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おせっかい

昼休憩。

 120円。

 MAXコーヒー。

 買う。

 

 昼休憩と言っても営業の途中で自分で勝手に決めた昼休憩だ。俺にとって12時半が昼休憩なのだ。


 公園のベンチ。

 座る。

 MAXコーヒー。

 飲む。

 甘い。


 昼間に外にいるといつも思う。どうしてこんなに人がいるんだ?と。どんだけ人はいるんだ、と。真夏の道路に面した住宅街の12時半の公園にはたくさんの人がいる。34歳の俺、俺と同い年くらいの俺と同じような面倒くさそうなサラリーマン、キラキラとした大学生のようなサラリーマン、定年前と思われるくたびれたサラリーマン(サラリーマンばかりじゃないか。もちろん他にもいる)、ホームレス、ただの楽しそうなおじさん、その友達、ただただ公園の周りをグルグル歩くおじいさん(こうやって見ると意外と真っ昼間の公園には子どもとその母親は少ないのだな)。そして道路にはまたたくさんの車が行き交っていて、ほんとうにどれだけの人がこの日本にいて、これだけの人が日本のどこに向かっているんだ、と思う。しかしそんなことを思う俺でさえきっと誰かの対象となっているのだろう。


 カツサンド。

 210円。

 食べる。


 俺が物理的にも心理的にも少ない楽しみを消化していると、1人の少年が俺の隣のベンチに座ってPSPをし始めた。



 少年。

 少年?

 

 「俺はDS派だな」なぜだか俺はその少年にそう切り出した。

 

 「え?どうして?」画面を見たままどうでもよさそうに少年は答えた。少年と言っても中学生くらいだろうか?


 「なんかPSPっていかにもゲームって感じだろ?おじさんくらいにもなるとDSの優しい感じが合うんだよ」


 「ふーん。おじさんって言っても若く見えるのにね」こっちを見ないで言うのでその言葉に信憑性はなかった。


 「何歳くらいに見える?」

 「25」即答だった。もちろん顔も見ずに。


 「そうか。それは嬉しいなぁ。実はおじさん35歳なんだ」俺だってこんな少年に10歳近く若く見られようがどうでもいい。しかし大人として少しの芝居を交えつつ答えた。すると少年は意外にも画面から視線をこっちに向けた。とてもするどい眼差しだった。全てを見透かしているような、なんだか申し訳ない気持ちにさせるような眼差しだった。そして彼はPSPの電源を消し、今度は視線を正面の変な形の水道に移した。誰がデザインしたのだろう?よほどのバカでないとこんなデザインはできない。そんな水道だった。タイトルは「この世の終わり」あるいは「さようならパパ」そんな水道だ。


 「おじさんはこんな所で何してるの?」


 水道を眺めながら(ほんとうに水道に目をやっていたのかはわからないが、少なくともその方向に目をやって)俺にそう聞いてきた。


 「休んでるんだよ。仕事の途中だ」俺も水道を見ながら答えた。ただただ公園を歩くおじいさんが水道の水を飲み始めた。


 「何の仕事をしてるの?」


 とてもうまそうに水を飲むおじいさんだった。しかしそれは人に共有を促すものではなかった。とても不快だった。俺はこの公園で一生その水を飲みたくないと思ってしまった。


 「営業だよ」

 「営業?」

 「物を売る仕事だ」

 「何の?」

 「俺の場合は大抵は印刷機だな。プリンター」

 「誰に売るの?」

 「ほとんどは会社に売る。ごくまれに個人」

 「会社に売るの?おじさん1人で?」

 「まぁ会社と言っても、会社代表の誰かに話をして、その誰かを通じて売るから、まぁ個人対個人みたいなものだ。まぁ俺だってある意味で会社の代表だから、会社対会社とも言える。だからまぁ個人対会社というわけではないかな」

 「ふーん。じゃあみんな大人は、サラリーマンは会社の代表なの?」

 「そうとも言えるのかもしれないな」


 少し面倒くさくなってきたので細かくは答えないようにした。というよりは俺だってよくわからない。大人が大人のことを知っているというわけではないのだ。そもそも俺は大人なのか?会社の代表なのか?


 「おもしろい?」

 「何が?」

 「仕事」

 「おもしろい日もあれば、そうでない日もある」

 「人生は?」

 「おもしろい日もあれば、そうでない日もある」


 そう言うと突然少年は腹をかかえて笑いだした。


 「君は学校楽しいかい?」

 「楽しいよ」

 「人生は?」

 「学校よりは楽しいよ」

 「君は何歳?」

 「いくつに見える?」

 「12歳」

 「14」

 「君はどうしてこんなとこにいるんだい?今頃学校だろ?」

 「たまたまだよ。たまたま学校をさぼったんだ」

 「気持ちいいかい?」

 「気持ちはいい」

 「安心しろ。大人になったらな、さぼってばっかりだぞ。逆に気持ちよくなくなるからな、今のうちに気持ちよくさぼっとけよ」


 少年はまた腹をかかえて笑いだした。


 「大人って不良だね」


 マイルドセブン。

 エクストラライト。

 吸う。


 「そうだ。大人は不良だ」


 少年はさらに笑った。


 「吸うか?」

 「いい」

 「子どもは真面目だな」


 少年はこれでもかというくらいに笑った。腕時計を見ると13時7分だった。今日は少し遠くまで回ろうと思っていたのでそろそろ切り上げようと思った。


 「この後どうするんだ?」

 「うーんわかんない。おじさんは?」

 「そろそろ仕事しようかな」

 「メリハリだね」

 「そう。大人はメリハリが大事だ」

 「先生もそんなこと言ってた」

 「先生も大人だな」

 「僕はこれからどうしたら良い?」

 「恋をしろ。そしてセンスの良い服を着ろ。そしてDSもしろ。そして強くなれ。そしていろんなことを忘れるな。そして弱い者を助けろ。少なくともバカにするな。バカにするなら強い者をバカにしろ」

 「わかった!」

 「じゃあ俺は行く」



 決まった、と俺は思った。俺は颯爽と自転車に乗り、残りの仕事を続けた。


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