王宮で一番暇な王子様は、誰よりも人を見ていました。
王宮には、いつも誰かの足音が響いている。
朝になれば侍女たちが廊下を行き交い、昼になれば役人や騎士が足早に通り過ぎる。午後には来客が増え、夕刻が近づけば晩餐の支度に追われる者たちの声が、あちこちから聞こえてくる。その中でも、ミレーネの足音は一日中、途切れることがなかった。
「ミレーネ、厨房からお茶が届いたわ。第三応接室へ運んで」
「はい。すぐにお持ちします」
受け取った茶器を両手に抱える。
「それから、王女殿下の髪飾りが見当たらないそうよ。昨日、庭園でお茶をされていたでしょう?そちらも探してちょうだい」
「わかりました。見つかり次第すぐにお届けします」
「あと、第二王子殿下の書類を――」
返事をしながら、ミレーネは胸の内で小さく息を吐いた。ひとつ終われば、またひとつ。ようやく片づいたと思えば、次の仕事が待っている。侍女になって五年。仕事そのものには慣れたつもりだった。
忙しいことが嫌なわけではない。誰かに頼られるのは嬉しいし、自分が動くことで誰かの手間がひとつ減るなら、それだけでやりがいも感じる。
ただ、今日だけは少しばかり疲れていた。茶器を抱え直し、ミレーネは第三応接室へ向かう回廊を急ぐ。
その途中、庭園へ続く扉が目に入った。開かれた扉の向こうから、柔らかな風が流れ込んでくる。
噴水の水音に、咲き始めた白薔薇から漂うかすかな甘い香り。
回廊とは違って、そこには急ぐ足音がなかった。
ほんの一瞬、ミレーネの歩みが緩む。けれど、すぐに小さく首を振った。今は休んでいる場合じゃない。
再び足を速めようとした、そのときだった。
「今日も相変わらず忙しそうだね」
声のする方を見ると、庭園の中央に置かれた石造りのベンチに、一人の青年が腰掛けていた。
淡い金色の髪に、端麗な顔立ち。仕立ての良い衣服を身に纏っているが、どこか気の抜けた雰囲気がある。
第四王子、リュアン。王宮で彼を知らない者はいない。
そして、彼には少し変わった評判があった。
王宮で一番何もしていない暇な王子だと。
実際、兄たちが政務や外交、騎士団との訓練に追われる中、リュアンにはこれといった役目がない。当の本人も、それを気にしている様子はなかった。
「その顔を見る限り、やっぱり忙しいんだね」
「そうですね。朝からずっと走り回っています。まだ仕事もいくつか残ってますし」
「大変そうだ。少しくらい休んだほうがいいんじゃない?」
「殿下が暇すぎるだけだと思いますけど」
口から出てしまってから、ミレーネははっとした。
「……も、申し訳ありません。今のは、その……」
王族に向かって、あまりにも軽率すぎる。慌てて頭を下げると、リュアンは一瞬きょとんとしたあと、くすりと喉を鳴らした。
「君の意見は正しいと思うよ。実際、僕は他の兄上と比べて暇だから」
「……ご自覚はあるんですね」
「もちろん」
「普通は、もう少しくらい気にされるものではないんでしょうか」
「何を?」
「その……他の殿下方は、それぞれ大きなお役目をお持ちでしょう?」
「そうだね」
「それなのに殿下だけ、こうして庭園で……」
言葉を並べれば並べるほど罪悪感が募り、思わず言葉を濁す。リュアンはその先を察したらしく、ベンチの背にもたれながら空を見上げた。
「何もしていない?」
「……はい」
「うん。やっぱりそう見えるよね」
怒る様子もなく、むしろ面白そうに目を細めている。
「でも僕はこのくらいでちょうどいいと思ってる」
リュアンはそう言って、庭園へ視線を戻した。
その横顔には、仕事をしていないことへの焦りも、周囲と比べられることへの不満も見えない。
「ちょうどいいというのは?」
「僕まで忙しくなったら、誰が庭の花が咲いたことに気づくの?」
「……それは、庭師では?」
「なるほど。じゃあ、僕がいなくても大丈夫だ」
