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決意

「私はいつもドジでしたから、そんな私をいつも支えてくれたメリーさんには感謝しているんです」


不意にシープはメリーが出て行った後そう言った。声色は元気が良かったが表情を見ると、どこか遠くを見ているような顔だった。


「そうか、まあ面倒見はよさそうだったしな」

「はい。とても大事な人ですから」


そう言ったシープはにっこりと満開の笑みを俺に見せた。

一瞬どきっとした……かな?だがきっと気のせいだろう。

俺がシープの顔をチラリと見ると、笑っていたシープの顔が急に真面目になっていた。


「岸さん……これからどうするのです?」


唐突に質問される。表情が少し逡巡している。


「どうするって……何をだ?」

「えっと……もうこっちに来てから3日経ってます。このままだと人間界では大事になりかねません。どうするつもりなんですか?両親も心配してますよ、きっと」

「なんだ、そのことか」


そのこと。俺が河童界にいること、親のこと、そして───人間界のこと。


「そのこと……ですか?」


少し首を傾けるシープ。


「ああ、正直に言おう。俺は、」


─────────俺は、


「この世界で生きる」


─────────この世界(河童界)に惚れてしまった。


驚きを隠しきれない顔のシープ。しかしすぐに表情を変えて、


「ほ、本気で言っているんですか?!確かに帰りたいと言って帰られるという話ではないですが、そんな簡単に決心できることじゃないですよ?!」

「分かってる。そんなことは河童界に来た時から考えていたに決まっているだろ?確かに訳が分からなかった。だけどこの世界はとても人間界と似ていて、とても人間界と異なってる。ただそれだけの理由が俺にとっては十分だよ」


柄ではないが、我ながら言いたいことは言えた。

妖怪の河童が立派に電気で生活なんかしているし、相撲が好きだし、一人暮らしさせているし。


───だけど、


俺はこの世界(河童界)のことをもっと知りたい。

親やその他の人間関係を投げ捨ててもいいという残酷な覚悟を育てる程に。


「うぅ……意味が解りません……」


少し泣きそうな顔になっているシープ。俺も考えて喋っていたわけではない。だけど今はしっかり頭で言葉を紡いで話すことができる。


「解らなくていいよ。ただ俺はこの世界で生きるということだけ分かってもらえればいいだけだから。一人でいたらすぐにも帰りたいと思ったけれど、今は違う。シープがいるから俺は生きていける」


この世界で初めて会った子、シープのおかげで俺はこの不安に打ち勝てたのだから。


「へ?!」


口を三角にして急に頬を赤らめるシープ。


「え、えと岸さん?一体それはどういう意味………」


シープは俺が“この世界で生きる。”なんて中二臭い言葉を使ったから意味が解らなかったのだろうか?そう思い、俺はさっき言った言葉を噛み砕こうと頭の中で先ほどの言葉を反芻する。


───解らなくていいよ。


───ただ俺はこの世界で生きるということだけ分かってもらえればいいだけだから。


───一人でいたらすぐにも帰りたいと思ったけれど、今は違う。


───シープがいるから俺は生きていける






─────シープがいるから俺は生きていける






あ。


やってしまったあぁぁぁぁぁあああ!!!!!!

なんだよ!シープがいるから俺は生きていけるって!!

馬鹿か俺は?!

恥ずかしい台詞をのうのうと言いやがって!

これじゃあどう考えても告白したみたいになってるじゃん!!

いかん。女心を傷つけず、この状況も回避しなければ。


「え、ええとだな……つまり……」


俺は言葉を濁し高速で次の言葉を脳内で紡ぐ。

考えろ……考えるんだ、俺!


「つまり?」


俺の顔を覗き込んでくるシープの顔が少し目を輝かせている。まったく、こっちは考えるのに精一杯だというのに。


「つ、つまり……」


ゴクリと生唾をのむ音が自分でも聞こえる。


「こ、言葉通りの意味だ……」


嘘は言っていない!しかし不甲斐無い男だと自分でも思う。自分で自分を罵りたい。


「そ、そうですか?なら良かったです!」


助かった。シープも俺の意図を汲んでくれたようだ。


「でも河童界で生きるのは容易ではないですよ、岸さん」

「分かってる。だからまた色々教えてくれよな」

「はい!おまかせください!!」


どんと胸を叩くシープ。


「しかし私が岸さんと呼んでメリーさんがコーちゃんと呼ぶのは納得できませんね」

「いや、俺をコーちゃんとは呼ばないでくれよ?」

「分かりました……。航太さん?」

「!」


う、女の子に下の名前で呼ばれたのは初めてだから気恥ずかしい。


「航太さん……で問題ないですか?」


上目遣いで表情が緊張しているシープ。無理するな、メリーは素で俺をそう呼んでいるんだから。


「え、あ、うん。問題ないです…」


ぱっとシープの表情が明るくなる。俺もきっと表情が明るくなっているだろう。


「そうですか!航太さんがいいと言うなら航太さんと呼んで構わないですよね?航太さん」

「航太さんって呼びすぎ……」

「はっ!すいません、呼びすぎちゃいました?」

「ま、いいけど………ってそろそろ昼の時間じゃないのか?」


ちなみに部屋に時計は置いていない。体内時計に自信があるんだな、シープは。


「うーん、ちょっと早いですけどお昼の準備はしちゃいますか。魚介類は早めに調理しておきたいですし」

「そうか、俺も手伝うよ」

「あ、でしたら航太さんは道具の準備をしてもらえませんか?そこの戸棚の中の道具を取ってください」

「了解ー」



少しずつでもいい、俺はこの世界のことを知りたい。お昼ご飯の調理をシープとしながら俺はそう思った。

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