桜が散る前の約束
貴船のバイトが終わる頃、
僕たちは一緒に帰ることが増えた。
同じ方向のバス。
同じ時間の帰り道。
約束をしたわけじゃない。
気づいたら、そうなっていた。
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鴨川のそばでバスを降りて、
少しだけ歩いた。
春の夜の川は、まだ冷たい色をしている。
「川、好きなんです」
深山さんが言った。
「水の音って、安心しません?」
うなずきながら、
少し意外だと思った。
山の人だと思っていたから。
「でも一番落ち着くのは、山です」
続けてそう言った。
前にも聞いた言葉だった。
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「知らない場所なのに、懐かしい感じがするんです」
深山さんは川を見ながら言った。
「夢の中で見たことがあるみたいな」
夢。
その言葉が、妙に引っかかった。
「どんな夢なんですか」
少し迷ってから、深山さんは答えた。
「山の夢です」
短く、それだけ。
それ以上は話さなかった。
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沈黙が流れた。
風が吹いて、
川の表面が揺れた。
その時、深山さんが小さく笑った。
「変ですよね」
「え?」
「知らない場所なのに、帰ってきた気がするなんて」
その言葉を聞いた時、
胸の奥が少しだけざわついた。
理由は分からない。
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別れ際、深山さんが言った。
「今度、清水寺行きません?」
少し驚いた。
「行ったことないんです。夜の清水寺」
デート、という言葉は出なかった。
でも、そういうことなんだと思った。
うなずいた。
「行きましょう」
その約束が、
何かの始まりのように思えた。
そして同時に、
何かの終わりの予感もした。