「そういう意味ではありません。殿下が庭にいることを否定したわけではなくて……」
慌てて言い直すミレーネを見て、リュアンの口元がわずかに緩んだ。
「真面目だなあ。ちゃんと分かってるよ」
からかわれているような気がして、ミレーネは小さく唇を尖らせる。
「それにしても君は忙しすぎるよ。少し休めない?」
「お気遣いありがとうございます。でも本当に時間がありません」
そう答えながら、ミレーネは腕の中の茶器を抱え直した。まだこのあとにも仕事が残っている。
ここで立ち話をしている時間さえ惜しいくらいだった。
「そう。じゃあ、仕事が終わったらまた来ればいい」
「……考えておきます」
曖昧に答えると、リュアンはそれ以上引き止めなかった。ミレーネは一度頭を下げ、そしてそのまま持ち場へ戻ろうとしたときだった。
「ああ、そうだ。王女の髪飾りを探しているんだろう?」
「ご存じだったんですか?」
「さっき、庭師が話していたから」
「何か手掛かりが見つかりましたか?」
「たぶん、温室の近くだよ」
「温室……ですか?」
「昨日、王女がここを出たあと、風が強くなっただろう?」
リュアンは庭園の奥へ目を向けた。
「髪飾りを落としたなら、花壇より温室側へ飛んだんじゃないかな」
「……どうして、そこまで分かるんですか?」
「分かったわけじゃないよ。なんとなく、そんな気がするだけ」
「それでも、探してみます。ありがとうございます」
ミレーネは半信半疑のまま温室へ向かった。
温室の中へ入ると、外より少しだけ湿った空気が肌にまとわりついた。白い鉢植えが並ぶ通路を進みながら、しゃがみ込んで足元を探す。
髪飾りが風で飛ばされたのなら、もっと奥へ転がっているかもしれない。そう思いながら鉢の陰を一つずつ覗き込んでいく。
しばらくして、鉢と鉢の隙間に小さな光が見えた。
「あ……」
身を屈め、指先を伸ばす。
拾い上げたものを手のひらに乗せてみれば、それは探していた銀細工の髪飾りだった。
「本当に……あった」
思わず声が漏れる。まさか本当に見つかるとは思っていなかった。彼の言葉を信じたというより、せっかく教えてもらったのだからと探してみただけだった。
それなのに、今こうして手の中にある。ミレーネはしばらく髪飾りを見つめていたが、はっと顔を上げた。
早く届けなければ。髪飾りを落とさないよう大切に握りしめ、急いで温室を出る。
庭園へ戻ると、リュアンは先ほどと変わらない場所に座っていた。
「見つかった?」
「……ありました。どうして分かったのですか?」
「昨日、王女が庭園を出たあと、侍女が髪飾りを探していた。庭師も探していたし、そのあと風も強くなったから」
「それだけのことで、温室の近くだと思ったんですか?」
「うん。たぶん、だけどね」
リュアンはまるで、当たり前のことを並べるように言った。
「たったそれだけだよ」
「……私なら、そこまで考えませんでした」
「君は忙しいからね」
「そういう問題でしょうか?」
「そういう問題だと思うよ」
あまりにもあっさりと言われ、ミレーネは返事に困った。彼はそんな彼女を気にする様子もなく、庭園を眺めている。
「僕は暇だから、人が見落としていることを見る時間があるんだ」
風が庭を抜け、葉の重なりがさらさらと揺れた。
ミレーネは、そのときは深く考えなかった。
◆
翌日から庭園を通るたびに、リュアンの姿が目に入るようになった。
彼はいつも同じ場所にいるわけではない。噴水のそばで本を読んでいることもあれば、温室の前で庭師と話していることもある。一見すると、やはり何もしていない。けれど、少し気にして見てみると、そうでもなかった。
庭師が重そうな鉢を運んでいれば、いつの間にか片側を持っている。侍女がハンカチを落とせば、拾って手渡している。庭園へ迷い込んだ子どもを見つければ、しゃがんで目線を合わせ、穏やかな声をかけながら王宮の中へ送り返していた。
