科学部
この小説はフィクションであり、実在する人物名、団体名、その他の名称とは、一切関係ありません。
西日に傾いたとはいえ、まだ日差しは暑い。噴き出した額の汗を拭いながら、来栖は部室へと急いだ。
部室は、その昔、体育用具を格納している納屋だった。新しい体育館ができてから、体育用具は、その隣に併設された用具置き場にしまわれて、空き部屋となったところで先輩たちが部室として占有してしまった。
・・・少し汗臭い匂いがしないでもないな・・・
本当の匂いの元は、雑多に放りっぱなしてある実験器具にあるのだ。だが、来栖はこの部屋が気に入っていた。当初は、エアコンなど付いてなかったが、実験と称して顧問教諭を抱き込み、抜け抜けと大型エアコン、しかもコンピュータ室などによくある大容量のものを入れさせてしまった。
科学部とスプレーでなぐり書きしてある大きい扉を開けると、既に部員達が集まって実験の準備をしていた。科学部は、様々な現象を科学的に分析して、立証することを旨としている。来栖はその部長を務めていた。中学1年生から高校3年生まで、総勢60余名の大所帯の部でもある。ただ、全員が揃うのは学期に数回だけだ。基本的には、実験したいグループ毎に、実験計画を部長、副部長、会計の三役に提出し、さらに顧問教諭の許可を得なければならない。今回は、中学1年生グループが実験を行うことになっている。
準備中の中学1年生達に目をやると、偉そうに指揮している輩がいた。良く見ると大野であった。
「よう、徹、遅かったな。」
「って言うか、早過ぎだろ。それにお前、科学部員じゃないだろ!勝手に仕切ってるんじゃないよ!」
そう、大野は科学実験にはまったく興味を持っていなかった。では、何故、科学部部室に居座っているのか?その訳は後で明らかになるので、ここでは割愛しておく。
「大野先輩、この器具は、こんなんで良いですか?」
「どれどれ・・・、まあ、これなら行けるんじゃね?」
おいおい、勝手に判断するなよ、と、来栖が割って入り、今度は来栖が仕切り始めた。今日は、火の玉を作る実験だ。火の玉の現象を説明する中で、プラズマ放電説と、蚊柱説がある。月明かりの中で蚊柱を見れば、火の玉が揺れていると見えなくもない。今回は、プラズマ放電を利用して火の玉を作るのだ。本当の火の玉と言うよりは、プラズマ発光を利用して、火の玉らしきものを作る、と言った方が正確かもしれない。だから来栖は、あまりこの実験に興味を持っていない。本心は、幽霊とかの超常現象を科学的に立証することにある。
超常現象とは何か?それは、科学的に証明されていないもの、と来栖は理解している。いや、科学的に理解されていないもの、と言った方が良いかもしれない。例えば、携帯電話である。 今の人類は電波や磁気を発見し、それを自由に繰ることができる。300年前、つまり1700年代(日本なら江戸時代中期)の人類が、現在に来て携帯電話を見たらどう思うだろうか?
街中で、小さい箱を持って、それに向ってしゃべっている。ハンズフリーにしている人は、傍から見れば、見えない相手と話しているようである。よく聞いてみると、箱から話し声が聞こえる。人がその箱に閉じ込められていると思うに違いないだろう。そしてそれを悪魔の仕業だと言いだすかもしれない。
さて、幽霊に話を置き換えてみよう。またはUFOではどうだろうか?それらが存在しないものだ、と立証されるまでは、来栖は存在すると思っている。幽霊が見えないのは、幽霊を見るセンサーを持っていないか、そのセンサーが発達していないかだと思う。もしかしたら、500年後には、幽霊を感じ取るセンサーが開発され、自分の亡くなった祖先と話すことが当たり前になっているかもしれない。非科学的だ、と非難するかもしれないが、科学とは理屈が通るように語句を並べているに過ぎないのだ。
そう思いながら、来栖は実験準備の確認にとりかかった。アルミ箔で小さいリングを作り、Cの字のような形にする。Cの字の隙間に放電させプラズマを作りだすのだ。放電させるエネルギーは、電子レンジを利用する。来栖は、実験の開始を指示し、電子レンジのスイッチを入れさせた。しかし、何も起こらなかった。放電させる隙間を調節し、何度か繰り返した後、ぼうっと淡い光の玉が発光した。おぉぉぉぉぉ、やったぁぁぁ!という歓声が起こる。もちろん実験の過程は、ビデオに撮影されている。その後何度か試してみたが、なかなかうまく発光させることができなかった。来栖は、実験の終了を宣言した。撮影したビデオを添付してレポートを作成することを指示し、部長席の椅子に座り寛いだ。レポートはもちろんパソコンで作成され、ビデオも表示できるように文章に組み込まれる。科学部員であれば当たり前の仕事である。
・・・さて、次の実験計画書でも目を通そうか・・・
と、机の上にある計画書に手を伸ばしたとき、大きな声とともに、白川 登紀子が入ってきた。