桜の下で君と出会い
円山公園の夜桜は、少し現実感が薄い。
提灯の光がぼんやりと揺れて、
屋台の煙と笑い声が空に溶けていく。
大学の新歓は、どこにでもある春の風景だった。
騒がしくて、少し浮かれていて、すぐに忘れてしまうような夜。
深山さんを見るまでは。
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彼女は輪の外にいた。
サークルの輪から少し離れて、
ひとりで桜を見上げていた。
桜を見ている人は多い。
でも、桜の向こうを見ている人は少ない。
なぜか、その隣に立っていた。
「きれいですね」
言ってから、ひどくありきたりな言葉だと思った。
深山さんは少し驚いた顔をして、
それから小さく笑った。
「京都って、夜が一番きれいですね」
初めて来た街の感想には聞こえなかった。
懐かしいものを見ている声だった。
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会話は長く続かなかった。
名前も、学部も、出身も、
新歓らしい話をいくつかしただけだった。
沈黙の方が長かった。
でも、不思議と気まずくなかった。
風が吹いた。
花びらが、ゆっくり落ちた。
その瞬間、深山さんは山の方を見た。
円山公園から見える、遠くの山。
夜になると黒い輪郭だけが浮かぶ。
「山、好きなんですか」
思わず聞いていた。
少し間があって、深山さんはうなずいた。
「落ち着くんです」
それは好きというより、
帰る場所の話みたいだった。
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サークルの人に呼ばれて、会話は終わった。
ただの新歓の夜だった。
特別なことは何も起きていない。
それでも帰り道で思った。
ああ、たぶん僕は、
あの人を好きになるんだろうなと。
その予感は、驚くほど静かだった。
確信に近かった。
そして後になって知る。
あの春が、何度も繰り返されることを。