どれも、大きなことではない。けれど、誰かが気づかなければ、そのまま見過ごしていたようなことばかりだった。
「殿下」
ある日の夕方、庭園へ出ると、リュアンが顔を上げた。
「今日は少し遅かったね」
「……分かるんですか?」
「うん。いつもより遅かったから、どうしたのかなと思ってた」
「そんなに時間まで覚えているんですか?」
「君が毎日ここを通るから」
言われてみると、仕事の合間に庭園を通ることは多い。けれど、自分のそんな習慣を誰かに気づかれているとは思っていなかった。
「私がここを通る時間まで覚えているんですか?」
「だいたいはね」
「どうしてでしょうか」
「上手く言えないけど、君が来る時間になると、そろそろかなって思うんだ」
「……それは、ちょっと不思議ですね」
「そう?」
「はい。私だったら、そこまで覚えていないと思います」
何でもないことのように言われて、ミレーネは返事に困った。
リュアンは気にした様子もなく、ベンチの隣を軽く叩く。
「今日は座っていかない?」
「……少しだけなら。次の仕事まで、まだ時間がありますから」
いつもなら断るところだった。でも今日は、なぜか断る気にならなかった。
ミレーネが腰を下ろすと、先ほどまで立っていたときよりも、庭園の音が近くに感じられた。噴水から落ちる水の音に、木々の葉が風に揺れる音が重なっている。回廊を行き交う人の足音も、ここまで来ると遠い。
リュアンが横目でこちらを見る。
「ところで」
彼はベンチの隣に置いてあった小さな包みを手に取った。淡い色の布で包まれていて、端には細い紐が結ばれている。
「これ、よかったら食べる?」
「焼き菓子でしょうか?」
「うん。さっき厨房でもらったんだ」
「どうして私に?」
「僕は甘いものをあまり食べないから」
「でしたら、ほかの侍女の方に差し上げればいいのでは?」
「そうなんだけど」
リュアンは包みを手の中で軽く持ち上げ、それからミレーネへ差し出した。ミレーネは少し考えるように包みを眺め、それからリュアンを見る。
「君なら喜んでくれそうだと思って」
「……どうしてそう思うんですか?」
「この前、庭師が焼き菓子を持ってきたとき、君がおいしそうに食べていたから」
「また見ていたんですか?」
「たまたまだよ」
「本当に?」
思わずじっと見つめると、リュアンは困ったように眉を下げた。
「いや、偶然目に入ったんだ」
「それにしては、よく覚えていますね」
「君が嬉しそうにしていたからじゃないかな」
「……そういうことを言うのは、ずるいですよ」
「何が?」
「知りません」
ミレーネが視線を逸らすと、リュアンは満足そうに目を細めた。
「それならなおさら食べてみてよ」
「では、お言葉に甘えて……」
ミレーネが包みを受け取る。指先に伝わる布の温かさに、焼きたてなのだろうかと少しだけ思った。
布を開くと、中には小さな焼き菓子が二つ入っていた。表面には細かな焼き色がついていて、ほんのり甘い香りが漂う。
「まだ温かいですね」
「さっき焼いたばかりだから」
「ありがとうございます、殿下」
「どういたしまして。気に入るといいけど」
「きっと気に入ります」
一つを手に取り、そっと口に運ぶ。
ほろりと崩れた生地から、控えめな甘さが広がった。
「……おいしい」
「よかった」
「殿下も、一つくらい召し上がったらどうですか?」
「僕はいいよ」
「せっかく二つあるのに」
「じゃあ、君が二つ食べればいい。せっかく君にあげたんだから」
「……では、遠慮なく二ついただきますね」
「うん。そのほうが僕も嬉しい」
ミレーネはもう一つの焼き菓子へ目を向けた。
忙しい一日の途中で、こうしてベンチに座って誰かからもらった菓子を食べていることが、なんだか不思議だった。
