ドッペルゲンガー
この小説はフィクションであり、実在する人物名、団体名、その他の名称とは、一切関係ありません。
「事件よ!事件!我が科学部の出番よ!!」
毎度の事だ。単純と言うか、未知のものと遭遇すると決まって大声を上げて部室に入ってくる。この純粋さが可愛らしい。自分は少々世慣れてしまったのかもしれない、と来栖は思った。
「って、なんだよ、藪から棒に。落ち着いて説明してくれ!。」
白川 登紀子は、1学年下の高校2年生だ。学園一の美人としても学園内で名を馳せている。しかも程よく発育した胸が周りの男どもを一瞬にして魅了させてしまう。さらに、超天然の持ち主で、たまに何気なく腕を組んで来たりする。自分がそうすることで、男性の本能が急上昇することをまるで理解していない。まぁ、科学部部長(男)としては、彼女は我が部の誇り(マスコット)でもある。もう、お解りだろうか?これが、大野が居座っている理由である。
「トキちゃぁん、どうしたのかな~?」
声が裏返ってるぞ!・・・おいおい、白川の肩に手を置いているじゃないか!そりゃ、セクハラになるんだぞ!と心の中で喚いてみても、当のご本人はお構いなしだ。
「今回は、大事件間違いなしよ!!」
白川の方を良く見ると、後ろに誰か居るようだった。
「さっ、入ってらっしゃい!」
白川は、後ろの人物に即すように声を掛けた。後ろから、おどおどしたように出てきたのは、可愛らしい幼稚園児だった。
「この子が事件なのか?」
「そう、そうよ。ボクちゃん、このお兄ちゃんに挨拶して」
「・・・こ、こんにちは」
何を思って、事件と言うのか?で、当然のごとく来栖は訊いた。
「はい、こんにちは、ボク、お名前はなんてぇの?」
「くるす とおるです」
????!!!!ぐ、偶然か?俺と同じ名前だ!
「それだけじゃないのよ。」
白川は得意げに、来栖を見つめた。
「さっき、お姉ちゃんに言ってくれたように、誕生日とパパとママの名前を言ってごらん」
「んと、おたんじょうびは6月10日で、パパはしげる、ママはようこだよ。」
またまた、俺と同じだ。俺は用心深く、園児を見つめた。
・・・なんか、見たことあるなぁ、どこだっけ?・・・んーー・・・
思い出せないもどかしさに戸惑いながら、さらに質問を続けた。
「住所とかは・・・・・、聞く方に無理があるな。」
「ねぇ、いちのせっていう、おばさんいない?捜しているんだけど・・・」
とんでもない方向から質問されて、一瞬ぎくっとした。その反応を隠すように、言葉を続けた。
「俺の知っている人に一之瀬って女の子がいるけど、おばさんじゃないよ。もしかしたら、彼女のお母さんかな?」
かく言う一之瀬は、我が科学部部員の一人である。フルネームは一之瀬 香織。高校1年生だ。おとなしくて、質素で、もう少しお洒落な服でも着てみろよ、と半分本気で言っていたりする仲の幼馴染だ。家が隣同士でもあり、家族ぐるみで付き合っている。
もう一度、園児を見つめ直して見る。やっぱり思い出せない。なんとなく懐かしいのだが、それが何か分からなくて、イライラしてきた。園児は、ちょっと思案気に首を傾げてみせて、思い出したように、こういった。
「あ、おばちゃんが言うには、いちのせ かおりって言う人で、こうこうせいだっていってた。」
おっ、そうか、それならすぐ来ると思うから、もう少し待っててね、と言って、傍らの椅子に座らせた。
「わっ、これスゴイ!」
と、はしゃぐ声が可愛い。目の前には、地球儀が置いてある。それも磁石と電気を使って、空中に浮かんでおり、しかもゆっくりと地軸に従って回っているのだ。科学部の力を持ってすれば、こんなのは、ほんのお遊びに過ぎないが、園児には新鮮な興味をそそられるものだったらしい。
「ねぇねぇ・・・」
園児をじっと見つめているところへ、耳元に声を吹きかけられ、びくっとした。反射的に声のする方に顔を向けると白川の顔がすぐ目の前にあり、少し屈んだ格好のセーラー服の胸元からは、乳房の谷間が見えて、慌てて椅子を引いて離れた。
「な、なんだよ!」
「わたし、思うんだけどさぁ、ひょっとして、この子って、来栖先輩じゃないのかなぁ?」
ん?どういう意味だ?と訊き返そうとしたとき、閃光が頭の中に輝き、この園児が何者なのかを悟った。そうだ、こいつは、俺なんだ。幼稚園の時に写した写真の中の俺とそっくりな事にやっと気がついた。できれば、もう少し確実な、立証できるものが欲しい。そう考えてしまうのが科学部の部長たるものである。驚きよりも、科学的に極めたいと望んでしまう。普通の人間だったら、そうはしないだろう。園児の頃の遊んだゲームとかの話で盛り上がるだろう。
この現象は、ドッペルゲンガーと呼ばれるものである。通常は、自分と瓜二つの人物で邪悪な存在を示すが、どう見ても邪悪な存在には見えない。さて、どうして立証したものかと、実験動物でも見るように過去の自分を見つめていた。ふと、引出の中にお菓子があることを思い出し、食べるかい?と言って、引出からお菓子を取って手渡した。その瞬間両者が触れることになったが、何も起こらない。自分のドッペルゲンガーに触ると死ぬ、と言う話は当てはまらないな、と独り言のようにつぶやいた。
「とおるちゃん、もしかして、香織って、君のお友達にいないのかな?」
「うん、いるよ、ぼくの妹だよ。それがどうかしたの?」
その時、一之瀬 香織が部室に入ってきた。そして、ごく自然に、徹のドッペルゲンガーである園児がそこにいることを知っているかのように、こう言った。
「とおるちゃん、よく此処まで来れたわね。お姉さん、今からとおるちゃんを探しに行こうと、徹兄に相談しようと思ってたところだったのよ。」
生まれた時から、家族ぐるみで同じ時間を多く共有してきたのだ。香織のことは妹のように思い、彼女も俺を兄として慕ってきたのである。だから俺のことを「徹兄」と呼ぶ。
「あ、おねえさんが、いちのせ かおりなの?早く、おばさんを助けに行こうよ。危ないんだよ!悪い奴につかまっちゃったんだ!」