中身
とりあえず彼女、シープと指切りをした後会話を再開する。
「ところで岸さん、その背負っているものの中には何が入っているんですか?」
「リュックサックの中か?なんだよ、いきなり」
「ふっひっひ。人間がこの世界にきたら追剥を行う。河童界の常識です」
「お前それさっき考えただろ……」
「問答無用です!」
シープは俺に飛びかかりリュックを脱がそうとする。
「やめろーー!!」
なんだこいつ。力が強すぎる。そうして俺のリュックは無常もなく刈り取られた。
「はっはっは。何が入ってるんですかねえ?金目のものはあるかなぁ?」
「後生です。やめてください!」
「無駄無駄無駄ァーーー!!」
ノリノリだなコイツ。ていうか悪魔かコイツは。
バサバサッっとものが落ちる音が聞こえる。
落ちたものは、そう。
俺が意を決して手に入れた覚悟の証。
保健の教科書、である。
「な、ななな………」
頬を最大限に赤らめているシープ。
その視線はがっつりと表紙を眺めている。
「まあ、なんだ、その、二人の友好関係を早いうちに縮めたくてな」
まったくの嘘です。自分のためだけに買いました。
「はは、それなら仕方がないですね。……………って、」
───ヤバい!そう思った時には遅かった。
「何変な物見せてるんですかーーー!!」
力強い拳が俺の頬にクリーンヒットし、俺は気を失った。
次目覚めたとき俺は室内と思われる場所にいた。
木造建築で玄関の扉を除いて扉は2つ。キッチンのようなものがあり、中央にある机と椅子が三つでその一つにシープが腰かけていた。
「っ痛てて……俺は何をしてたんだ?」
「あ、目覚めましたか?岸さんってば河童界に来たことに動揺しすぎて気絶してたじゃないですかー。あははは」
澄んだ顔で笑っているシープ。だけどなぜだろうか裏がありそうな気がする。
「……………………」
「……………………」
なにこの気まずい雰囲気。俺が喋らないだけでこうなるのか?
「なあ」
と声をかけると、
「は、はいっ!何でございましょうか!!」
ビクッと驚くシープ。
「俺が気絶している時に何かあったの?」
「い、いえ特に何もありませんでしたよ。たっ、ただ私は勉強することができたので読書をしてました!」
「へー、読書ねー。ちなみにどんなのを読んでいたの?」
「へ?!えーと、その、しょ、少子化対策の本です!」
「マジで!すげえな、シープは」
「い、いえいえ。褒められたものではありません」
「ふ~~~ん。……………あっ!」
「どうかしたんですか?」
「い、いやなんでもない」
やってしまった。
保健の教科書がない!!
ここに来る時に落としちゃったのか?
仕方がない。諦めよう。
見つけたとき、隠す場所もないし。
下手な口笛を吹いてなぜか頬が赤いシープを横目に俺はため息をはいた。
窓から月の光がのぞく。
「夜か………」
不意に声を漏らす。そこで俺は大事なことに気付く。
「あ、そういえば河童界で暮らす時間と人間界で暮らす時間の関係はどんな感じなの?」
「そういえば岸さんはこの世界について全然知ってないですね。今度から気づいたときに質問してください」
そうですねーとシープは数秒首を傾げ、
「平行、ってところですかね。こっちで一秒進めばあっちも一秒進みます」
「え!帰られないんだろ!やばいじゃん!」
「まあ、帰られたいのであれば私も帰る方法を探しときます。今日は落ち着いて寝て、また明日話しましょう」
「……………了解」
河童界、俺にとって不安ばかりの初日だった。