庭園を渡る風が頬を撫で、噴水の水音が静かに続いている。ほんの数分前まで、次の仕事のことしか考えていなかったはずなのに。
今は、もう少しだけここにいてもいいような気がした。
それから二人は、庭園で会えば少し話をするようになった。仕事の合間に数分、長くても十分ほど。それだけの時間だった。庭園へ続く扉が目に入ると、あと少し頑張れば、あの場所へ行ける——そんなふうに思うことが増えた。
そこへ行けばリュアンがいる。それが、いつの間にか当たり前になっていた。
◆
庭園の景色も、少しずつ変わっていった。花壇では新しい花が咲き、噴水の水音に混じって鳥の声が聞こえるようになった。
ある日の午後、いつものように庭園へ足を踏み入れると、リュアンは噴水のそばに立っていた。
庭師と何か話し込んでいた様子だった。
「今日は何をしているんですか?」
「庭師へ頼みごとをしていたんだ」
「何の頼みごとですか?」
「明日、王女が父上とお茶をする予定があるんだけど、最近あまり話す時間がないらしいから」
「お二人が、ですか?」
「そう。せっかくの機会だから、少しくらいゆっくり話せればいいと思ってね」
リュアンは噴水の向こうへ視線を向けた。
「王女が少し寂しがっているって、前に聞いたんだ」
「それで、庭を?」
「ここなら父上も仕事の合間に来られるだろうと思って」
「……殿下って、意外と王族らしいことをなさるんですね」
「ひどいな。僕だって一応、王子だからね」
「でも、普段は庭でぼんやりしているので」
「ぼんやりしているように見えるだけだよ」
「では、本当は何を考えているんですか?」
「それは秘密」
「教えてくださらないんですか?」
「そのうちね」
その言葉に、ミレーネの頬が思わず緩んだ。けれど、ふと気づく。この人は、暇なのではないのかもしれない。髪飾りを見つけたときも、庭師や侍女にさりげなく手を貸していたときも。見つけたものを、そのままにしない人なのだ。
「殿下は今も私のことをよく見ていますか?」
「見ているよ」
「……何が分かります?」
「君は疲れると、右肩を少し上げるんだ。たぶん無意識なんじゃないかな」
「そんなことまで……」
「あと、忙しい日は庭園を通るとき、歩くのが少し速くなる」
「……」
「でも、ここへ来るときだけは、少しだけゆっくりになる」
ミレーネは何も言えなかった。自分でも気づいていなかったからだ。庭園へ向かうときだけ、歩く速さが変わっていたなんて。
「どうして、そんなに見ているんですか?」
「そうだな。君がここへ来ると、庭園が少し明るくなる気がするんだ」
「……殿下は、そういうことを平気で言うんですね」
「そういうことって?」
「知りません。そういうことです」
「変なの」
「殿下に言われたくありません」
ミレーネが視線を逸らすと、リュアンは何か言いたげに目を細めた。
けれど、それ以上は何も言わなかった。
庭園を抜ける風が二人の間を通り過ぎる。
噴水の水面が揺れ、木々の葉がさらさらと音を立てた。
◆
翌日。国王と王女は、庭園で茶会を開いた。ミレーネは少し離れた場所から、その様子を見ていた。いつもなら政務の合間を縫うようにして食事を済ませる国王が、今日は急ぐ様子もなく椅子に腰を下ろしている。
向かい側に座った王女は、普段よりずっと嬉しそうだった。
「お父様、この前ね——」
弾む声が庭園に響く。国王は手にした茶器を置き、娘の話に耳を傾けていた。ときおり短く相槌を打ち、王女が身を乗り出せば、それに合わせるように顔を向ける。遠くから見ているだけでも、二人が久しぶりにゆっくり話せていることは分かった。
「二人とも、楽しそうだね」
隣から声がして、ミレーネは振り向いた。リュアンも二人の姿を眺めていた。
「本当に。王女殿下、とっても嬉しそうです」
「そうみたいだね」
「殿下が気づいたからですよ」
