天敵と五千円札
この小説はフィクションであり、実在する人物名、団体名、その他の名称とは、一切関係ありません。
「とおるちゃん、俺たちも店出るからちょっと待ってな」
店を出ようとするとおるを徹が止めた。
無理もない、と徹は思った。徹にとって、健司と誠は、まさに天敵だったのである。いまさらながら思い出すと鳥肌が立った。幼稚園以前から、この二人には、徹は悩まされ続けてきた。健司と誠の両親が一緒でなかったら、何も言わずに拳骨で頭を叩いていただろう。平和主義者の俺がそう思うのだ。これだけは仏様も許してくれるだろう、などと考えていると昔のことを思い出していた。実は小学校のある時期から、徹に平和が訪れたのであった。
その日徹は、学校が終わるといつもの通り、ゴミ山に向かっていた。夢中でゴミ山を漁っていると、なんだか回りが暗くなりかけていた。ふと気付くと徹の回りには、ゴミの壁ができていたのである。それは健司と誠の仕業であった。
「ゴミばかり焦っているから、ゴミの中に閉じ込めてやったぜ。感謝しな、徹!」
ゴミ壁の向こうから憎たらしい声が聞こえてきた。健司である。ゴミの壁は不安定に積まれ、上ると崩れ落ちそうだった。
「じゃっなー徹、そこで毎日過ごしていな。幸せだろ?アッハハハハハ!」
こんどは誠の声が降ってきた。出してくれよ!と言いたいところだが、待ってましたとさらにからかわれることが目に見えていたので、ぐっと唇を噛みしめていた。と、そこへ誰かがやってきたようだった。
「健司と誠か。徹を見かけなかったか?」
声の主は、渡瀬であった。
「守ぅ-!、ここからだしてくれよ-!」
泣き出しそうになるのを我慢しながら叫んだ。
「なんだぁ?徹、どうやってそこに入ったんだ?・・・もしかして、お前らの仕業か?」
渡瀬は考えが決まると、すぐ行動してしまうタイプだ。いじめられていると判断するや否や、二人を一瞬で殴り倒してした。
「徹、ちょっと待ってろ、今出してやるから」
そこへ大野も登場してきた。どうやら、徹と遊ぼうと思ったら、ゴミ山に行けば会えると言うことが二人とも分かっているようだった。
二人でゴミ壁を取り除いてもらい、徹は無事脱出できた。それ以来、健司と誠の徹に対するいじめは、ぴたっと止んだのである。徹の後ろに渡瀬がついていると思うと、迂闊に手を出せなくなったのであった。
閑話休題、話をもとに戻そう。
徹は、お金を払って出ようと、店の親父に声をかけた。っとその時、自分が金を持っていないことに気がついた。よく考えてみれば、部室からいきなり過去に移動したのである。
「全部で4,860円です。」
徹は、全員を見渡した。みな顔を横に振っている。大野も、香織も、白川も同様に財布をカバンに入れたままなのだ。
「なんだ、みんなお金持ってないのか?んじゃ、俺が出しておくよ。」
そういったのは、帰り仕度のまま部室に来ていた渡瀬だった。助かったと、徹は胸をなで下ろした。香織ももう少し準備してから時間移動してくれればいいものをと思いながら、渡瀬が支払うのを何気なく見つめていると、なんだか気になりだした。その瞬間、徹は叫んだ。
「守!お金払うのは、ちょっと待った!」
「ん?どうしたんだ。」
「いいからちょっとこっちに来い。」
訝しぐ渡瀬を尻目に、親父に声をかけた。
「すみません。俺達、今日お金持っていないんです。後で、この子が払いに来ますから。いかがでしょうか?」
渡瀬が払おうとしていた五千円札の肖像は、樋口一葉であった。確かこの頃は、新渡戸稲造のはずだ。偽札だ、と思われてもしょうがない。
「ああ、来栖さんとこのお坊ちゃんだね。いいよ。後でもらうから。」
意外な返事が返ってきた。とくに「お坊ちゃん」と言う自覚が自分にはなかった。他人からは、自分はどんな存在だったのだろう?自分の意外な一面を見た気がして、複雑な思いで店を出た。
「守、さっきの五千円、貸してくれ。」
「貸すのは構わないが、どうするんだ。」
と言いながら、徹に五千円札を手渡した。
「とおるちゃん、この五千円札を渡しておくけど、高校生になるまで絶対に使っちゃだめだぞ。約束できるか?」
「うん、いいよ。お金貯めているから、そのお金で払っておくよ。」
徹はとおるに念を押した。確かこの頃は、お年玉とかをしっかり貯金していたはずだ、と徹は思った。だから、支払は問題ないが、幼稚園児に借りを作るのは嫌だった。だから、五千円札を渡したのだ。でも、高校生になるまでには使うことができない。ここが重要だった。
さて、お腹も落ち着いたところで、次の行動をどうするか、徹はちょっと考え込んだ。情報が少なすぎる。徹は考えた。今、ゴミ山に行っても、何の作戦も立てずに行けば、相手に逆にやられてしまう可能性があった。かと言って、行かなければ、これ以上前には進めないように思えた。そして、徹は決断した。
「みんな聞いてくれ、危険が伴うかもしれないが、これからゴミ山に行こうと思う。反対のものは残っていてくれればいい。」
反対する者はいなかった。留まっているより、前に進んだほうが良いと思ったのだろう。
「とおるちゃん、とりあえず、君は家に帰れ。」
ゴミ山の場所なら覚えている。これ以上、幼稚園児のとおるを引き留めておくのは危険だった。わかった、じゃぁね、バイバイっと言って、とおるは去って行った。