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桜の夜に君はおちた
夜の清水寺は、思っていたより静かだった。
観光客はまだいるのに、
昼間とは別の場所みたいだった。
舞台の上から見える京都の夜景は、
遠くまで光が続いていた。
深山さんは、しばらく黙って景色を見ていた。
「全部、見えますね」
ぽつりと呟いた。
何が、とは言わなかった。
⸻
告白しようと思っていた。
今日しかないと思った。
理由はないのに、なぜかそう思った。
言葉を探していた。
言えば何かが変わる気がした。
「深山さん」
名前を呼ぶだけで、声が少し震えた。
深山さんは振り返った。
風が吹いて、髪が揺れた。
その時、
足元で小さな音がした。
石が転がる音。
一瞬だった。
深山さんの体が傾いた。
手を伸ばした。
届かなかった。
⸻
時間が止まったように見えた。
落ちていく影。
遠くなる白い服。
何も理解できなかった。
何も間に合わなかった。
⸻
次の瞬間。
僕は円山公園に立っていた。
夜桜の下。
提灯の光。
屋台の煙。
誰かが笑っている。
夢だと思った。
でも、前にも見た光景だった。
⸻
振り返る。
深山さんが、桜を見上げていた。
何も起きていない顔で。
初めて会う夜の顔で。
その時、初めて思った。
春が、巻き戻ったのだと。