「僕だけじゃないよ。君も気づいていたんじゃない?」
「……そうかもしれません。でも、私は何もできませんでした」
ミレーネは庭園の向こうへ目を戻した。王女が最近少し寂しそうなことも、仕事の合間に庭園へ来ていたことも、何となく気づいていた。でも、それをどうすればいいのかまで考えたことはなかった。気づいても、忙しさの中に紛れて、そのままにしていたのだ。
「できなかったんじゃなくて、考える時間がなかっただけだよ」
リュアンの声は穏やかだった。
「君は毎日、誰かに頼まれたことを一つずつ片づけているから」
ミレーネは何も言わず、彼の横顔を見つめた。
「僕は、頼まれていないことを見る時間がある。それだけだよ」
庭園を渡った風が、テーブルの上の白い布をわずかに揺らした。ミレーネは、王女と国王の姿へもう一度目を向ける。少し離れた場所では、リュアンが庭師に頼んでいた花が、色とりどりに咲いていた。その光景を見ているうちに、最初に庭園で彼に会った日のことを思い出した。
——僕は暇だから、人が見落としていることを見る時間があるんだ。あのときは、ただの冗談だと思っていた。けれど今なら、少し分かる気がする。
「……暇なのも、悪くないのかもしれませんね」
ミレーネがそう言うと、リュアンがこちらを見た。
「やっと分かってくれた?」
「ただし」
ミレーネは少しだけ考えてから、ゆっくりと口を開いた。
「私が今まで言っていたことを、訂正します」
「ん? 何のこと?」
ミレーネはすぐには答えなかった。
少し離れた場所では、王女と国王が穏やかに言葉を交わしている。そして、その光景を静かに眺めているリュアン。
彼は何もしていないように見えて、実は誰よりも周りを見ている。ミレーネは、そんな彼の姿を思い返した。そして、ほんの少しだけ目を細める。
「殿下は、王宮で一番暇な王子ではなく——」
少しだけ間を置いて、続ける。
「王宮で一番、人を見ている王子様です」
リュアンは目を瞬くと、それからゆっくりと口元を緩めた。
「それなら、悪くないね。でも、一つだけ間違ってるよ」
「何がですか?」
「僕が一番見ているのは、人じゃない」
「では、何です?」
「君だよ」
「……え? 私って、人ではなかったんですか?」
「冗談に決まってるじゃないか」
「変な冗談を言わないでください!」
「ごめんごめん。でも、君がそんな顔をするとは思わなかった」
「どんな顔ですか?」
「秘密」
「またそれですか」
呆れたように言いながら、ミレーネの頬には小さな笑みが浮かんだ。
けれど、その表情が静まったあと。
なぜか、すぐにはその場を離れたくなかった。
「明日も、ここにいますか?」
気づけば、そんな言葉が口からこぼれていた。
リュアンが少しだけ驚いた顔をする。
「明日も来てくれるの?」
「……えっと。仕事が終わる時間にもよりますけど……」
「待っているよ」
「……暇だからですか?」
「うん。君を待つくらいの時間なら、いくらでもあるから」
「それなら……私も、できるだけ早く来ます」
「楽しみにしてる」
ミレーネは小さく息を吐いた。
「では、また明日」
「ああ。また明日」
二人はそこで別れた。
ミレーネは回廊へ戻ると、相変わらず王宮には足音が響いていた。
誰かを呼ぶ声。急ぐ侍女の足音。遠くから聞こえる、次の仕事を告げる鐘。いつもの王宮だった。
ミレーネも、いつものように歩き出す。けれど、庭園へ続く扉の前を通ったときだけ、ほんの少し足を緩めた。
明日も、ここへ来よう。仕事が終わったら。あの人が、いつもの場所で待っている。
そう思うだけで、今日まで慌ただしいだけだった王宮の足音が、ほんの少しだけ遠く聞こえた。
最後までお読みいただきありがとうございました。
よろしければ、ブックマークや評価で応援していただけると、とても励みになります。




