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このショートショートは、Nolaにて執筆した作品を転載したものです
いつもの送迎リムジンの座席で、私は護衛を長く努めている同い年の男、セバスの顔を思わず二度見してしまいました。
「せ、セバス? 今、わたくしになんて?」
「お嬢様は世間知らずだと、そう申し上げました」
世間ずれしたお嬢様、世間知らず、箱入り娘、そう呼ばれた事があるのは確かです。
ですが、私も平安時代から続く中御門家の娘として、世間のことくらいは学んでいます。
セバスはわたくしと同い年、同じ学校に通っているからと馴れ馴れしいのです。主家の令嬢に仕えている立場というものをわきまえさせなければなりません。
「あと、俺はセバスじゃありません。田中義夫です」
「お黙りなさい。従者はセバスチャンと呼ばれるものだということくらい、わたくしが知らないとでも思って?」
そう、高貴な家に使える男の従者はセバスチャン、侍女はアンナと呼ばれるものである、ということくらいわたくしも知っています。
わたくし、そこまで世間知らずではございません。
「じゃあ何で学校で『田中くん』と呼ぶんですか」
「そ、それは……その、一応は学び舎では、元々の名前で呼ばないと面倒がございますでしょう?」
「あぁ良かった、俺の元々の名前が田中だってことは覚えてましたね。偉いですよお嬢様」
「なっ……う、上からですわ! 上から目線ですわ! 無礼で不遜で生意気ですわ!」
「はいはいそれは悪うございました」
セバスがわたくしのことを『世間知らず』と言ったのは、私があやうくクラスメイトに騙されそうになったから。
『マクドナルドのハンバーガーを買うには、2日前までにホームページから申請をしないといけない』
『西日本で売られているカールを東日本に持ち込むのは密輸になる』
『ハッピーターンにまぶしている粉、ハッピーパウダーには依存性がある。ハッピーターン30本を一気に食べると急性中毒になる』
という話を聞かされていたところに、セバスが
『お嬢様、全部嘘ですよ』
と言ってきたのが今日のお昼休み。
「分かっていましたわ! わたくしだって、カールの東日本への持ち込みが解禁になったことくらい!」
「……ちなみに、解禁前にはカールを西日本から東日本へ持ち込んだ場合は?」
「それも知っていますわ。10万円以上、50万円以下の罰金に6か月以下の拘禁刑になる、犯罪ですわ。カール移動禁止法違反ですわ」
はぁ、とセバスは聞えよがしのため息。
まるで呆れたような顔で、主たる私を見上げているあたり、やはり主従関係というものをちゃんと理解させなければいけません。
「どうですの? わたくし、これでもちゃんと世間のことを学んでおりますのよ?」
「じゃあお嬢様、次の問題です。マクドナルドのビッグマックの価格の半分は、アメリカからの関税である。◯か✗か」
「ふふん、あまりわたくしをナメないことですわ、セバス。答えは当然✗ですわ。半分ではなく、25%が関税ですもの」
「……次です。餃子の王将のライバル店は、『餃子の金将』と『餃子の銀将』ですが、東北には『餃子の桂馬』がチェーン展開されている。◯か✗か」
「◯ですわ。同じクラスの佐藤さんは、ご両親のご実家が宮城ですもの。佐藤さんから『餃子の桂馬』では水餃子、『餃子の香車』では揚げ餃子、『餃子の玉将』で焼き餃子が売られていると伺いましたわ。現地に詳しい佐藤さんが間違えるわけがありませんもの」
「やっぱりお嬢様はひとりで出歩かないでください。俺が付き添いますから」
「な、なんでですの!? わたくしはひとりでも問題ありませんわ!」
セバスが私に呆れ顔を向けるのは、昨日今日始まったばかりのものではありません。
事あるごとに『お嬢様は世間知らず過ぎます』だの『少しは人を疑うということ覚えてください』だの『周りにいる人が全員善意だと思わないほうがいいですよ』だのと、小難しい事ばかり。お小言が多すぎるのです。
「わたくし、社会勉強はしっかりやっておりますわ」
「じゃあお嬢様。仮に俺とお嬢様がお互いを好きになって――」
「好っ!? な、そ、それは、あの、セ、セバスっ!?」
今とんでもないことを言い出しましたわ!
なんて破廉恥な! まだ16歳、男女交際なんて言語道断なはず。とんでもない暴挙でしかありません。
「はいはい、続けますよ。で、仮に俺とお嬢様が交際しようと考えたとします。まずするべきことはなんですか?」
「そ、そんな、そんなこと……決まっておりますわ……わたくしもセバスも未成年ですし……住民票を登録した市役所で、男女交際許可申請書の用紙を貰って、お父様とお母様両方の許可の印鑑を頂いて……そ、その、許可申請書を市役所に提出したら、その……こ、『公認カップル』として登録されて、それで……」
そう、たしか成人が18歳に引き下げられてから色々法制度が変わって、男女がお付き合いをする、つまり『彼氏』『彼女』になるには、役所の許可が必要になっているはず。
公認カップル証明書がない状態で、姉弟でもない家族以外の10代の男女が一緒に外を出歩いていると、警察に『違法カップル』として補導されてしまう、というのは同じクラスの佐藤さんに鈴木さんが話しておりました。
情報に詳しい図書委員のお二人が嘘をつくなんてありえませんわ。ということは、つまりこの情報は確度の高い『信頼できる情報筋』といえるはず。
「それで?」
「……その……市長の許可が降りてから、必ずマイナンバーカードを持って『デート報告書』を市民課に提出して……未成年の場合は、3回のデート報告書提出後に、き、き、き……キス許可証が発行される……ど、どうですの!? セバス、わたくしの知識を甘く見ないでくださらない!?」
「お嬢様、それ誰から聞いたんですか?」
リムジンの後部座席、私の正面に座るセバスは、聞えよがしにため息を吐きます。
まったく、主に対する敬意というものがここまで欠けると、むしろ面白さすら感じてしまいます。
「当然、図書委員のおふたりですわ」
「わかりました。明日シメときますね。あの2人」
「セバスっ!?」
「ったく……良いですかお嬢様。公認カップル証明書なんてもの、そもそも存在しませんから。普通に、当たり前に、何も無しで付き合えますから」
「な、なっ、なんですって!? セバス、それじゃあその、もしも、万が一、何かの間違いでわたくしがセバスと――」
「お嬢様、そこまで予防線はらなくても大丈夫ですから。俺も自分の立場とかもきちんとわきまえてますから」
「お、おだまりなさいっ! その、あくまで可能性の問題で、わたくしがセバスと、こ、こ、こ、交際、したい、と考えたとしたら……役所の許可は必要ない、ということなんですの!?」
「まぁ、旦那様から殺されますけどね」
お父様は決してお許しにならないでしょうけれど、そんな、役所への登録が必要ないなんて。
わたくしが知らない間に、世界はそんなに男女交際におおらかになっていたなんて。
「いや、最初からないですからね? そんな制度」
あぁ、いけませんわ。破廉恥ですわ。結婚もしていない未成年の男女がそんな、従者と主人という立場の2人が。
「お嬢様、帰ってきてください。……お嬢様?」
今回は、初めて「ブルーライト」といえるような青春のラブコメを書いてみました。
現在、毎日21時に公開している長編「光のまほう」は、異世界ファンタジーのラブコメ作品になっています。
こちらもよろしければ是非、お楽しみください。




