をかけたら、ご飯ぐらい一緒に食べられるかも。

 そんなことを考えた私は、万葉たちからふらっと離れてトイレのほうに向かった。



 あと、数メートルまで近づいたところで、

「とぁちゃん!」

 トイレから出てきた幼稚園ぐらいの男の子が貴文に抱きついた。貴文も体をかがめて抱き上げる。

 後をついてきた母親らしい人に笑いかける貴文。そして

「みさえ、そろそろ帰る?」

 貴文は彼女にそう言った。



 頭を殴られた気がした。


「千穂ー、どこ行く気? お手洗い?」

 万葉の声で我に返った。

「ううん、貴文に似た人が居たけど人違いみたい」

 横に来たゆかりと葵が私の見ているほうを一緒に眺める。


 親子連れにしか見えない三人の後姿。


「あー、確かに貴文くんに背格好は似てるけどね」

「あれは、完全に”お父ちゃん”よね」

「子供抱く姿が板についてるわ」


 人違いじゃない。あれは貴文だった。


 誰、あの人は。

 あの子は、貴文の何。

 今日はお祖父さんのところに行っていたのじゃないの?

 貴文はいったい私に何を隠しているの?



 帰りの電車の中。私は半分上の空だった。



 その週の残りの日はグルグル考え事をし続けていた。小さなミスで叱られることも多くって、散々な週だった。

 そして土曜日。貴文が明日は休みなので、いつものように私の部屋に泊まりに来た。


 夕食を食べて、ちょっとお酒を飲んで。

 私にしては珍しくタイミングと貴文の顔色を見ながら口を開いた。

「貴文。ちょーっと訊きたいことがあるのだけど」 

「なに?」

「連休に、県境のショッピングモールで見かけたけど?」

「あぁ。千穂も行ってたんだ。声かけてくれたらよかったのに」

「『よかったのに』じゃなくって。お祖父さんのところはどうしたのよ」

「爺さんのところは行ったよ。帰りの乗換駅だよあそこは」

「じゃ、一緒にいた女性(ひと)は?」

「本好きの叔母さん」

「うそ。『みさえ』って呼んでたじゃない」

 それに”叔母さん”って年じゃなかったじゃない。十歳上ぐらいだったわ。


 納得していない私をいつものようにじっと見る貴文。負けるもんかと見返していたら、視線をはずされた。

 ため息をついて、頭を掻くと天井を見上げて何やら考え出した。


 ちっ。


 舌打ち? 言い過ぎた? 今度こそ”要らん事”すぎた?

 

 遅まきながら焦っている私を横目に、貴文はメールを打ちだした。

 送信したらしい携帯をテーブルに置いて、貴文がグラスに右手を伸ばす。何かを考えているのか、どこかぼんやりとした目つきで胡坐をかいた膝の上に左肘を乗せるようにして頬杖をついている。

 声も掛けれず、そんな貴文を私も黙って見ていた。

 しばらくして、着信があった。


〔もしもし。貴文です〕

〔ええ、一度会ってもらおうかと思って〕


 立ち上がって窓に近づき、私に背中を向けて言葉少なにやり取りをしていた貴文が、こちらを向く。

「千穂、再来週の土曜って、予定のない休みだよな」

「うん、そうだけど」

「判った」


〔じゃあ、再来週の土曜日で〕


 電話を切った貴文は、改めて私の前に座りこんだ。

 そして

「結婚する前に一度、千穂に会わせたい人が居るんだ。再来週の土曜日その人の家に行くから、その時に全て話すよ。今はこれ以上は……。ごめんな」

 そう言うと

「今日は、もう帰るな」

 と、私の頭をひとつ撫でて帰っていってしまった。

 


 お互い式の準備で職場にムリをいっている都合と、貴文自身がお母さんの言う”忙しい時期”なこともあって、打ち合わせ以外で休みをあわせることを控えていた。なので、次に貴文と会ったのは約束の土曜日だった。その間はお互いお泊りもしなかったし。



 駅で待ち合わせをして、連れて行かれたのは楠姫城市。落ち着いたたたずまいの家が並ぶ中、一軒のこぢんまりした家のチャイムを押す。

 女性の声で返事があり、門を入る。その前になぜか、ここまで貴文が持ってきた手土産のケーキを手渡された。これは、私に持っておけってこと?

 

 玄関を開けたのは、腕に男の子を止まらせた眼鏡の男の人だった。

 電車で逢った茨木童子と、この前の男の子かな? この二人、どういう関係?

「何で、とおるさんが居るんですか!」

 叫ぶ貴文に男の子が飛び移る。

「たぁちゃん!」

「うわっ、かける、危ないって」

 とっさに男の子を抱きとめた貴文だったけど、落ちるかと思った。見ていた私も心臓がドキドキしている。貴文がケーキを持っていたらもっと危険だったわ。


「たぁちゃん、るーちゃんとなかよくしないと、だめよ。みきせんせいに、おこられるんだよ」

 危うく落ちかけたことを気にもかけず貴文の腕の中で、お説教をしている男の子。『たぁちゃん』はきっと貴文のことよね。『るーちゃん』って誰? まさか茨木童子……な訳ないよね。


「ちょっと待て、かける。るーちゃんて誰だ?」

「はーい。ご紹介に預かりました『るーちゃん』です」

 やっぱり茨木童子なんだ。

 手ぶらになった茨城童子が宣誓をするみたいに手を挙げている。

 頭痛がする、と、こめかみを揉んでいる貴文を眺めていると奥からもう一人出てきた。


 まさかと思ったけど……酒呑童子だし。ここは大江山かい。


「やぁ、いらっしゃい。どうぞ入って」

 酒呑童子は低いハスキーボイスで私たちを招き入れた。

註 薬価改定

   二年に一度の診療報酬改定に伴って、医薬品の公定価格が変更になります。

   それに伴い、卸値も変動します。

   医薬品卸の営業職の貴文は、いろいろと忙しい時期なのです。

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