親友
この小説はフィクションであり、実在する人物名、団体名、その他の名称とは、一切関係ありません。
廊下の窓から、まだ暑さを抱いている西日が射していた。来栖は、3階から1階までリズムを踏みながら駆け降りた。
・・・今日の実験は、1年生に任せるんだったな・・・
食堂の脇を通り抜け、体育館に通じる渡り廊下に出ると、熱い空気の塊が来栖を包んだ。
「あちちち!この温度差がたまらんよなぁ。」
ふと、渡瀬のことが頭に浮かんだ。渡瀬は、この熱気の中で野球の練習をしているのだ。あいつも大変だなぁ、と思う。
・・・そういえば、渡瀬とはいつ出会ったんだっけ?・・・確か・・・
渡瀬と出会ったのは、今と同じように暑い日だった。その時、来栖はアドベンチャーTVゲームに夢中になっていた。小学低学年生であったにも関わらず、ゲームが出来たのは、来栖の母親がそのゲームに嵌ってていたからである。傍で見ているうちに、色んな仕掛けや謎を解いていく楽しさを知ってしまった。そのゲームの新作発売日には、長い列ができるくらい人気が高いゲームだった。
その日、来栖は新作ゲームを手に入れるために、夏の暑さをじっと我慢して長い列に並んでいたのである。眩暈がして倒れそうになったとき、やっと自分の順番が来てゲームを買ったのだった。意気揚々と家路に着く途中で、小学高学年の不良っぽいグループに遭遇した。
「お前の持っているものを、ちょっと見せてみな。」
「なんでさ。これは僕がお金を少しずつ貯めて買ったんだよ。・・・もしかして盗もうとしてる?」
「なんだ、わかってんじゃん。寄こせよ!」
必死に守っていたが、小学高学年生とは力で敵うはずがない。あっという間に、取り上げられてしまった。
「か、返してよ!持ってっちゃだめぇ~!」
「へっへっへ~、ちょっとだけ借りるだけだよ。ただし、ゲームをクリアするまでな!」
ドスン!
ゲームを取り上げた少年は、後ろから何かがぶつかってきたように、前のめりに倒れてしまった。何事が起きたのかと、その場にいる全員が目を凝らして見ると、そこには小学低学年生にしては体が大きい少年が立っていた。倒れた拍子に落ちたゲームを拾い、ほら、っと来栖に手渡した。
「あ、ありがとう・・・」
「いってぇなぁ!こいつ~、ざけんじゃねぇよ!」
倒された少年が、倒した少年に向かって殴ろうとしたその瞬間、一歩早く、鋭い頭突きが相手の鳩尾辺りに食い込んだ。ゲフっと言う呻きとともに、少年は蹲り、胃の内容物を吐いてしまった。少年は、他の少年達に向って、睨みつけ、啖呵を切った。
「やるのか?やるなら死ぬ気で来いよ!」
ぐっと睨みつけられると、年の差があるにもかかわらず、少年の激烈な感情に、思わず怯んでしまった。
「ひ、ひろしちゃん、大丈夫?」
仲間のその一言で、倒された少年は泣き出してしまった。
「おい、もう大丈夫だ。帰ろう。」
少年は来栖に語りかけてきた。
「おい、待てよ!」
まだ威勢のいい少年が詰め寄ってきた。さっきは不意打ちだったが、体格差は歴然としているのだから、気を抜かなければ有利だ、と思ったのだろう、改めて割り込んできた少年に挑もうとしていた。来栖は、事の成行にオロオロしていたが、冷静に頭は冴えていて、これじゃぁ太刀打ちできないと考え、ゲームを取られることを覚悟していた。
「お兄ちゃんたち~、ちょっと待ちなぁ~!」
ひょいっと姿を現したのは、ひょろりとした少年だった。どうやらさっきから傍で見ていたらしい。
「はい~、今までのことを~、この携帯電話で撮影してました~。これを~おまわりさんに見せたら~、どうなるのかな~?」
と、携帯電話を少年たちの目の前に突き出した。その時、通りに大人が2、3人通りかかろうとしていた。威勢の良かった少年は、その言葉にたじろぎ、ぎっと、携帯電話を見せつけている少年を睨みつけた。しかし、いままでの一部始終を撮られてて、大人にでも泣きつかれたのでは歩が悪いと感じたのか、
「ひろしちゃん、帰ろうか」
と、言って、まだべそをかいている少年を抱き起し、もう一度自分達を睨みつけてから、その場を去っていった。
「おまえ、高学年生に敵うわけないのに、良く向かって行ったな」
携帯電話をポケットにしまいながら少年は、去っていく少年達を憮然として睨み付けている少年に語りかけた。
「ふん、お前が出てこなくても、俺はあいつらをやっつける自信はあったぜ!」
「・・・あ、ありがとう」
うん?と振り向く二人。
「何も関係ないのに、助けてくれて、ありがとう」
「・・・まぁ、そのまま見ててもよかったんだけどさぁ~。度胸があるこいつにちょっと味方したくなったんだ」
「こいつって誰だ?俺は、渡瀬 守だ。」
「あ、ごめん、ごめん、俺、大野 充。よろしくな!。」
と、二人同時に来栖の方に顔が向けられた。
「ぼ、ぼく、来栖 徹。ほ、本当にありがとう。」
ぺこりと頭を下げた。これが、二人との出会いであった。後で分かった話だが、喧嘩のビデオを見せて、と大野に頼んだら、あれは、真っ赤な大嘘だ、とペロっと舌をだし、携帯電話の使い方なんて、掛ってきた電話にでることしかできねぇよ、と言ってケラっケラっと笑い飛ばされてしまった。
来栖は、恩を返したくて、家においでよ、と誘い、母に頼んでケーキを買ってきてもらって御馳走した。それ以来、3人はいつもつるんで遊ぶようになった。渡瀬は、普通に初対面で出会ったなら、近寄りがたい雰囲気を持っていた。そのためか、手下みたいな仲間はいるようだが、親友と呼べる相手はいないようだった。力に頼り過ぎている渡瀬を見ていて、なんとなく放っておけない気持ちにさせられた。自分が平和主義者になったのは、そんな渡瀬を見ていたからかもしれない。大野はそんな自分と渡瀬とを取り持つのに天性の才能を持っていた。機転が利いて、ぎくしゃくしがちな渡瀬と自分の間に入って空気を和ませてくれるのである。大野がいなかったら、渡瀬とはそれっきりになっていただろう。