酒場の乱闘
町外れの酒場は、いつもと同じように賑わっていた。
暖かな橙色のランプが吊られ、樽の酒と木材の匂いが混ざる。
人々の喧噪の中、グレンはいつもと変わらぬ姿勢でカウンターに肘をつき、
安酒をゆっくりと楽しんでいた。
その後ろで、酔っ払いの声が響いた。
「──なぁ、オッサン。どこ見てんだよ」
振り返れば、私服の男が5人。
どれもこの酒場には似つかわしくない妙に整った軍靴、そして慣れた帯剣。
「おーいオッサン、人生も顔もくたびれてんぞ。酒ばっか飲んでるからそんな腐った目になるんだよ」
冒険者ではない。
そして──この街の兵でもない。
グレンは一瞥しただけで無視した。
安酒をまた一口。
だが、隣でそれを聞いていたカイルは眉をひそめた。
「……グレンさんを侮辱するのは、さすがに聞き過ごせません」
立ち上がろうとするカイルをグレンが制する。
「やめておけ」
いつもの気怠げな調子とは違う、真剣な顔。
それからグレンの視線は男達の腰の剣に向いていた──白い翼の装飾──
どこの騎士団かを判別したように、ほんのわずか眼が細くなる。
その気配にカイルは息を飲み、黙って座り直した。
◆
「見ろよ。一丁前に剣持ってやがる!どうせ使えねえくせによ」
「ぎゃははは!間違いねえ!そこらへんのガキの方がマシだろうな!」
男達はグレンの反応が無いことが面白くないらしく、聞こえるように罵倒を続ける。
椅子をがたんと倒し、血の気の引いた顔でそれでも前に進み、震える声を張り上げる者がいた。
「て、撤回しろ!
その人は、オレの尊敬する……!誰よりも強くて......優しい人だ!」
少し離れた席に座っていたリデルが男達の前に歩み出ていた。
グレンの眉が、僅かに動く。
「なぁ……リデル、お前、そんなタイプじゃなかっただろ……」
片手で顔を覆い、困ったように嘆くグレン。
「よく言ったリデル! ああ、撤回してもらおうじゃないか!」
隣で大人しく座っていたはずのカイルが、いつの間にかリデルの横に立っている。
やはり我慢ならなかった様子で、気迫は満ち、完全に戦う気だ。
「……なんでお前ぇらは、人の話を聞かねえんだ……」
両手で頭を抱え込むグレン。
だが先刻までの鋭い表情とは違い、その表情には苦味ではなく、普段のグレンの柔らかい色が宿っていた。
◆
男たちはリデルとカイルを見て、嘲笑した。
「その冴えないオッサンが強いって? 本気で言ってんのかよ!」
「こんな田舎に強いのがいるかよ! しかもオッサンが!」
「まぁいい。生意気な田舎者に、ちょっと騎士様が教育してやるよ!」
一人がリデルに拳を振り下ろした、その瞬間──。
乾いた音がした。
殴りかかった男の腕は、途中で吸い込まれるように止まり、
ねじ伏せられていた。
やったのは、グレンだ。
ねじ伏せた男の肩に力を入れる。
ごきんと鈍い音を立て男が苦痛で気絶する。
「なっ──!」
別の男が怒号をあげ殴りかかる。
しかしグレンは半身で拳を受け流し、その勢いで崩れた男の腕を取り、
迷いなく膝を鳩尾へ突き上げる。
「がっ……あ……!」
数秒間のうちに2人が床へ沈み、たじろいた男達は剣を抜いた。
周囲の客たちが一斉に後退した。
酒場の床板を橙色のランプが照らし、剣が鈍く光る。
──残りは3人。
グレンは鋭い眼差しで男達の立ち位置、重心、
剣の構えを一瞬のうちに観察する。
面倒そうにため息をつき、後ろのカイルとリデルに告げた。
「はぁ……お前ら絶対に手を出すな。面倒になるから」
床板をつま先で強引に蹴り上げる。
乾いた破裂音とともに木片が宙を舞い、その破片は矢のように飛び、
男の腕を弾き、足を打ち、構えを崩す。
「なん──!」
崩れたところに迷いなく踏み込み、1人を床へ沈める。
「てめえ──!」
背後から男が切り掛かってくる。
先ほど蹴り上げた割れた床板で剣を受け剣筋をそらし、男に足払いをかける。
倒れ込んできた男の腹に拳を突き上げ意識を刈り取る。
そして最後の1人。
亜然と立ち尽くしている男の剣を、
グレンは放った木片で弾き飛ばす。
男が怯んだ隙に距離を詰め勢いのまま
相手の襟元を掴んでテーブルに叩きつけ──叩きつけずに寸止めし、
「はぁ。こういうの嫌いなんだよ。
仲間を起こして帰ってくれるか?」
と男に告げた。
男は必死で首を縦に振り了承する。
◆
静寂。
酒場のざわめきが戻るのには、一呼吸の間が必要だった。
グレンはよろよろと起き上がる男たちを見て、淡々と呟いた。
「......剣抜くまでもねぇよ」
痛みに顔をゆがめた男たちは、仲間を抱えて逃げるように店を飛び出していった。
その後ろ姿を見送ると、グレンは肩をすくめてカウンターに戻る。
「ほら、飲み直そうぜ」
酒場の女がくすくす笑いながら酒を注ぐ。
「グレンさん、お疲れさま。かっこよかったわよ」
「渋いオッサンの魅力、わかっちゃった? ところで今夜あたり──」
女は笑顔のまま、ひと言。
「床板の修理代、請求するからね?」
「ちょっ、あれはあいつらが──……しまった!もう帰ったか!?」
慌てて辺りを見るも、騎士たちはとっくに姿を消していた。
場はどっと笑いに包まれ、酒場は再びいつもの夜に戻っていった。
◆
カイルは、沈んだ床板を見つめながら呟いた。
「グレンさん......あの男達を見ただけで、どうして騎士だとわかったんだろう」
カイルも男達が帯剣している事や、
容姿と重心の置き方から騎士だとは推測できた。
しかし、グレンはどこの領地の騎士団かまでわかっている様子だった。
そして制止した時の、あのただならぬ気配。
カイルの疑問は、静かに胸に残ったままだった。
カイルとリデルも実力はあるので、この騎士達相手に2対5でも勝利できる強さです。多少の怪我はします。
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