弱体化の銀細工
昼前の冒険者ギルドは、酒場のようなざわめきと焦げた木の匂いで満ちていた。
カウンターで依頼票を受け取ったグレンは、伸びをしながら欠伸を漏らす。
「はぁ〜眠てぇ。二日酔いに効く依頼はねえのかよ...... 今日の相棒は……おお、お前らか」
今まで単独で依頼を受けていたグレンだが、近頃はギルドの采配で後進と組む事も増えてきた。
「「グレンさん!よろしくお願いします!」」
今日のメンバーはカイルとリデル。
いつもの3人だ。
カイルは黒髪に碧い瞳の爽やか青年。
リデルは内気だが芯のある、くすんだ金髪の少年だ。
強さは申し分ない2人だが、グレンと組む時だけはいつも以上に気合が入る。
「おう、よろしく〜。ま、気楽にいこうぜ。」
「はい!任せてください!」
「が、がんばり、ます......!!」
2人はいかにも決意を込めた目で返事をする。
「......気楽にな?」
こんな調子で三人は古遺跡の調査へ向かった。
⸻
◆遺跡内――
薄暗い石造りの通路を進むと、すぐに古ぼけた宝箱がひっそりと置かれていた。
グレンは「お?ラッキー」と宝箱内にモンスターが潜んでいないか簡単に確認し、蓋を開ける。
中には、銀細工の首飾り。
触れた瞬間――じわり、と何かが体の奥に流れ込んできた。
「……っ、あれ?」
身体が急に重い。
咄嗟に退こうにも足が鉛のようだ。
(なんだこれ……? やば……っ)
銀色の魔術文字がふわりと浮かび上がり身体にに吸い込まれる。
《深緑の古書店》の店主──リュカに前に教わった知識が脳裏に浮かぶ。
「鈍重化の呪いか......最悪だ。」
グレンの頭が危機感で冷える。どう対処するか思考を回転させ──
「グレンさん!?大丈夫ですか!?」
カイルが駆け寄る。状態を伝えると、青年は一瞬で真剣な顔。
「鈍重化の呪い......効果は、呪いを受けた者の動きを鈍らせる、ですか」
「わりぃ、しくじった。」
情けないところを見せちまったな、とグレンは顔を伏せる。
「いえ!今日は俺がグレンさんを守ります!俺に頼ってください!」
いつもはグレンに助けられてばかりだが、今日こそ恩返しをするチャンスと顔が輝き、活き活きと返事をするカイル。
「……なんでお前は嬉しそうなの?」
そこに──
「ぐ、グレンさん!?どうしたんですか!?」
リデルが遅れて駆け付け、何やらトラブルがあったようだと察して心配の声をかけた。
リデルにも鈍重化の呪いのことを説明し、グレンは珍しく弱い声音で言う。
「呪いの効果が切れるまでは、......おそらくまともに戦えねぇ。迂闊だった。」
油断していた自分を恥じて悔しそうに伝えるグレン。
「......!!」
(グレンさんのこんな顔見た事......ない!)
いつもリデルの目には完璧な男に映っているグレンの意外な弱った姿を見て、胸がきゅっとなる。
(完璧な人間なんていないんだ……)
グレンに近づける気がして、自分も頑張ろうと奮い立つ。
「......いえ!ありがとう......ございます!!」
奮い立つきらきらした瞳で答えるリデル。
「......いや、おれ弱ってるのに、なんでお前らはキラキラし始めんの?
俺のこと嫌いか?」
もしかすると俺に仲間はいないのか、と、呪いとは別のストレスで精神を削られる壮年。
◆
「はぁ。とりあえずこれからの事だが。」
既に考えてあった方針を説明するグレン。
「この遺跡の魔物は弱い。呪いは数時間で切れるはずだ。俺はここで待って回復したら戻る。お前らは先に街に帰れ」
「動きの鈍い俺を守りながら森を抜けるよりは安全なはずだ。」
カイルがすぐさま口を挟む。
「グレンさん。もっと俺達を頼ってください」
図星を突かれ、グレンの肩がわずかに揺れた。
自分が他人を頼るのが苦手なことを、正面から言われてしまったのだ。
「だから、俺がグレンさんを抱えて森を抜けます。」
お姫様抱っこを指示するジェスチャーまで付いてくる。
「……お前、本当に俺のこと嫌いだろ?」
爽やか青年に抱えられて森を出る自分を想像し、精神的ダメージが増すグレン。
森を歩くたびに自尊心が死ぬ予感しかない。
それは呪いより深刻だ。
◆
遺跡を出て森に入ると、風がざわりと鳴った。
カイルが立ち止まり、剣に手をかける。
「……来ます。二体。狼型の魔獣」
リデルの喉がひゅっと鳴る。
だが、その視線は真っ先にグレンへ向いていた。
「グレンさんは……下がっててください……!」
「下がってるつもりなんだが、体がついて来ねぇんだよ」
もつれた足が、落ち葉を踏んでよろめく。
グレンらしくない動きに、青年二人の表情が強張る。
「カイル、左を頼む。リデル、右の足狙え。あいつは跳躍が速い」
呪いで動けずとも、観察眼と経験は鈍らない。
二人はその声に反射で動き、
グレンが言った通りのタイミングで魔獣を斬り伏せた。
息を荒くしながら、カイルは振り返る。
「グレンさんの指示があって助かりました!」
「オレ、もっと……もっと強くなります……!」
「はいはい。だからそんなキラキラすんなっての」
弱った身体で木にもたれかかるグレンは、いつもより少し、悔しそうに笑っていた。
◆
街へ戻ったグレンは、リュカの店へ。
町外れの書店兼喫茶《深緑の古書店》。
魔術書や魔道具の類も置いてあり、中にはエルフの古文書など王都の禁書庫にすら無い本まで並んでいる。
その店のカウンターでは12、3歳ほどに見える深緑色の瞳の少年──店主のリュカが静かにハーブティーを淹れていた。
リュカはグレンにティーカップを差し出す。
「それで、なんとか街に戻って来れたんだ?」
「ああ。なんとか森を抜けて戻って来た。」
お姫様抱っこは免れたが、動きが鈍った状態での移動は相当にきつかった。
「......あいつらがいて、良かったよ。」
遺跡から移動せず独りでいた方が楽だったとは思うものの。
人を頼る経験も悪くないと素直に思えた。
リュカはハーブティーを飲みながら、グレンの変化をどこか嬉しそうな表情で受け止めている。
「それで。これなんだが」
呪いの原因の銀細工を差し出す。
リュカの表情が一瞬固まる。
その時──
「店主くぅん!会いに来たよぉ♡」
木製ドアのベルが勢いよく鳴り、小柄な美少女──に見える"男の娘"リリアンが現れた。
「ん?これ、店主くんが作ってたやつじゃん♡
前に泥棒避けのトラップに作ってたやつ〜。
無くしたって言ってたけど、戻って来たんだ♡ よかったねぇ♡」
「............」
「............」
グレンが無言で見つめると、リュカはそっとティーカップを傾けて視線を逸らした。
「......今日は閉店だよ」
ハーブティーをひとくち飲んで、目を逸らしたまま告げるリュカ。
「あっ!おい──」
「えっ、なになにぃ?♡」
書店兼喫茶のカウンターは今日も騒がしく、だがどこか温かかった。
カイルは、グレンが断らなければ本気でお姫様抱っこで帰ろうとしてました。
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