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さいごの桜の春
円山公園の夜桜は、また同じ場所にあった。
同じ提灯。
同じ屋台。
同じ笑い声。
違うのは、僕だけだった。
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もう分かっていた。
恋を叶えようとすると、深山さんは死ぬ。
桜が散る前に、必ず。
理由は説明できない。
でも、確信だけがあった。
この春の終わりは、
人間としての終わりなのだと。
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だから決めた。
最後の春だけ、恋をしない。
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清水寺には行かなかった。
遠出もしなかった。
特別なことは何もしなかった。
ただ、一緒に過ごした。
貴船のバイト。
帰り道。
鴨川の夜。
何度も繰り返してきた日常を、
今度は壊さないように過ごした。
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深山さんは、よく笑った。
何度目かの春なのに、
初めて見る笑顔が多かった。
そのたびに思った。
ああ、この人は本当に、
この春が最後なのかもしれないと。
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桜が散り始めていた。
花びらが、ゆっくり落ちる。
春が終わる音がした。
でも今回は、恐くなかった。
恋をしていない春だったから。




