雨の日はカフェにて
ぼんやりと窓の外を眺める。曇りガラスの向こう側には、いつもより人が少なく、けれどカラフルな世界が広がっていた。
休日は町に出かけ、ファーストフード店に入ってお気に入りのパフェを食べながら、文庫本を読んだり外を眺めたりするのが、日課である。
今日はあいにくの梅雨空だった。しとしとといった感じの雨粒が町に降り注ぐ。そのため、窓の外のいつもはにぎやかな駅前通りは、雨のイメージそのままに閑散としていた。
けれどその一方で、自動車のライトやお店の明かりが雨や濡れたアスファルトに反射していくつもの光の玉を作り、道行く人々が掲げる色とりどりの傘が、目を楽しませてくれる。
雨の日も意外にいいかもしれないな、と思う。
少なくとも、さっき買った100円の文庫本よりも面白そうだった。
文庫本を開いたままテーブルに置くと、パフェを食べながら、気ままに道行く人を観察をする。
携帯に視線を落としながら、器用に交差点を渡る少年。仲良く手をつないで歩道を渡る母親と娘。女の子の長靴は傘とおそろいの色だった。日曜日なのにスーツ姿の男性。店頭の軒先に立って信号が変わるのを待つ人……
(あ、あの子、可愛いな……)
黄色い傘を差した子。年は高校生かもしくは中学生といったところだろう。おとなしげな印象を受けるけれど、蒸し暑い梅雨にあわせて、白い肌が露出する服装をしている。それが黒髪に映えて、思わず目を引いた。
その子はちょうど目の前で信号待ちをしていた。手に持っているのは近くの中古本チェーンのビニール袋だけ。地元の子だろうか。
不意にその子と目が合った。慌てて窓ガラスから文庫本に視線を移す。手にした本は、文字が逆さまになっていたけれど、店の外からじゃ分からないだろう。しばらくそのまま待って恐る恐る顔を上げると、信号はとっくに変わっていて、その子の姿もなかった。
ほっとしたようながっかりしたような、そんな気分だった。
人間観察をいったん中止し、つまらない文庫本に目を通しているときだった。
「あの、隣、空いていますか?」
梅雨のじめじめを晴らすような声色が耳に入り顔を上げると、白い腕に黄色の傘をかけた状態でトレイを持ったあの子が立っていた。
「はっ、はい……」
とっさのことで声が裏返ってしまったけれど、特に気にした様子を見せないで「良かった」と微笑むと、隣の席に腰を下ろした。
さっき見ていたこと覚えているのだろうか? それにカウンター席はほかにも空いているのに、なぜ隣に?
いろいろと邪推していしまう。傘を差していたけれど雨のせいでスニーカーは水に濡れ、心なしか黒髪もしっとりとしていて、つやが見えた。
思わず見惚れていると、また顔を見られてしまった。慌てて視線を落とす。頬が熱い。
早く店から立ち去ろうと、残ったパフェに手をつけたとき、また鈴の音が響いた。
「さっきも、目が合いましたよね」
――覚えていたんだ。
「実は、一目惚れしちゃったんです」
ドキっと心臓が跳ね上がる。
「――このパフェに」
そう言って、トレイに乗ったパフェの一番上の生クリームの部分を、それは美味しそうにほおばった。
……ま、まぁ当然だ。世の中そんな簡単にボーイミーツガールが転がっているわけじゃない。ちょっとした会話と夢が見られただけでも良しとしようじゃないか。
と思いつつも、がっかりと肩を落としてしまった様子が面白かったのか、隣でくすくすと笑う声がした。
「もし良かったら、この後、ご一緒しませんか?」
「……え?」
私は驚いて顔を上げる。
「男一人だとこういう店には長居しづらいし……それに一目惚れって、パフェだけじゃないんですよ。お姉さん」
そう言って、ほっぺたに生クリームをつけた彼が笑った。
ライトノベル作法研究所に投稿した作品を、タイトルだけ変えました。