まるであの夏のように
⚫︎乾楓
金髪ヤンキー、実は読書好き
⚫︎小野寺ありさ
メガネ、図書委員、本が好き
♦︎図書館
高校一年の夏。
下校後。
図書館の自動ドアの前に立ち、中に入ろうとする俺は、突然後ろから声をかけられた。
「あら、乾君・・・」
楓が急いでありさの口をぺふっと手で塞ぐ。
「図書館では佐々木って呼べって言っただろ?」
「はいはい、佐々木君」
ことの発端は、罰ゲームだ。
ゲーセンで負けたらクラスの地味な女に告白をする、というものだった。
うちのクラスで地味な女と言えば
図書委員の小野寺ありさ。
俺の好きな人だ・・・。
♦︎高校
蝉の鳴き声がする。
肌に張り付くワイシャツが気持ち悪い。
暑くて汗が額から頬へ落ちていく。
でも、そんなことが気にならない程に
俺は別のことで頭がいっぱいだった。
告白する為、今まさに裏庭に小野寺ありさを呼び出している最中だった。
負けたらクラスの中で地味な女に告白をするという約束をしてしまったが故にこんなことになってしまった。
ゲーセンで見事、友達に負けた俺が悪いのだが・・・。
まぁ、どうせ断られるに決まっている。
俺はクラスの中ではヤンキーだし、小野寺ありさは大人しい図書委員だ。
合うはずがない。
「好きです、付き合って下さい!」
「いいわよ」
「え?」
"やだ乾君たら〜"とか"無理です"とか、
なんて言われるだろうかと頭の中でずっと考えていたが
まさかのOKが出た。
どうしよう。振られる予定だったのに。
もう後に引けないじゃないか。
ダラダラダラと楓の頬に冷や汗が流れる。
これは夏の仕業ではない。
「ふふ」
小野寺ありさが笑った。
初めて見た。なんだよそれ・・・。
胸を鷲掴みにされた気分だ。
「なに」
ばか、動揺するな。
「罰ゲームか何かでしょう?」
「何で知ってんの」
極めて冷静に。冷静に・・・。
「あなたみたいなヤンキーが私のような地味な女に声を掛けるとしたら
罰ゲームか何かの勧誘かのどちらしか考えられないわ。」
いや、確かに罰ゲームなんだけどさ。
そこ否定できねーんだけどさ。
「でも、安心して」
ん?
「付き合ったことにしてあげる。」
待て。何を言ってるんだ小野寺ありさ。
「1ヵ月したら、あなたに飽きられて振られたことにしてあげるから。」
「ちょっと待て!
確かに罰ゲームだが、別に付き合うとか考えてなかったし・・・。つか、普通に振られて終わりだと思ってたんだ。」
急にモゴモゴしだす。
「それでもいいけど、あなたにもメンツがあるんじゃないの?」
「う・・・」
何も言い返せん。
「キスくらいならしてもいいけど?
向こうの方であなたの友達が見ているみたいだしね。」
「え?・・・あ、本当だ・・・」
グキッ!
「!?」
連れがいる方へ振り返ろうとして両頬をガシッと掴まれた。
今俺は、小野寺ありさに見つめられている。
「えーと・・・マジでするのか?」
「ぷっ・・・」
たまらずありさが吹き出す。
キョトンと楓が瞬きする。
ありさが両手を頬から離す。
「冗談よ、冗談。意外とウブなのね、楓君って」
そう言って小野寺ありさが去っていく。
くそっ!なーにが意外とウブなのね、だ!!
仕方ないだろ!キス、初めてなんだから!!
♦︎図書館
それから数日後の夕方。
学校の図書室が水漏れの為、しばらく立ち入り禁止になってしまった。
私は、近くの図書館へと足を運んだ。
自動ドアの前に立っている人物に目が止まる。
黒髪に丸いメガネをかけてやけに猫背な男子高校生。
同じ制服だった。
「ねぇ」
私に声をかけられビクッと体を震わせた。
「やっぱり、乾君じゃない。何やってるのよ、そんな格好、で・・・ちょっと!」
言い終えるや否や、乾君に腕を引かれて図書館の近くの公園に連れて行かれた。
「このこと、誰にも言うなよ。」
「言わないわよ。でも、どうしてそんな格好で図書館に来たの?」
「俺みたいなヤンキーが読書好きなんて知られたら困るんだよ。」
「別にいいじゃない。」
「連れに笑われんだろーが。」
「はぁ・・・分かったわ。言わない。」
「本当だろーな?」
「だって、私あなたに興味ないもの。」
「ガ〜ン・・・」
だって、私あなたに興味ないもの。興味ないもの。ないもの・・・
と頭の中で小野寺ありさの言葉がこだまする。
「やーね。そんな落ち込んだフリまでしなくても今はあなたの友達周りにいないわよ。」
「フリなんてしてねーっつーの!」
楓が帰ろうとするが、ありさは立ち止まったままだ。
「なんで一緒に帰ってくんねーの!」
ヤケクソになった楓が叫ぶ。
「だって、私まだ本読めてないから。」
ありさが図書館の方へ歩き出す。
その後ろから楓が声をかけた。
「俺も行くから!」
前を歩くありさの口元が緩んでいたのを
楓は知らない。
お互いに図書館で本を選び終えたのは
ほぼ同時だった。
楓が天使を題材にした小説を借りてきた。
表紙は、綺麗な天使と花の絵が描かれた乙女チックな本だった。
ありさは灰色と銃の絵が描かれたしぶ〜いサスペンス小説だ。
ありさがチラッと楓の本を見る。
「なんだよ。わりーかよ。」
「まだ何も言ってないじゃない。」
「分かってんよ、俺みたいなヤンキーが天使なんて似合わないって。」
「似合わないなんて思ってないわ。
ただ、随分可愛らしい本を選ぶんだなぁって。」
「誰にも言うなよ!」
「言わないわよ。だって・・・」
「はいはい。どーせ、興味ないし俺みたいなヤンキー嫌いなんだろ。分かってますー。」
「誰もそんなこと言ってないじゃない。」
ムスーッと威嚇している猫のようにありさを睨む楓。
「だって、一つくらい秘密があってもいいかなって思ったのよ。
だから知らなかったことにしてあげる。」
そう言って小野寺ありさは微笑んだ。
ばーか。言えるかよ。
その笑顔にゾッコンなんてよ。
ずっと好きだった、なんてさ。
今はまだ言えない。
この夏が終わるまでは。
♦︎数年後。
俺は図書館の近くにある公園のベンチに座っていた。
「ふーあちぃ・・・うわっ!」
ピトッと頬に冷たいものが押し当てられた。
「はい」
「さんきゅ」
蝉の鳴き声がするたびに。
肌に張り付くワイシャツが気持ち悪いと感じるたびに。
暑くて汗が額から頬へ落ちていくたびに。
まるであの夏のように。
何度も繰り返し、繰り返し。
今隣にいる君を思い出すんだ。




